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せっかくのゴートの宿ならば

 シリルがエルネストの手下を斬ってから二日目、エルネストからのシリルへの干渉はあったがその後は気持が悪いくらいに静かである。


 私としては、肩透かしか? と思える程に静かだ。


 もちろん、エルネストからシリルへの監視の目はある。

 (エルネスト)はシリルを引き込めるタイミングを計っているのだろう。

 シリルの腕を見て欲しくならない裏の顔役などいない。

 私は誰もが欲しがる男へと目をやり、今なら誑し込み放題だなと、シリルの様子に溜息を吐いた。


 うわあ、見るからにどよーんとしていやがる。


 シリルはゴートで私が取った部屋について、豪華すぎると憤り、私に散財させてばかりいると嘆き落ち込んでいるのだ。

 ここに来るまでの何度も繰り返されれば、いい加減に私だってうんざりする。


「これは俺からあんたへの投資だって思わないんですかぁ? あんたは一攫千金が叶う(だん)さんだって、俺は思っているんですけどねえ」


「――そうだな。エルネスト殿に仕事を振り分けて――」

「それは無し!」


 私は慌ててシリルの思考を否定する。

 エルネストが振り分ける仕事など、普通に汚れ仕事の殺しだよ?


「だがフォルミーカ。俺にはこの腕しか無いんだよ?」


「だ、だけど。あんたはお天道様の下にいるお人じゃ無いですか」


「お天道様の下で干からびるばかりの男だがな」


「シリルの旦那は!!」


「ねえ母上!!この宿の地図はおかしいですよ。お池みたいなお風呂場がありますけど、宿から離れすぎてます。裸ん坊になって向かうには遠すぎです」


 ディオンは本気で空気が読める子供だ!!


 私はこの場の空気を変える声を上げてくれた子供に向き直る。

 落ち込むばかりのシリルと違い、彼の息子は私が与えた環境に大喜びで宿を探索し尽くして見せるという気概で宿の見取り図を見ていたようだ。そして多分、彼は知っていながら知らない振りをして私に尋ねて来たに違いない。


 たぶん、彼が目を付けたそこに行きたいから!!


 いいぞ。

 この悪魔のような天使に、私は散財してやろうではないか。

 これこそ私の目論見だ。

 私がゴートにてこの高級宿を選んだ理由なのだ。


 なぜならばここは裕福な家族向けの宿であり、私の大事なディオンを喜ばせるには最適な家族向けの娯楽施設が充実しているし、何よりも阿婆擦れ女房と手下連れのエルネストが泊まりそうもない場所であるからだ。


 あのジャイナと離縁したならば、ますますもって奴はここに泊まれるはずなどない。真っ当なこの宿屋に泊まるような知り合いに出会ったとしたら、真っ当な表の人間が納得できる女房との離縁話を語らなければならなくなるだろうからね。


 そう、ここならば面倒は無い。

 私はこの可愛い幼子に楽しい時間を与えられる。

 私は思いっ切り微笑むと、ディオンの頭をよしよしと撫でた。


「そこは釣り堀だよ。釣った魚を焼いて食べられるんだ」


「わあ、すごい。たくさんお魚を釣ったらお昼ご飯代わりになりますね。父上は魚釣りが得意なんですよ」


 わあ、本気で凄い、この子は。

 本気で私とシリルの空気を読んで、その次の行動を考えていたとは。


「凄いなあ。シリルの旦那は何でもできるんですなあ」


 私は期待を込めた表情を作ってシリルを見たが、……シリルは空気が読めない男であった。己の息子の爪の垢を飲んで欲しい。

 私とディオンの期待を受けて胸を張るどころか、先程よりも情けない風貌になってしまうとはどういうことだ?

 眉根を寄せた困り顔のシリルは、山に捨てられた猟犬の様な哀れな顔つきだ。


「どうしたんです?」


 私がディオンに聞こえない音量でこっそりと尋ねると、彼も私の耳元に同じ様に声を潜めて囁き返す。


「俺は赤虫は触れない」

「ぶふ」


「母上。どうしたの? 何かおかしいことが?」


「こんなに頼りがいのある父上が、ミミズが苦手なんておっしゃるから」


「ば、ばか。赤虫はミミズと違う。ウジみたいに細かくて、針を刺すと血みたいな真っ赤な体液が出てくるのだ。あれだけは駄目だ」


「もう!!ねえ、ディオン。父上は本当に釣りができるお人なのかい?」


「本当ですよ。父上はアブサント湖で大きなナマズを釣る名人です」


 私は父親想いの幼児の頭をもう一度撫でてから、幼児に庇われている大の大人へと振り返る。あら、胸を張っていらっしゃる?


「本当なんですかい?」


「ナマズはザリガニや鳥の皮でも釣れるからな!!」


「旦那ったら。ではここの釣り堀でも大丈夫ですね。練り餌ですもの」


「よおし、行こう。昼飯は俺が釣ってやる!!」


「父上、僕も頑張ります!!」


「きゃあ!なんて素敵な(だん)さん達!!」


 私達三人は真ん中をディオンにして、みんなで手を繋いで部屋を出た。

 私とシリルに手を繋がれて、私とシリルの間でぶらぶら空中で揺れるディオンの笑顔は、ここ数日で一番子供らしいと思った。

 きっとシリルもそう思ったのだろう。

 彼はわざとディオンを引っ張り上げたり強く揺らしたりして、ぶらぶら揺れるディオンに楽しい悲鳴を上げさせる。


「ちちうえ!!僕はお空を飛んでるみたい!!もっと、もっと揺らして!!」


 シリルは私に視線を動かし、私はシリルの瞳にドキッとする。

 笑い皺を作った目元がなんて素敵だ、って。

 あなたはお日様みたいに温かなお人だねえ、って。


 しかし、私は釣り堀に一歩入ったそこで、思いっきりの舌打ちをする事になった。――どうしてここにエルネストがいやがるんだ。

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