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男は肉さえ与えれば良いらしいが

 天鼠(てんね)を呼ぶ笛。

 本当に天鼠を呼べるかわからないが、私の忌まわしい持ち物の一つだ。

 騎士だった父が土産として持ち帰り、私の首に掛けたのだ。


「本当に危険な時にしか吹いてはいけないよ」


「あなた!!そんな危険なものを娘に与えるだなんて!!」


「大事な娘のいざのためさ。それに、この銀細工は見事なものだろう? 可愛いミリアに良く似合っているじゃないか」


 私が助かったのは、あの時にあの笛を吹いたからもあるのだろうか。

 ムスカが時々思い出したように語ってくれた事によると、あの夜に天鼠は確かに我が家に飛来してくれていたようである。


 ただし、私が助けを求めて吹いた数時間後だ。


 天鼠が襲来した時には私はしっかりと死にかけており、母は当時の毒蟲(ドクムシ)の頭目にいたぶられている最中だった。

 天鼠はそれなりに知能があるのか、まずは動く大きな動物に襲い掛かった。

 つまり、ムスカを含めた毒蟲(ドクムシ)達だ。


 しかしムスカは賢い男だ。

 いち早く天鼠の習性に気が付くと、自分の信頼している人間にだけ指示を飛ばしたのである。


 息を止めて動きも止めろ。


 結果、当時の糞頭目を含む賊多数は天鼠の餌になった。

 ムスカは私に母は既に死んでいたと慰めてくれたが、喰い散らかされた遺体から何がわかるというのか。


「母上。美味しいですね。ここのお料理は初めて見るものばかりです」


 私は可愛い子供の声にもの思いから覚めると、思い出したくない過去から引っ張り上げてくれたと感謝するように子供の頭を撫でた。


「気に入ってくれて嬉しいなあ。ここいらの味付けは旨くともちょっと濃いから、ディーには辛いかなって心配だったからねえ」


「ミーカ、俺達はこの子の行く末こそ心配するべきだ。食が細い子だと思っていたが、酒のつまみに良いものばかり好きだったらしい。こりゃ、将来大酒飲みになりそうだ」


 私はすでに大酒飲みの男の膝を軽く叩く。それから給仕の女に分かるように、右手をあげる。

 改めてテーブルに並んだ品を見て見れば、イノシシの胡椒焼きにヤマドリの油煮に鳥軟骨を揚げたもの。それから?


 肉ばっかりじゃない!!


 それも、味が濃い、酒のつまみに最適なものばかり!!

 そういえば料理の注文をシリルに全部任せていた。

 ディオンは喜んでいるが、子供の成長に必要なものを用意してあげねば。――父親みたいな大酒飲みに育ったら困るだろう。シリルは、ザル、だもの。


「追加か?」


「ああ。肉ばかりじゃないか。ディーには野菜や果物も食べさせねば」


「あ、おかまいなく。僕は野菜はいりません」


「ハハハ。俺の子だ!!」


「黙れ、肉食獣が!!」


「あの」


「ああ、すまない。やさい――」


 私はここで口ごもる。

 ここはそういえば温泉のせいで腹を下しやすい水しか出ず、生の野菜だと子供にはかえって腹の毒になるだろう。でも。


「奥さま?」


「ごめんなさい。生で食べられる果物や野菜は無いかしら。ええと、瓜はございます? 梨があればそれを息子に」


「梨はありませんが、瓜はあります。固いので肉と一緒に煮込んでます。ほら、そのウサギ肉と煮込んでいるのがそうです」


「――そう。追加は大丈夫です」


 肉しかない選択、悔しいがシリルは正しかったという事だ。

 私は悔し紛れにシリルを見たが、彼がウィンクして来た事で悔しさが増した。


「そうですか。では、旦那さんは麦酒はいかがですか? ハイブリ茶ばかりでは無いですか」


 私は驚いた。

 すると給仕の言葉でシリルは頬を染め、実はハイブリ茶入りだったらしいジョッキに口を付けて私から顔を隠した。


「バルバトローザ酒を持ってきてくださる?」


「あら、でもそれはグラスではお持ちできませんが」


「ボトルで良いわ。残りましたらあれは気付け薬にも傷薬にも使えますし」


「まあ、ウフフ。でものん兵衛はペロリですわよ、奥様」


 給仕は去り、私がシリルへと目線を戻すと、シリルは私を睨んでいた。

 バルバトローザ酒は度数も高いが値段も高い高級酒だ。


「――甲斐性が無い俺への嫌がらせか?」


「違うね。ディオンを甘やかせたくなったんだ」


「お待たせしました」


 私達のテーブルにバルバトローザ酒のボトルが置かれたが、給仕女が持って来たのはそれだけでは無かった。

 冷たいクリームの塊が入った小さな器も持って来たのだ。

 私はその器をディオンへと手渡す。

 その器を不思議そうな顔でディオンは受け取り、しかしすぐに目を煌かせた。

 冷え冷えの甘い甘いクリームなのだ。


「そうか、それこそが目当てか」


「バルバトローザ酒のお約束ごとですなあ。火傷した口の中を冷ますためにと、冷やして固めた蜜入りのクリームが必ずあるって奴は」


「いいの? 僕が一人で食べていいの?」


 私はディオンに微笑んでいた。

 ムスカが私にしてくれたように。


「お前の笑顔が甘いからいいのさあ」


 ディオンはクリームよりも甘くて柔らかな笑顔を私に返した。

 私の胸はバルバトローザ酒を飲んだ時よりも気分よく熱くなる。


 これが、愛しい、という感覚か。

 ああ、ムスカ。

 あなたは私を愛していたんだね。


 なのに、あなたが願うように生きられない私を許して。

 あなたは私が表に戻れないならせめてと、金と屋敷を残してくれたが、私はあんたと一緒にあの世に行きたかったんだよ。

 娘としか見てくれなくとも、ね。

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