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私が悪うござんした

 私とディオンは、強引なるシリルによって、彼の腕の中に閉じ込められた。

 私の腕の中のディオンは小さな両手を口元に当ててクスクス笑い、私は子供の可愛らしさに免じてシリルの好きなようにさせることにした。


 恐らくも何も、先程までのディオンとの会話全部をシリルは聞いていただろう。

 なのにシリルは、私の口調について何も言わない。ならば、その駄賃ぐらい上げてもいいだろう。――だから、私はシリルの腕枕に素直に収まった、のよ。


「――ああ、君達は温かい。俺の夢で幸せそのものだ。だから失いたくない。こうして君達を腕に抱いていないと、俺は安心できないんだよ」


 私は自分の背中が感じるシリルの体の熱さに、安心するどころかじわじわと危機感ばかりが湧いている。ほら、シリルったらさらに体を密着させてきた。


 騎士ってこんなに馴れ馴れしいものなの?

 まるで拾われたばかりの捨て犬の慣れ具合よ。

 いいえ、捨て犬だったわね。

 陰謀に巻き込まれて追放の憂き目にあった、不器用すぎる敗残者。


「このままでは全員が寝とぼけてしまいますよお。起きている今のうちに明日からどうするかの報告会をしましょうかい」


「はい!!明日は半日歩きます!!」


「よくできました。ディー。大丈夫だよな? シリル?」


「う、うむ」


「歩くのはお馬さんです!!母上がこうしょうしたので、明日は馬車に乗せてもらえます」


「お、おおう。良かった」


 声があからさまに安心したものだったので、私はニヤつく。

 ちゃんと人間だったんだね、と。


「お馬さんが連れて行ってくれるとこは、美味しいお菓子のあるしゅくばになります!!」


「宿場? 半日程度の距離にあったか?」


「おや、シリルの旦那は真面目な方なんですねえ」


「――ああ、そういう場所か。俺の体を気にしてのそこならば、そこは考えなくても良い。君とディオンには辛い場所のはずだ」


「ほんとうに真面目な方ですなあ。たぶん想像通りの宿場町になりますけどね、泊まり方でなんとかなるもんなんですよ。そこは任せてください。それに、俺は温泉に入りたい。ねえ、ディー。おっきなお風呂に入って美味しいものを食べたいよねえ」


「はい! おっきなお風呂楽しみです」


「ですって。温泉に浸かって、旦那の体を落ち着けましょう。それに、そこからゴートに向かう馬車がありますからね、急がば回れ、その通りなんですよお」


 私の後ろの男が、ゴクリ、と唾を飲む。

 多分どころか確実に、彼は路銀の心配をしているのだ。

 娼館が並ぶところで子供が安心して泊まれる宿となるとそれなりだ。


 でもねえ、それぐらい私が払えますの。

 喜んで払いましょう。

 宵越しの銭など、今の私には本当に不要なんです。


 でも、それを言ったら、シリルは絶対に断って来るだろう。

 断るぐらいならまだよいが、私のしようとする事の邪魔をしてきそう。

 どうしようかなと思ったら、私はムスカとの日常の一場面を思い出した。


 ムスカはニヤニヤしながら私を見てウィンクするが、私は愛人に宝石を上げる約束なんか簡単にしているムスカを情けないと首を振る。

 全く、愛人にお尻を撫でられただけで!!


 という、ムスカのだらしない一場面だ。


 でも、それだけで女は男の優勢に立てるのか?

 私はディオンを抱く右腕をディオンから外し、その手をシリルへと伸ばした。

 シリルはごくりと唾を飲むが、私に何の抗議の声も上げない。

 本気で姐さんの技は効いたのか?


「おっきなお風呂のある温泉宿。行きとうございますなあ。いいですよね」


「――いいです」


 私は彼の尻を撫でていた右手で、いい子と言う風に彼の尻をぎゅっと掴んだ。

 びくりと震えたシリルの何かが、硬くなって起き上がって私の腰に当たった。

 シリルの尻を掴んでいる私こそ、ぴくんと身を震わせた。


 まずい。


 でも、私は自分の腰に当たるそれが何の物体か知らないが前提ですし、気にしない気にしない、でいいわよね。そ、そう、おぼこですもの。


「小悪魔め。悪戯は危険だぞ」


 私の耳に私にだけ聞こえる声でシリルが囁く。

 少々かすれ声のそれは私の耳をくすぐり、私の背筋をびくりとさせて爪先を丸めさせた。いいえ、爪先が丸まったのは、シリルの低い声のせいじゃない。


 彼が私の右耳に吐息をふぅっと吹きかけたのだ。


 私はシリルのお尻に当てていた右手で、自分の右耳を覆い隠した。

 私の後ろでシリルは小刻みに揺れて、悔しいくらいに良い声で噛み殺せない笑いを漏れさせている。もう、もう!!


 ――――――


 カタン、カタタ。


 物音に私はハッと目覚めて瞼を開けた。

 いつのまにか寝てしまっていた?

 私の腕の中にいたはずのディオンは? と動揺しながら視線を彷徨わせると、全裸の男が体を拭いている所で視線が止まってしまった。


「シリル!」


 慌てて起き上がったが、シリルはそんな私に対して朗らかな笑顔を見せた。

 やはり傷口が痛むのか、その笑顔は口元が少し引き攣った所が見受けられたが。


「何をしてるの?」


「ああ、体を冷ましてた。熱くなりすぎて辛くてな」


「それで裸?」


「ああ。このお堂のすぐそばには小川が流れていたじゃないか」


「バカかあんたは! 俺がせっかく拭いてやったのに!!汚れた水でさらに体を悪くするぞ!!」


「心配は無用だ。この先の小川の水は綺麗だったじゃないか。それにな、俺はこのままだと君を襲いそうで死にそうだったんだ」


 透明に見えても小川の水は汚れていると説明したところで、この目の前の馬鹿には通じない気がした。

 いや、全部が私のせいだと言外に、いや、直に言っている。

 私が彼の尻を触って煽ったから、彼は熱を冷ましに小川に行ったのだ。


 全部私のせいですね!


 私は両手で顔を覆って自分を落ち着かせてから、――視界が開ければやっぱり全裸なままのシリルが目に入るだけだった。

 どこに行ったの? 見れば落ち着ける、私の癒しとなったちびっこは?


「ディオンはそこに転がっている」


 全裸の男が私を通り越した向こう側に向けて指を指した。

 私は体ごとそっち側に転がり直し、死んだ蛙みたいな適当に手足を投げ出して熟睡している幼児を引っ張って腕に抱き直す。


 私の肩に、なんかふわっと来たが、それ、キス? キスしたの?


「いいな。ディオンは。俺も五歳児に戻りたい」


「ご、五歳児はそんなキスはしませんなぁ」


「五歳児だったら、君と一緒にお風呂に入れますものなあ」


「そうかい? 五歳児だったら、私にお尻は触られませんよぉ、旦那ぁ」


 シリルが、ぐう、と変な声を出した。

 とりあえず、私が優位なのはまだ間違いないはず。

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