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愛する君と失った妻への追憶

 深夜ともなれば幼子は熟睡するものである。

 それがフォルミーカに賢すぎると案じられてるディオンであっても。


 賢くて何を案じるのだ。

 俺は息子の幸せそうな寝顔を見つめ、フォルミーカがディオンを案じるそこにこそ心を癒されていた。母親そのもののセリフじゃないか、と。


 今などは目の前で、フォルミーカが寝相の悪い子供が蹴とばした毛布を掛け直すなんて、心温まる風景が目の前で展開している。


「うう」


 俺は思わず呻いてしまった。

 この風景は俺が望んでいた、幸せな家族、そのものなのだ。

 逃亡者とその子供、やはり身を隠したい女、それらの嘘の組み合わせでしかないというのに、俺の夢そのものになっているとは皮肉なものだ。


 だが、と俺はディオンを慈しむフォルミーカの姿を眺め、しみじみと感じる。

 自分が癒されるのは彼女の立ち居振る舞いが亡き母や家令の奥方のミゼル様、いいや、我が妻だったディアーナの姿を思い出せるからだ、と。


 それは子供に向けた無償の慈愛の姿だけではない。

 彼女の所作が、貴族の女性の所作をなぞらえた表面的なものでは無いからだ。

 彼女の美しい仕草は無意識な時にこそあり、それは幼き頃より行儀作法を仕込まれた淑女のそれとしか思えないものである。


 もしや彼女はそれなりな家のご令嬢だったのか?


「どうしました?」


「いいや。君を見ていると母を思い出すなって。飲んだくれの父をベッドに蹴り飛ばす時も優美だったなって思い出したのさ」


「荒っぽくって悪うござんした。どうせムスカが名付けた通り、アリンコでしかないフォルミーカですよ」


「荒っぽくなんかないよ。君は優雅で美しい。俺は蟻よりも蝶々だと思う」


「もっと嫌ですよお。蝶々は男を誘う女への褒め言葉じゃないですか」


「ああ、違う。俺が君に言いたいのは」


 ムスカ殿が彼女を蟻と名付けたのは、蟻には女王蟻がいるからに違いない。フォルミーカがか弱いだけの蝶々であるはずなどないのだ。

 俺の膝の上にフォルミーカが座った。

 彼女の表情は吹き出したいのを我慢している、そんな憎たらしいものだった。


「君は全部わかっていて!!」


「ふふふ。あなたを揶揄うのは楽しいのですもの。ディオンの母上も、あなた様が旦那で楽しかったことでしょうなあ」


 俺が出した笑い声は乾いたものであった。

 俺はディオンの母、ディアーナを娶ることに際し、それは恋愛からどころか名を上げたご褒美として授けられたにすぎない、と思い込んでいたのだ。

 俺はそんな結婚が深窓の令嬢であった彼女には侮辱に思えるものだっただろうと想像し、そんな俺が彼女にどう振舞って良いのかわからないがためにきっと傷つけ、そのうちに彼女は部屋に閉じこもる日が多くなっていった。

 そんな彼女がディオンを宿した時、厭うどころか喜んでくれた、と思い出す。


 あれが亡くなってから、あれが俺に想いを持っていた事を知るなんて!!


「――俺のせいで不幸だったと思う。俺は自分が貴族女性達に野獣と脅えられていることを知っていたからね、きっと彼女も俺が嫌だろうと勝手に考えて、出来る限り彼女との距離をとっていたからね」


「それでもあなた様そっくりのお子ができた。世の不思議ですなあ」


「――不思議だな」


 俺は皮肉めいた声で返す。

 本当に俺は馬鹿者だ。雷の夜に彼女が珍しく大声を上げて脅え、俺は彼女の様子を見に行った。そこで彼女が俺に縋り、俺を求めたからと、俺は彼女を抱いたのだ。


 ああ、その日から俺と彼女は本当の夫婦になったのだ。

 愛は無くとも頼られるのならば、貴族との結婚としては最良ではないか、と俺は自分に言い聞かせながら。


 そうだ、己に言い聞かせたのは、恐らくはその夜から俺がディアーナを愛したからなのだろう。


「――俺はあれを幸せにできなかった。俺はあいつが無理矢理に俺に嫁がされたと思っていたからね、俺は彼女に自分の真実を渡せなかった。惚れていると告白していれば、あいつは幸せに逝けただろうに」


「でも、あんたそっくりのディオンが生めたんだ。あんたはディオンの誕生を馬鹿みたいに喜んだんだろう? だったらきっとわかるよ。わかっていたよ」


「だといいな」

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