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いつかの手合わせを願って

 俺はフォルミーカの仇討の助っ人になりたかった。

 俺が助っ人になれば、必ずや彼女の命も体も守ってやれる。

 いや、君を守る盾になりたいのだ。


 しかし俺の思いをフォルミーカにぶつければぶつけるほどに、俺の腕の中のフォルミーカはどんどんと体温を失っていくようだった。

 俺の腕の中のフォルミーカは為すがままだが、俺に身を任せているどころか魂の無い人形に変わったみたいだ。


「フォルミーカ」


「旦那はさ、違うよ。あん人の身代わりにもなりゃしない。死んだあん人が俺を抱き締めていると思い込もうとしているのに、あんたはあんたでしかない」


「ひどいな、君は」


 俺はようやくフォルミーカから手を離した。

 フォルミーカの一言で俺の身体も冷え切っていたが、俺の心は絶対にフォルミーカを手放さないと心の中で叫んでいた。

 叫びながらの血の涙だ。

 俺はたった一日程度で彼女を本気で愛してしまっていたらしく、彼女の愛が欲しいと心が泣いているのだ。


「父上。明日やり直せば良いです」


「え」


 俺は息子へと視界を動かしていた。

 そこにはあどけない息子がいるだけで、大人びた(さか)しい物言いは本当に彼だったのか。しかし俺を見返す彼の両眼(りょうがん)は、王者の凛とした風格があると俺は気付き、かなり呆気に取られてしまった。


 息子は炎で炙ったチーズが乗ったパンを俺に差し出し、俺は息子から目を離せないまま息子からパンを受けとる。


「食べてください。剣鬼シリルが復活すればいいんでしょ?」


「――だな」


 俺はこの世の至宝のような息子に微笑み、息子が言う通りに次は剣鬼としてフォルミーカに認めてもらうのだと心に誓った。


「おやあ、剣鬼シリル? 旦那はヒュライデルの戦鬼(いくさおに)と有名な、あの伝説の剣鬼様でいらっしゃいましたか?」


 はっっっ!!

 ああ、しまった。


 ディオンがレゼメンスの名を言った時には、俺は何を言っているんだと慌てた。

 だが黙って聞き流した。レゼメンスだって多い名だ。レゼメンスという名の家令が他の領地にもいるかはわからんが、とりあえず大騒ぎすればかえって印象に残ると俺は思ったのだ。いや、フォルミーカのディオンへの優しさに俺は感動し、思わず抱き合う彼らを抱きしめて俺こそ有耶無耶になっていた。


 俺の馬鹿野郎。

 これでは俺がデウタート領の者だとフォルミーカは確信し、俺の身の上の全貌を知ってしまったと同じことだ。


 つまり、俺一人の処刑で終わらず、彼女までも道連れの獄門だ。


「ずうっとむかし、僕が生まれる前の大戦争で父上は活躍したって、レゼメンスおじいちゃんが自慢してました。首都でパレードした父上を見て、僕の母上が父上じゃないとって思ったんだそうです」


 俺の思考はピタリと止まった。

 彼女は、ディアーナは、俺に無理矢理に嫁がされたのではなかったのか?

 胸にほわっと死んだ妻の面影が蘇る。

 俺は涙を隠すためにディオンを抱き上げ膝に乗せる。


「いやあ。僕は母上にくっつくの」


「お前の薄情さは俺譲りか」


「あはは、剣鬼様でもディオンには形無しですなあ。七年前の大戦争、国中から名だたる剣士を集めて作った鉄槌部隊は凄かったと聞いています。旦那がそこで勇名を馳せた剣鬼様とは。俺は酒場で酔客の話を漏れ聞くたびに、そのすごい剣士様と手合わせしたいと思っておりましたよ」


「え?」


「こんな蚊虻ぶんぼうな若輩ですが、俺にも二つ名がありましてねえ。ちょいとは剣客として名が通っておりますから、手練れとはつい手合わせがしたいと望んじまうんですよ。職業病ですねえ」


「二つ名を教えて頂けるか」


 フォルミーカが己の二つ名を語った声は、俺の背筋にぞくっとした感覚を与えた。俺がそんな感覚を受けたのは、フォルミーカの赤い唇から婀娜っぽい声で名が語られたからからだけでなく、二つ名自体が俺に衝撃を与えるものだからだ。


緋宴(ひえん)だと? 舞うような剣技に目を奪われ、気が付けば己の血肉が花吹雪の如く舞っている、そう恐れられている凶客が君だと?」


「うれしゅうございますなあ」


 フォルミーカは俺を見返し、艶然と笑う。唇の赤が何故か強い赤に見え、まるで男を噛み殺そうと狙う鬼女のようである。


 ああ、俺こそ君と手合わせがしたい。

 剣では無く。

 何しろ俺はすでに君に殺されている。

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