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剣鬼シリル

 私とシリルがクスクス笑った途端、エルネストの女は激高した。

 己が馬鹿にされたと思ったのだろう。――少しは賢かったな。


「あんた方には教育が必要なようだねえ。騎士じゃ無くなったんだろ? じゃあもう貴族でも何でも無いんだ。ギーヴ。この世間知らず達にこの世界のきまりって奴を教えておやり」


 わお、思い通りにならないと手下を使ってくるのか。

 ギーヴと呼ばれた男は、口元を喜びに歪め腰から下げている剣を掴んだ。

 そりゃあ、これからしけこむ予定だった自分の愛人が、シリルにこそ興味を示していれば、面白くなんかないよねえ。

 そしてシリルは面白くなさそうに鼻を鳴らした後、私にではなく、私が抱くディオンの頭に顔を埋めた。


「母の胸に顔を埋めていなさい」


 やる気か!!


 私はディオンの視界を塞ぐように彼を抱き直したくせに、しかし、自分こそは私達から歩み去るシリルの背中を見つめる。かなりの期待を込めて。


 シリルを前にしたギーブという男は、シリルに脅えるどころか、好敵手だという風に両目を輝かす。


「さすが凄い殺気だ。にいさんよ、昨夜からお前さんとは手合わせしたかったのさあ。安心しなよ。お前さんの女房は、俺が大事に可愛がってやるからなあ」


 三下め。

 そんな煽りにシリルは乱されるか。


「俺の女房子供に無体な事を考えたな。汚した罪でその脳髄をぶち壊してやる」


 …………簡単に乱されちゃって。

 シリルに呆れた私は、昨夜の風呂場でエルネストを護衛していたその一人、ギーヴという名の男を改めて見つめる。

 そして首を傾げた。


 エルネスの部下は裏家業の人間達にしては忠義も篤く統制も取れていると聞いていたが、今の状況がエルネストの仕込みだとすれば、忠義を抱く人間を騙して動かすその行為で統制に綻びが出ないのか? と。


 そうではなくて、そもそもエルネストの女房を寝取り、エルネストの権勢を笠に着てまだ裏街道を歩いていもいない人間に喧嘩を売って来るような手下がいる時点で、すでにエルネストの権威が落ちているのではないのか?

 それは、先日の西とのいざこざがエルネストに影響しているのか?


 ちょっと待って。

 もしかして、エルネストが権威の回復に強い剣を求めているからこそのこの仕掛けだとしたら、シリルの腕を奴に見定めさせてはいけないんじゃないの?


 だけど、シリルとギーブの手合わせを見る事で、私こそエルネストを守っている男達の実力も測れるのならば――でも!!


 私は迷った。

 それは一瞬だったが、剣闘において一瞬は生死を分ける。


 私は迷うべきでは無かった。

 シリルは剣を抜いてはいないがいつでも抜ける気迫を体から発し、それに対峙するギーブは剣に左手を掛けたが、右手は手の平を舞踊の振り付けのように顔の前に翳す。

 指先には赤紫色の光が――。

 幻術使いの異能者か!!


「シリル!!」

 ざしゅ。


 私の声掛けなど遅すぎた。

 私は自分の目こそ塞ぎたいが、抱いている幼子の両目の方を塞いだ。

 私よりも父親の際限のなさを知っている彼は、いつの間にか私の胸元から顔を出して父親の勇姿をしっかりと見ていたのだ。


「父上すごいです」

「お前こそすごいよ」


 五歳児に見せるべき情景じゃない、だけど、この子は完全に手遅れじゃないの。

 そしてどうして私はシリルに声掛けなんてしてしまったのだろう。


 私がシリルに声を上げた事で、シリルの剣はギーブの首を刎ねきれなかった、のである。


 皮一枚で繋がっているだけのギーブの頭は、止まったままの剣の上に乗った生首として私達を恨めしそうに見ていた。


「あ、殺ったら駄目だったか? 裏街道は死なない程度にやるのか。そうか~難しいな」


 そうか~、前線で剣を振るっていた男は、殺すか死ぬしか無いのか。

 でもってシリルが鞘から剣を抜かずに動いたのは、彼の剣術が抜刀術であったからなのか。抜かせた時点で駄目な、恐ろしい奴だったか。


「ミーカ?」


「このいのしし。私が言いたかったのは、そいつは幻術系の異能者だから気を付けろってだけですよ。さっさと剣の汚れを落としてくださいな」


「おお、すまんすまん」


 シリルが剣を軽く振れば、生首は地面に落ち、剣の血のりまで弾け飛んだ。なんて手練れだ。出会った時のシリルの無様さは一体何だったのかと、私は今すぐに彼を問い詰めたいぐらいだ。


「ははは。情けないな」


 私は思っただけでなく口に出して言ってたようだ。

 はにかんだ笑みを見せた剣鬼は、一寸前の殺気も何もない顔であっけらかんと答えるでは無いか。


「人は休息と飯があってこそ、なんだなあって、いた、いたた」


 私はシリルへと近づくやシリルの耳を掴んでねじ上げたのである。一瞬だけ。幼子に残虐なものを見せないように幼子の目を塞いでいなければいけない。


「おお、耳がもげるとこだった」


 シリルは耳に手を当てて大げさに痛がっている。が、私にされた事を喜んでいるような、そんな風な顔つきにこそ見えた。

 なんだか悔しいと、シリルの脛を蹴る。


「痛い!!酷いでは無いか」


「何をやってなさるんで? 何を簡単に煽られてんです?」


「いや、あの、俺が倒されたら大変だろう? 君をいたぶるなんて言いやがったぞ。そんな奴が君やディオンに何するかわかったもんじゃないし、禍根など残さないように斬ってしまった方がいいだろう?」


「死体が出来た方が禍根残りまくりでしょうよ、エルネストと!!」


「あ、そうか。それではそこの女の口も封じておいた方が良いか」

「ひいいい!!」


 自分の男をシリルに仕掛けた女はシリルのセリフに腰を抜かし、腕を必死に動かしての尻を引き摺りながら後退る。私も驚いた。シリルってこんな非情にも動けるんだって。


「あ、あた、あたしを殺したら、エル、エルネストが、だま、黙っていないんだからね!!」


「あ、どうしようか? ミーカ」


 俺はその女のみっともない姿を目にした事だけでどうでも良くなり、どうしようもない戦闘力を誇る男に声をかけた。


「とりあえず、ここを動きましょう。子供には目の毒です」


「だあいじょうぶです!!」


 私の一本の腕は幼子の体を抱き、もう一本の腕の手の平で幼子の目隠しをしているが、自分の手がどうして二本しか無いのだろうと黄昏た。幼子の口も塞げる三本目の腕があれば、この幼子を自分の中で可愛い幼子のままにしておけた、というのに。

 私は可愛げのない生き物の制作者を睨む。

 するとそれは幼子よりも可愛い素振りで動いた。


「お、おお。ええと、重いかな? ミーカ、さん。ええと、ディオンは俺が抱こうか?」


「いいえ、大丈夫です」


「そうか? 助かる。もう少し両手は使えないといけないようだ」


 シリルから再び温かみが消え、私はその意味を探るまでもなく知った。

 女の姿が見えない。

 それは、女の前に三人の男が立って壁になっているからだ。


「いったい、いつの間に」


 三人並ぶ男達のその真ん中に立つのは、エルネストである。

 俺達はここからどうやって逃げるべきか。

 ベールで顔が隠れていて良かった

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