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酸っぱい飴ちゃん

 翌日の俺達はゴート行きの馬車に乗った。

 俺は首都行きの馬車があることも宿の人間に聞いて知ったが、フォルミーカがゴートに行きたいならば彼女の希望に添おうと考えた。


 常に身に着けている書状を一刻も早く渡さねばならないのかもしれないが、表面上は何も起きていない平安の世だ。

 そして俺はあらぬ濡れ衣を掛けられて命を狙われている無宿人。

 自分が持つ書状を渡してお終いには決してならないと考えれば、人脈を作り、状況を判断した上で自分の命綱として使わねばならないだろう。


 急ぐ必要などに何もないのだ。

 ましてや、まだ五歳のディオンは、俺しか頼る人間がいない。


 それに、と続けようとして俺は、もうやめようと自分に言い聞かせた。

 どんなに言葉を尽くしても、どんな建前を唱えても、俺がフォルミーカと離れたくないだけじゃないか、と。


 ディオンとフォルミーカと過ごすこの日々が、今の俺には全てを忘れるぐらいに素晴らしいものになってしまったのだ。


 悲しく不甲斐無いと感じる部分はある。

 まず、全ての路銀はフォルミーカから出ている。

 そこは本当に辛い。

 自分が無職である惨めさをひしひしと感じるばかりだ。


「はああ」


「はい。父上の分です」


 ベンチに座って溜息を吐いた俺に、息子は棒がついた飴を差し出して来た。

 馬車の休憩として寄っている茶屋であるが、馬の休憩に二時間かかるとなれば、色々な誘惑を備えている場所でもある。


「疲れていないか? 休憩用の部屋を取ってお昼寝しようか?」


「馬車の中で眠ってたので大丈夫です。父上こそ大丈夫? 横になりたいぐらいお疲れですか?」


「ぷ、くくく」


 ディオンの後ろにいたフォルミーカが噴き出した。

 俺が息子の物言いに目を白黒させている姿が、彼女には面白いと我慢できなかったようだ。

 そして俺は彼女を前にして、自分が不甲斐無いと落ち込むもう一つを突きつけられた気持ちとなった。


 フォルミーカの変装姿が俺は辛いのだ。


 俺の妻の役をするため、彼女はベールを被って顔を隠し、あの真赤なキモノの代りに手首と顔以外出さない地味な茶色のドレスを纏っている。


 この変装こそフォルミーカの事情だと彼女は笑うが、俺が名のある騎士のままであれば、俺の女になったと知った時点で西の顔役は彼女から手を引いたはずだ。

 さすれば彼女はあの真赤なキモノを纏い、艶やかな天女の姿に戻れていただろうに。


 ああ、俺が不甲斐無いばっかりに。


 俺は息子を抱き上げて膝に乗せ、息子が俺に差し出す飴に齧りつく。

 飴の中には小さいが酸っぱい果実が入っていた。

 俺の鬱々とした気持ちを吹き飛ばすぐらいに、甘酸っぱい果実だった。


「美味しいな」


「はい。母上が選んだものには間違いありません。えと、血を綺麗にするには、野菜とか果物を食べなきゃなんですって。母上は何でもご存じです」


 物凄い心酔ぶりだ、と少々息子が不安になるが、俺こそフォルミーカにぞっこんに惚れているので何も言えまい。

 いや、息子に俺の分だと持って来させたのは、彼女は俺の健康を大事に思ってくれているという事だ。


「君には本当に感謝ばかりだな」


「ぷ、くくく。騙されて。ディオンは悪い子ですよ」


「君が選んだのでは無いのか?」


 俺は腕の中の息子を見下ろす。

 息子は意味を成さない歌を歌ってそっぽを向いている。


「こいつめ。酸っぱいから俺に喰わせたか」


「ふふ、その通りですなあ。私が選んだのは、こっちですねえ」


 フォルミーカは彼女が持っている棒付き飴を俺に差し出した。

 透明な飴の中に黄色の果実が入っていた。


「これはもっと酸っぱい実じゃないか」


「うふふ。体には良いんですよ、旦那」


 俺は棒を持つフォルミーカの手に自分の手を重ねて飴の棒を握り、飴が絡んだ果実を口に含んだ。

 その瞬間、フォルミーカからため息が漏れたのは、俺がフォルミーカを食べるならばと舌に絡めるようにして飴を咥えたからかもしれない。


 だと良いな。


「父上はごきゅうけいしたいって、母上」


「ぐふ、おほ、げほ、げほ」


「飴で咽るなんて。確かに横になった方が良いかもしれませんねぇ」


「おや、旦那さんは具合が悪いんで?」


 俺の背中を叩くフォルミーカの手がぴたりと止まる。

 俺は声から昨夜の露天風呂で出会った三人の一人のものだと思い出し、具合が悪いで済ませたいとしばし迷った。


「動けないなら俺が少し診ましょうか?」


「それには及びません」


 俺は奴を流せられないと覚悟を決めて身を起こす。

 四十代に入るぐらいの痩せぎすのその男は、風呂場では両腕に紺色の入れ墨もあり一目で裏の人間だとわかったが、今の姿は、どうみても大店の手代のようにしか見えない風情だった。

 そして彼は一人ではなく、薄紫色をした艶やかなキモノを纏った三十代ぐらいの女性が彼の横に立っている。


 一体誰だ? この女は。

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