【不全から生じたもの】
大切か?
問われれば、それはyesと回答するだろう。
肉親なのだから当たり前のことで、それを超えるほどの感情があるかと言われれば、個人的な感覚だけど「普通」だと思う。
でも、人からは「面倒見が良いお兄ちゃん」「仲の良い兄妹」なんて評価は結構いただけていたりする。
まあ、「普通」のことしかしてないんだけどな。
自分の都合を優先するし、その範囲内で面倒は見たりもするが、それも完璧ではないし、別に頻繁でもない。
それでも良い評価をされているのは、三割くらいは見たままその瞬間のみを切り取ったに過ぎない、ちょっと浅い誉め言葉。
三割くらいの当たり障りのないお世辞。
三割くらいは、「普通」程度でも良いとされるほどに、世の中実はそんなに兄弟姉妹の関係性はドライで、相対的に良い評価になっているだけとか?
で、残りの一割くらいは、それなりに「面倒見の良い」側面が、俺にもあるのかなぁと思ったりもする。
その潮流が変わったのは二年前。
「家族性地中海熱」という、ぱっと見旅行会社のパンフレットのような病名は、国から指定難病とされている根治できない病気だ。
子どもが罹患する発熱を繰り返す厄介な病気で、アミロイドーシスを発症してしまうと命にもかかわる重病だ。
アミロイドーシスとは、繊維状のアミロイドという異常蛋白質があらゆる臓器に沈着し、機能障害を起こすというもの。
ある日高熱に見舞われた妹。数十時間も熱がまったく下がる様子がないことに、さすがにおかしいと感じた両親が、大げさだと笑われても良いと大学病院を受診させたのが功を奏した。
謎の発熱は、難病というショックを伴う響きを持ってはいても、正体は白日の元に晒された。その対処法も。
幸い、有効な薬は開発されていた。
コルヒチンという薬品で、痛風の予防や治療にも使われているのだそう。
この薬さえ飲んでいれば、アミロイドーシスは防げる。このアミロイドーシスというのになってしまうと三年生存率が十パーセント以下という恐ろしい事実と向き合わなくてはならなくなるが、逆に言えばそれさえ発症させなければ良いのだ。
家族性地中海熱は、早期発見ができ、適切な治療が受けられれば、命に関わることは稀で、日常生活を送ることも難しくは無いと言われ、家族一同ひとまずは胸を撫で下ろしたものだった。
かつては診断が難しく、数年、場合によっては数十年経ってようやく診断がつくといったこともあり、その期間繰り返す発熱や、頭痛腹痛を含めたありとあらゆる痛みと共に人生を進めた患者さんも多くいるそうで、そういう点でも運が良いと言っても良かった。
一生薬を飲み続けなくてはならず、押さえられてはいても症状の苦しみとも付き合っていかなくてはならない妹。
それでも、今では健気に元気に日々を送っている妹。その姿にはやっぱり安堵する。
そして、正体不明だった熱がもたらした、妹に苦痛を与え続けた数十時間は、家族には不安と恐怖を与えた時間でもあった。兄である俺にとっても、不安と無力感に苛まれた時間だった。
何かに起因があるとしたら。
その時間が、かつての「普通」から、やや「過剰」に触れさせることになったのだろう。
今、俺はたぶん、主観的にも客観的にも、妹に対し「少々過保護」な兄となっていた。
それで良い。それでも良い。
幼い妹が元気で生きていられるなら。毎日楽しく過ごしてくれるなら。
多少のことなら、労力や手間くらいは掛けたいと思う程度には、「妹思いの兄」となっていることを、自分自身悪くないと思っていた。