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お着換えしたら甘えましょうか

 私とディオンが買い物から戻って来ると、シリルは自分のマントにくるまって寝ていたが、その状態は全くよくないものだった。

 怪我からくる熱がさらに酷くなっていたのだ。


 このままじゃいけない。

 私は汚れた服のままであることも要因だと思い、湯を沸かし、彼の体を拭い清めながら買って来ていた下着を着せ付けた。

 我らの国(ヒュライデル)の下着ではなく、海の向こうにある国の民が纏う下着だ。

 かの国の服は私が着ているものと同じ、前で打ち合わせる単純な作りのものであるが、薄い布地で出来ている下着も同じような形をしているのだ。


 よって、実は寝間着としても最適なものになる。

 飾りも無いからじゃぶじゃぶ洗えるのも使い勝手が良い。

 我ら裏街道の住人達がこの異国の服を好むのは、己が人でなしで派手好きな傾奇者(かぶきもの)だと鼓舞したいからでは無いのだ。いや、この民族衣装で世間に己を喧伝をしたいのは商人達の方か。


 この異国の服は、シルクや綿など素材が様々である上に、地色が色とりどりな上に多種多様な模様までも描かれている。そのため輸入されるや誰もが欲しがり、商人達の目玉商品となった。それだけではなく、商人達は屋号を描いた裾がジャケット丈ぐらいのものを作って使用人達に着せ、店の宣伝にも使っているのだ。


 結果、貴族達が異国趣味に飽きた今でも、裏街道を歩く人間や派手好みの商人の日常着となっている。

 国がこの風潮を取り締まらないのは、きっと一目でわかるからだろう。


 税を払う真っ当な人間か、単なる悪党か。

 だから街道を歩くならば、シリルこそこっちの衣装を着ていた方が良い。


 私は異国の下着姿となったシリルにマントをかけ直しながら、ニヤリと笑う。

 起きたら上も着せてあげましょう。

 青みがかった灰色の衣装は旦那にはお似合いでしょうなあ、と。


「母上、みんなお揃いになりましたね」


 ディオンは両腕を水平にあげて、私に異国の服を纏った自分を見せつける。

 シリルのものよりも明るく、もっと青みが強い生地の衣装は、ディオンの綺麗な青い目をさらに際立たせていた。

 私はディオンの頭を撫でる。


「ディーはよくお似合いだ。帯は苦しくないかい?」


「お腹は大丈夫です。でもフワフワリボンは少し恥ずかしいです」


 私はディオンのセリフが初めて自分が異国の服を着た時と同じだと思い出し、いっそうディオンが可愛らしくなった。私の恥ずかしいはふわふわな帯ではなく、丈が短い異国の服で足が丸見えになったことだったけれど。


「なれますよ、すぐにね」


 剣を振り回すには、この恰好じゃ無いともう無理だ。

 私は完全に裏街道を歩く剣客ですなあ。


 諦めというか自嘲風に思ったのは、異国の装いに嬉しそうなディオンと違い、自分は今後は自国の服に戻らねばならないから、であろう。

 今後は私はシリルの妻という設定なのだから、騎士階級の妻が着るような地味で茶色の拘束具のようなドレスを着ねばならないのである。


 どうしてこちらの女性用貴族服は、こんなにも動き辛い仕立てなのだろう。

 あちらの国の服は、男も女も同じ造りのものだというのに。

 そこで私の視線は脱がせたばかりのシリルのズボンへと移り、高級な皮のズボンはとっても脱がせにくかったなと思い出した。


「うん。こっちの服は男も女も不自由だったわね」


「ふじゆう? 父上は大丈夫なの?」


「あ、ああ大丈夫。本当はもっと大丈夫じゃないはずなのに、このぐらいなんだよ。父上は絶対に大丈夫だねえ」


 ディオンは私にがしっとしがみ付き、数秒間そのままとなった。

 数秒後に私から剥がれて彼は、幼子の癖に私を心配させまいと私に笑顔を見せた。それだけでなく、私が脱がせたばかりの父親の衣服の前にペタンと座ると、なんと服を畳もうとし始めた。


 なんて健気でいい子なの!!

 私は両腕を伸ばしてディオンを捕まえると、そのまま自分の膝に乗せた。

 彼のふんわり感がたまらないと、思いっきり頬ずりまでしてしまう。


「母上?」


「ディー、お前さんはもっと赤ちゃんでいていいんですよ」


 あなたはあなたを守ってくれる父親がいるんだから、無理に大人になる必要など無いのよ。


「でも僕はしっかりしないといけないの」


「お父様があなたにそう言うの?」


「ううん。レゼメンスおじいちゃま」


「おじいさまが?」


 シリルの話から、私はシリルの父親には良い印象が無い。

 だから、こんな可愛い子供に余計な事を言いやがって、という憤りでディオンに尋ね返していた。――え? この子は今なんて答えた?


「え? かれい?」


「はい。レゼメンスおじいちゃまは家令で領地でとっても偉い人です」


「え? 本当に家令が?」


「だから僕はしっかりしなきゃなの」


 私は言葉を失った。

 確かにシリルから聞いた身の上は、普通の従騎士には荷が勝ち過ぎるどころか、貧乏くじだったと言えるほどのものである。でも、家令と家族ぐるみの付き合いがあるほどだというならば、また話が変わる。


 彼は捨て駒どころか、希望を託された信頼の厚い騎士なのだ。


「父上は時々イノシシ? みたいになるからって、レゼメンスおじいちゃまが」


 ……シリル。

 もう、だからこの子は幼児の癖にしっかりし過ぎているのね!!

 私はディオンをぎゅうと抱きしめる。


「母上?」


「あなたはしっかりしすぎ。もっと甘えて良いの。いいえ、甘えさせてあげましょう。いいこと? 体は勝手に大きくなるものなの。大きくなったら甘えられない。だったら、赤ちゃんでいられるうちは赤ちゃんでいましょうよ」


 ああ、封じていた私の言葉になってしまっていたけれど、私の言葉にディオンこそ嬉しそうににこっと笑った。

 彼が嬉しそうならば、良いか。

 私達は顔を見合わせウフフと笑い合い、互いに抱きしめ合う。


「え、きゃあ!!」

「おおっと」


 ――急に私達を引っ張る強い腕により、私達の世界が反転したのだ。

 横倒しにされた私達に痛みはあるわけない。

 バラクーダかサメに襲われたような勢いだったが、私とディオンを丸ごと欲しがった男は、私達を食べたいわけではなく、抱きしめたかっただけであるから。


「病人は大人しく」


「こんなに可愛い君達を前にして、動くなって言う方が鬼だ」

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