表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/35

息子を頼みたい人

 フォルミーカの腕から俺は少々乱暴にディオンを奪った。

 お父さん臭いと言った息子への仕返しだ。

 もっとフォルミーカに抱かれたかった彼は、俺に抱かれた上に俺から頬ずりまでされて、半分悲鳴のような声を上げて身を捩る。

 本気で嫌か? お父さん嫌か?


「いやあ、父上、いやああ」


「ひどいな。父上はお前にそっけなくされて寂しいというのに」


「おやシリル殿。俺とディーはこれから少し出るんですよ。寂しがりやの旦那は一人ぼっちになりますけれど、大丈夫かい?」


 フォルミーカは俺を揶揄いながら、俺の腕からディオンを奪い取る。

 ディオンこそフォルミーカへと両手を伸ばし、俺を蹴っ飛ばす勢いで彼女に勢いよくしがみ付く。


「ふふ。ディーは甘えん坊で可愛いですなあ」


 ディオンを抱えたフォルミーカは、優越感いっぱいの目で俺を見下す。俺はぐっと歯噛みしながら、拗ねた子供が出すような声を出す。


「寂しくて死んじまいそうだよ」


「アハハ。シリル殿ったら可哀想!!」


 彼女は笑い、俺の額に優しく手をそっと乗せる。

 剣を握る彼女の手は貴婦人の様な柔らかい感触では無いが、俺はこの手の平の感触こそさらっとして素敵だと思った。すいつくような肌ではなくとも、俺こそが彼女の手の平に額を押しつけるのだから問題ない。


「あれ? まあだ熱が引いていない」


「仕方が無い。君に触れられると俺は燃え盛ってしまうからね」


 ぱちんと額が叩かれた。

 彼女は昨夜俺のものを触ってしまった事を、俺の言葉で思い出したのだ。

 俺なんか昨夜から君の手の感触が忘れられないのだから、いい気味だ。


「もう馬鹿な事ばっかり。私とディオンが出掛けている間、ちゃあんと大人しくしていてくださいよ。旦那は忘れておりますが、今のところ満身創痍なんですからね」


 俺は、ああ、と了解の声を出しながら、彼女の喋り方が本当に結婚している妻が夫を心配しているようなものだと思って頬が緩んだ。


「父上、これから一人ぼっちなのに嬉しいの?」


「こやつは!!俺はみんなに心配されて嬉しいんだよ。そして俺こそ君達が心配だ。無理はしないでくれよな」


 ディオンは可愛く頷き、だが彼はやっぱりフォルミーカが一番になったようである。ぴょんと彼女の腕から飛び降りると、当たり前のようにフォルミーカと手を繋ぎ、物凄くあっさりと俺に手を振るではないか。


「父上、バイバイ」


「そんな父を捨てるような言い方は止めろ」


「ぷぷ。本当に面白い。すぐに戻って来るから泣くんじゃありませんよ」


「君も意地悪か!!」


 俺は可愛い二人がお堂から出ていくのを見送った後、自分のマントを体に巻きつけ直してごろんと転がった。


「ああ、死ぬ前にフォルミーカを抱きたい」


 そう、俺は本気で死にそうな状況なのだ。

 それは、俺の現状、俺が領地を追い出される事になった理由だ。

 俺が今こんな状態であるのは、俺の上司が失敗したからだ。


 領主が首都で王に奉公している間、王の従兄が反乱と横領を企てていた。

 それを知った家令が俺に書状を持たせ、そして、俺が証拠の入った書状を持っているとバレないようにと、俺はしてもいない濡れ衣と一緒に騎士職を取り上げられて領地を追い払われた、風を装ったのである。


 それこそ罠だった。


 家令は殺され、彼の腹心の部下である俺は、今や濡れ衣を背負っている無宿人でしかない。

 けれど証拠品である書状を俺はまだ持っている。

 これを首都におわす領主に手渡せれば、俺はもしかして起死回生できるのか?

 だがしかし、俺が領主に目通りする前に、俺を街道で殺して書状を奪えば奴らの完全なる勝利となるのである。


「渡したところで、王族の醜聞を消す要領で俺も消されるな」


 今朝方目が覚めるや否や、俺は伝えるべきだと決め、フォルミーカにこのことを話している。

 フォルミーカも裏世界の顔役の一人から命を狙われているが、俺こそこの国の王族一味に命を狙われているのである。


 危険性を知らせなければフェアじゃない。


 そして全部を聞いたフォルミーカは、俺を見捨てるどころか、綺麗な眉の右片方をぐいっと上げて見せただけだった。

 いや、俺に尋ねた。


――もしもの時は、ディオンとその書状、どちらを取るんですかい?


 俺は即答していた。

 どちらも取るよ、と。

 どちらも守って首都につかねばこの先はない、と。


――もしもの際は、俺にディオンを頼むことも無しですかい?


 俺は自分の額を自分の手で触れた。

 俺はフォルミーカの言葉に感動し、余計な事を言ったのだ。


「やっぱり、フォルミーカ、君を抱きたいよ。俺は死にたくない。俺が生き残ったら君を抱かせてくれるか?」


 フォルミーカの返答は、俺の額をぴしゃりと叩く、それだった。

 だから彼女は俺の額に手を当てて、大丈夫かと確認するんだろう。

 大丈夫? 痛かった? と。


「やさしいいいい」


――もしもの際は、俺にディオンを頼むことも無しですかい?


「ああ、フォルミーカ。俺は君こそ守りたい。首都についても俺達と、いや、俺と一緒にいてくれるかい?」


 誰もいないお堂の中、俺に応えるものなどいなかった。

 それでいい。

 俺はもう未来を約束できない男だ。

 だが、君は守る。

 息子も絶対に守る。


「君にディオンを頼んでも良いかな?」


 頼めるならば頼みたい。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ