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最初の宿屋

 俺の天使フォルミーカは、俺と息子の守護天使として惜しまぬ恵みを俺達に与え続けてくれる。


 まずは、衣服。


 彼女が息子と人里に降りて俺と息子のために手に入れて来てくれた服は、出会った時に彼女が纏っていた異国の服、()の国風の打ち合わせのあるキモノと呼ばれる服であった。


 子の国とは我がヒュライデル連合王国と海を挟んでの遠い国だが、遠すぎるために我が戦争国家の侵略を受けることは無い。それどころか、かの国のものづくりが素晴らしいとヒュライデルでは評判であり、貴族社会では高い金を出して子の国のものを手に入れる事がブームとなった。


 だが流行は廃れるもの。

 しかし商品の価値が需要と供給に大いに関係するならば、貴族達の興味が薄れれば価格など庶民にも手が出せる手頃なものに落ち着くのだ。


 庶民の間では未だに子の国の物が求められやり取りされ、子の国のものは今やわが国には珍しくもない上に同じ様なものを自国で製作してしまう有様だ。


 これは、ヒュライデルに身分制があるからこそ、の反動でもある。


 元々のヒュライデル連合王国での衣服や持ち物は、厳しい階級制限があり、貴族のものを庶民が持ったら不遜罪で牢に入れられてしまうこともあった。

 シルク製のドレスなど、実は金があっても平民が着てはならぬものだ。


 だが、子の国のキモノがシルク製であったとしても、異国のものであればそこに格など存在しない。よって平民でもシルクなど贅沢品を手にできる。

 だからこそ、子の国独特の艶やかな民族衣装や使い勝手の良い剣などを、一般庶民でも持ちえるからと人気商品として国中に広まっているのだ。


 フォルミーカが俺に渡したのは、青鼠色をしたキモノであった。


「俺の紺の帯を締めればお似合いですよ。俺はドレスですなあ」


「あ、ああ。着替えはかたじけないが、俺達は人目につかずに旅をする必要があるのではないか?」


「ふふ。これから行きます宿場町も、最終目的地のゴートも、男衆はキモノを着ていなければかえって目立ちますなぁ」


「そういうものか?」


 俺は今朝の話し合いを思い出しながら、宿屋の受付に立っていた。

 金の出どころはフォルミーカだが、騎士階級以上の男の妻は男の一歩後ろに控えることが美徳であるため、俺が宿泊手続きをしなければいけないのだ。


「露天風呂は時間決めでご利用できます。ご予約はどうなさります? 今なら空きがありますよ」


 時間決め? 俺はフォルミーカへと視線を動かす。

 彼女は顔を隠すベールと茶色のドレスという組み合わせの、騎士の妻、その姿となって佇んでいる。

 腕に幼い子供を抱く姿は、母子像の絵画のような完璧さだ。


 だが俺の心に沸いたのは、フォルミーカに申し訳ないという気持ちこそだった。

 彼女は俺の妻役という事で、つまらない茶色のドレスを着なければいけない。

 地味な茶色のドレスでも彼女の美しさに遜色は無い。けれども、俺の為にそんな格好をさせてしまっていることに胸が痛む。


 いや、正直に言おう。

 俺こそキモノ姿の彼女の姿が好きだったのだ。


 キモノ姿の彼女の姿が、まるで戦天使のようで好きなのだ。

 戦天使とは神の炎を身にまとい、その炎で罪人の罪を浄化させながら罪人の命を奪う。教典では厄災のように突如現れるとても恐ろしい存在とあるが、地獄にしか落ちるしかない罪人を天国に誘ってくれる救いの天使でもあるのだ。


 ああ、俺のせいで天使な彼女を貶めてしまったと感じて辛い。


「お客様?」


「あ、ああ。すまなかった。ミーカ、お風呂は何時がいいかな」


 フォルミーカの表情はベールのせいで分かるはずもなく、また、騎士階級以上の奥方達は大声を出したりしない。フォルミーカのそばに一度寄らねばと一歩踏み出した瞬間、フォルミーカに抱かれる息子がフォルミーカの代りに俺に答えた。

 無邪気そうに。


「今すぐ。夕日が沈むところとお星さまが出るところがみたいって、母上が」


 俺は最近息子が見た目通りの五歳ではなく、俺よりも年上の魂が入っているような気がする。

 俺は自分が五歳の時はどうだったけ?


「お客様?」


「ああ。妻の為に今すぐに」


「かしこまりました。では部屋の鍵と貸し風呂の鍵です。使用時間は一時間。使用後はフロントに鍵をお戻しください」


「わかった」


 俺は二人へと振り返り、行くぞ、と声をかける。

 フロントから受け取った鍵は、キモノの袖に片付ける。


「ふふ」


「どうなさりました? あなた」


「いやあ。このキモノって奴が人気なのはわかるね。袖が小物入れだ」


「袖に何でも入れられるからって、何でも入れちゃ駄目ですよ。ディーみたいに」


「ディーが何かしたのかい? そう言えば歩かせないでずっと抱いているね」


 フォルミーカは息子を抱き直し、それから俺に拳を伸ばした。

 反射的に右手を伸ばした俺の手の平に、フォルミーカは赤い木の実を一粒ぽとりと落して来たではないか。


 小さな飴玉ぐらいの大きさの赤く硬い実は、薄茶色の帽子みたいなものをちょこんとつけている。見た目はとても可愛いが、これは危険な実だ。似たような実を落とす木を街路樹として植えるところもあるので、ディオンも同じ実だと思ったのだろう。こっちの実は赤くてかわいいな、ぐらいで拾ったのだ。


 これが猛毒の木の実だと知らないで。


「サルマカミか。気が付いてくれてありがとう」


「気が付いたわけじゃありません。これを砕いてお茶に入れると悪い人をやっつけられますか、と、ディーが聞いてくれて気が付いたの」


 俺は危険な生き物を見つめる。

 ディーは無邪気な顔を俺に向けている。


「ミーカ。俺がディーを捕まえておこうか」


「あなたは荷物をお願いします」


 貞淑な妻のようなか細い声を出したフォルミーカだが、俺達が歩きだした途端に彼女は俺の耳元に口を寄せた。俺は反射的にフォルミーカに身を傾げる。

 きっと周囲からは仲睦まじい夫婦に見えただろう。

 当人の俺は浮ついた気持ちが、さらっと消えたが。


「旦那、けっして武器を手放してはいけません。サマルカミの実のように、赤は危険を知らせる色でございます。ここの宿場町の建物の壁や柱が赤く塗ってあるのは、ここがドクムシの巣だと堅気の方々に教える為でございますよ」


「あい、わかった」

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