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せめてこの青い空を覚えていましょうよ

「シリル、殿?」


 シリルは今なんて言った? 

 私はシリルをまじまじと見つめる。


 ムスカが幸せだと?


 油を流した落とし穴に落とされ、そこに火を落とされて殺されたんだ。

 素晴らしい剣技を持つ男だから、誰もが叶わぬと恐れ、そんな獣か虫けらみたいな殺され方をしたんだよ。


 私は適当な事を言ったシリルが許せず、シリルを睨む。

 シリルは先程までの傷ついた表情と違って、少々憤慨しているような顔だ。


「殿は不要だ。シリルと呼び捨ててくれ」

 !!

「いい加減にお前さんを馬車から落とし捨ててしまいたいね。何も知らないくせにフラフラした台詞ばかり並べやがって」


「すまなかった」


 すぐに謝るな。

 傷ついた顔つきでしゅんとするな。

 私は自分の内部の熱を冷ますために、ふうと大きく息を吐く。


「――確かに、心の中でムスカにあんたと呼びかけている時もあったかもしれない。ですがね、口に出す時はさ、親父殿、だよ。彼は、ムスカは、俺の頭目だ!!」


「そうだったのか!!」


 きゃあ!

 シリルの目は見開かれ、なんと、輝きが増している。

 真っ黒な瞳の男は表情が読めないことが多いが、シリルはどうして読みやすそうにくるくる表情をかえるのに、先が全く読めないのであろうか。


 でもってあんた!!目の中にハートマークが見えるじゃないの!!


 ああ、レゼメンス家令とやらが五歳児(ディオン)に期待を込めるわけだわ。

 人の話を聞かないで、ずんずん先に進んでいくイノシシだわ、この人!!


「親父殿だったら恋人のようなことはせぬな! そうか! それは大変済まなかった。俺と彼を重ねるなど土台無理な話だった。そうか、俺とムスカ殿が違うと君が落ち込んだのは、俺を男として意識されたからか!!」


「ぜんぜん違う!!あんたは人の機微ってやつをひゃっぺん勉強してこい!!」


 私は自分の浅はかさを呪った。馬鹿正直にムスカが親父殿と教えずに、ムスカが物凄い恋人だったと言えば良かった。


 でも、と私はシリルを見直してもいた。

 俺とムスカの間には男女の行為などなかったが、頭目と手下が恋人というか情人のような関係になるのはよくあることだ。

 シリルがそんなことを一つも考え付かないのは、彼が下の者には絶対にそのような事をしない男だと言えるからなのだ。


 私の中でシリルを称賛する気持ちがむくむく芽生えた。だがシリルは、本気で窺い知れない所のある男である。警戒心を忘れないようにしないと。


 だって、本気で行動が読めないんだもの。


 彼は獣が咆哮を上げるみたいにホフっと大きく息を吐くと、イノシシの如く私に突進し、そのままその腕で私を抱きしめてきたのだ。


 もう、直情野郎め!

 ここをどこだと思っている!!


 お前の幼い息子も乗った、街道の宿場町に野菜を届けに行く農夫が御する幌のない馬車の荷台であるのだぞ。


「さあ、君の望みを言ってくれ。俺は君になんだってしよう」


「ではまず俺をその腕から離しておくんなまし」


 私は簡単に解放されたが、シリルは俺の心を抉る勢いでしゅんとなった。

 ディオンは自分が父親そっくりだと自慢する。シリルは幼い頃はディオンみたいに可愛らしくて、物凄く女性達に甘やかされたのだろうか。

 だから無駄に成長しきった今でも、簡単に女性に甘え、自分の押せ押せで何とかなると思い違いをしているのだろうか。


「父上。しつこいと嫌われるって、父上は僕に昔言いましたよ?」


「忘れてくれ、ディオンよ。そして許してくれ。恋をしたら何も考えられなくなるなんて、その時の俺は忘れていたのだ」


「父上は母上の時もそうでした?」


「そうだな。あれが亡くなったあとは、お前がいなければ俺は死んでいただろう」


 シリルは息子の頭を撫で、それから俺に再び視線を向ける。

 なんだか真理を見つけたという顔だぞ?


「わかっただろう? 君が死んだら俺は死ぬ。もしも君との間にこのディオンの様な子供がいれば、きっと俺の心は完全に死なないだろうが」


 それは俺と子作りしようと言ってるのだろうか。

 このすけべえは。


「大事なディオンがいるんです。勝手に死ぬんじゃありません」


「僕も母上いなくなったら死んじゃう」


「よしよし、そうだよな、ディオン!!わかったか? 俺達は君次第だ」


 私は人選を誤ったようだ。シリルには鼻を鳴らして小馬鹿にする顔を向けてやったが、ディオンについては引き寄せて抱き抱えた。


 馬鹿な父親を持って可哀想に、そんな同情である。


 確かに今の状況で私が死んだら、ディオンが餓死してしまうことは確実。


「良かったな、ディオン。抱きしめて貰えて」


「はい。父上」


「では、俺は美しき妻を大事な息子ごと抱き締めよう」


 え?


 私はシリルに抱き寄せられた。

 何度も何度も言うが、夫婦のふりをして一緒に旅をしようなどと、どうして私はこの大男に声をかけてしまったのであろうか。

 そしてどうして、大きな胸板に無防備に俺は寄りかかっているのだろう。


 ぴーひょろろろ。


 私達三人は同時に天上を見上げる。

 トンビが悠々と空を舞っていた。


「お空、きれいですね」


「ああ今日はいい天気ですなあ」


「久しぶりに空を見上げたな」


 私達は同じ空を見ている。

 きっとこの風景は良い思い出になるだろう、誰かが欠けた後にね。

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