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子供の方が大器な場合

 やっば。

 俺は大事な二人を風呂から上げると、情けないと罵られようと二人を追い立てるようにして部屋に戻った。


 剣に布を巻いて、どこに行くにも必ず近くに置いておくんですよ。

 金目のものも手放したらいけません。


 宿の部屋に落ち着くやフォルミーカが俺にして来た注意であるが、俺は今その意味を完全に身を持って知っている。


 風呂場で殺されるところだった。


 ありか?

 それが裏街道の人間の当たり前なのか?

 三人の男達が俺に姿を見せまいと守っていた男の殺気は、この俺が練る事が出来る以上のものだった。


 透明過ぎて感じられない。


 奴がその気になれば、きっと気付く間もなく俺の首は落ちている、そんな風に想像してしまうぐらいだった。

 そこで俺も殺気を練った。

 情けないが、前線で敵大将と対峙した時と同じぐらいに俺は全身から気を吹き出して、目の前の相手を迎え撃っていたのである。


 全裸で。


 剣が手を伸ばせばある場所にあることも忘れていた。


「俺は戦場を知らない一般人を舐めていたな。どこもかしこも戦場だったか」


「俺はディオンを舐めてました。この子は!!殺されていたらどうするの!!お尻叩く? 叩いたら二度とあんなことしない?」


 俺はフォルミーカと違ってディオンには感謝ばかりだ。

 あの場を壊してくれたから俺とあいつらは引く事が出来たし、今は憤るフォルミーカの姿がディオンの本当の母にしか見えず微笑ましいのだ。


 癒される。


「まあまあ、フォルミーカ。この子のお陰で俺は助かった気がするし、いいよ」


「良く無いです。お前様達騎士と違って、飛び道具に毒水など当たり前の汚い戦いをするのが裏街道なんですよ。顔に毒水を掛けられて失明やら、この可愛い顔が溶けたらと考えたら、俺は死にそうです」


「――そうだな、危険だったのは分かる。もうしないよな? ディオン」


 叱られていたディオンは、どうして叱られるのかわからない顔で小首を傾げ、やはり俺達が理解できない言葉を吐いた。


「みんな裸ん坊でしたよ?」


 前言撤回だ。

 フォルミーカはディオンの台詞で顔を覆って頭を下げてしまったので、きっと彼女は俺よりもディオンを理解しているのであろう。


 数秒の後、フォルミーカは頭をあげ、自分の左手の甲をディオンに見えるように翳した。


「ディオン、わかる? 私のひとさし指はおかしいよね」


 ディオンはコクリと頷く。おかしい? 俺もディオンの横に並び、フォルミーカの左手をまじまじと見つめる。が、他の指と違うとは考えられない。


 可愛い指先だとキスしたくなっただけである。

 いや、しゃぶりたい。


 するとフォルミーカは俺の邪な気持ちを察知した様に動いた。

 適当な紙を引っ張り出し、そこにひとさし指の先を押しつけ、指先を勢いよく引いたのである。


 ぱら。


「紙が切れた?」


 俺のどこかがひゅんとなった。


「左手のひとさし指の爪には薄いガラスの切片を仕込んでます。この程度のものでも皮膚を切るぐらいは出来ます。切られたそこに指を突っ込まれる事を考えてごらんなさい」


「痛いな」


 これはディオンへの教育に見せかけた、邪ばかりな俺への躾か?

 自分の竿を掴んだ女に、穴をあけて指を突っ込みますよ、なんて囁かれたらどんな男も玉が縮んでしまう事だろう。


「ね? ディオンも分かったかな。裸でも悪い奴は悪いことができるように、悪い道具を持っているんだよ」


 ディオンは素直に頷いたが、俺も一緒になって頷いていた。

 フォルミーカは俺達親子ににっこりと微笑み、良かったと呟いた。


「理解して貰えてようございました」


「僕の指にも欲しい」

「俺の指にもそれを仕込んで欲しいのだが、駄目か?」


「あんたら親子は!!」


 フォルミーカは俺達を叱りつけたが、俺達の望みは足蹴にはしなかった。

 ただし、意思を汲んだだけで、爪への細工はしてくれなかった。

 考えるまでもなくディオンの爪を凶器に仕立てるのは、大人の観点から考えれば狂気じみている行為だ。


 では彼女はどうやってディオンを宥めたのか。

 彼女は持ち物の一つをディオンに手渡して来たのだ。

 それは銀でできた小さな笛である。

 銀の鎖が付いていて、そうと見なければ単なるペンダントトップにしか見えない、可愛らしい笛だった。


「贈り物です」


 ディオンは大事そうにフォルミーカから貰った笛を両手に乗せ、俺に自慢するようにそれを持ち上げて見せつけた。俺は良かったなと彼の頭を撫でたが、フォルミーカはそれでお終いでは無かった。

 彼女はディオンの前に身を屈め、笛を持つディオンの両手を自分の両手で包み、じっとディオンの瞳を覗き込む。


「約束して。本当の危険になるまでそれは絶対に吹かないと」


 ディオンはうんうんと頭を上下させて約束するが、俺は急にディオンが持つ笛が不穏なものにしか見えなくなった。

 それは、いつも身に着ける武器、としてディオンに与えられたものだからだ。


「――ちなみに、そいつの効果だけ教えてくれるか?」


「化け物蝙蝠が飛んで来る。俺はそう聞いている」


「ディオン。フォルミーカ様の言う事は守るんだよ」


 ディオンは目を輝かせたが、俺はフォルミーカに咎める視線を向けていた。

 そんな効果どころか、化け物蝙蝠などこの世にいないだろうに、と知っているからこそ、そんな嘘を吐くのはなぜかと訝しいばかりだからだ。


 本当の危険になるまで?

 もしかして、自殺の道具なのか?


「お願いだよ。ディオン。それを吹くとね、天鼠(てんね)という巨大蝙蝠がやって来るんだよ。何でも齧って食べてしまう恐ろしい魔物だ。これはね、ミゾスという国で天鼠を操る魔術師が持っていた笛らしいんだ。絶対に危険な時じゃ無ければ吹いちゃいけないよ」


 俺もしゃがんでディオンの手を握って、フォルミーカがするように息子に吹くなと懇願していた。

 俺だって見たことの無い天鼠については、噂だけでも背筋が凍る逸話しかないのである。

 悪食の彼らは何でも齧る。

 それが生きて逃げ惑う人間だろうが。

 俺はディオンに笑顔を向けたまま、ディオンには聞こえない音量でフォルミーカに囁いた。


「なんてものを息子にやるんだ」


「あんたの息子が適当なものじゃ誤魔化せない賢すぎる子供だからだよ!!」


 俺と同じように笑顔をディオンに向けながら、俺にだけ聞こえる声で俺を罵倒し返して来たフォルミーカに、俺はごめんと返すしかなかった。

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