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東の顔役

 ディオンを抱くフォルミーカの姿は、誰の目にも気弱な貴婦人として映ったであろう。凄惨なものを目の前にすれば、貴婦人は一人も違わず気絶する。

 フォルミーカが腰が抜けたように身を沈めたのは、それの演技であるのだ。

 では、気絶しそうな妻の亭主はどう動くべきか。


「おお、お前。こんな所で気絶などするでない。エルネスト殿、申し訳ない。妻はとうとう限界らしい。馬車に戻ります」


 俺はディオンを抱いたフォルミーカを腕に抱えると、エルネストの返事も聞かずにそのまま一気に馬車の待合所に向かって駆け出した。


 恐ろしい相手からは逃げるが一番。


「急げ、イノシシ!!」

「ちちうえ、はやいはやい!」


「君達は!!」


 必死で走らせられた俺は待合所に辿り着く頃には肺がカラカラになっていたほどだが、俺の腕の中の子供も美女も嬉しそうな声で笑い続けている。

 胸のうちが温かさで一杯になるが、切なさもこみ上げる。

 だめだな、上意の為に死すなど当たり前だったはずなのに、いまやそんな覚悟など露のように消えていく。

 死ねない。

 俺はまだまだこの宝物を手放したくないと、ぎゅうと愛おしいばかりの二人を抱きしめる。


 フォルミーカの体は見た目はとても細いのに、実は普通の女よりも重くて硬いものだった。風呂場で見た輝くような白肌に、着替えの際に見てしまった裸の背中と丸い尻からはもう少し柔らかいと思っていた。だが真実を知っても全く残念な気持ちにならないどころか、彼女の体に回した手が感じる彼女の硬さや重みを嬉しく思うばかりである。


 柔らかく壊れそうな女よりも、このしっかりした体躯の方が俺が理想としていた女の体だったとは。

 そうだよな、俺は戦う彼女の姿に惚れたのだ。


「お疲れ様。もう私達を下ろしても大丈夫ですよ」


「そうか? このままでも全く良いが?」


「俺は自分で地面に立つ方が良いですなあ」


「俺は君を抱き締める機会は大事にしたいですなあ。ああ本当に。君の機転に助かった。だよな」


「助かったとは言えませんねぇ。馬鹿正直な旦那の名前も顔もしっかり覚えられちまいましたよ。まあ、そうするしかなかったが。――あれは東の顔役です。いいですかい? あいつからの頼み事は絶対に聞いてはいけませんよ」


 俺はぞっとしながらフォルミーカを見下ろす。

 フォルミーカは何も読めない笑顔を俺に向け、俺の腕から降りようと身じろぎをした。


「ほうら、もう大丈夫ですから下ろしてくださいな」


 俺はフォルミーカが俺の腕から降りるに任せながらも、フォルミーカの腰に回している腕は解かなかった。

 俺は彼女に確かめねばならない。


「――あれが東の顔役?」


「ええ。王都シュルラプテスが本拠地の、こわ~い東の顔役様ですよ。縫い合わされたもの(シュルラプテス)という名の首都の顔役に相応しく、裏も表も、庶民からお貴族様まで繋がりがあるっていう、おっそろしい男ですなあ」


「君は東の顔役に挨拶をしなくても良いのか? 西の顔役から匿って貰うと言ってはいなかったか?」


「まだここは首都じゃございません。それに俺が言ったのは、縄張り違いで西が手出しできねえってだけです。余計な柵なんざ作りたくもありません。それに」


「それに?」


「いい(だん)さん達とのせっかくの旅だ。楽しみとうございますなあ」


 フォルミーカはふふんと笑う。

 俺は彼女が美しいと見惚れながらも、彼女に誤魔化されてしまったと悲しく認めていた。

 彼女は決して俺に頼ろうとしないどころか、彼女の目的について俺に隠したままなのだ。仇討ちと彼女は言うが、誰のための仇討とは言っても誰を討つかを一切語ってくれやしないのだ。


 そして俺がフォルミーカを問い詰めないのは、問い詰めた事で彼女に逃げられたくないからだ。


 ああ、情けない。

 愛した女を失いたくないからと、確実に失う日まで手をこまねいて嘆くだけの男に成り下がってしまっているとは。

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