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道連れにしてくれ

 夕飯は精のつくもの、だった。

 フォルミーカは近隣にある村にまで足を運び、そこで俺達の新しい服だけでなくパンとチーズも手に入れていたのである。

 ああ、パンを噛みしめられたのは何日ぶりであろうか。

 幸せそうにパンを()む息子の姿に、自分の不甲斐なさばかりが募る。


 むにょ。


 俺の頬を抓ったのはフォルミーカだ。


「夢じゃなかっただろ?」


「ああ。しっかり痛かったよ」


 俺は自分の頬を撫でながら、不甲斐無いで連鎖的に思い出したもう一つの件についてフォルミーカに伝えねばと強く思った。

 俺には路銀らしいものなど無い。

 家令(レゼメンス)が生きていれば俺が行く先々で金を受け取れたが、その手配をするはずだった彼は亡くなっているのだ。

 そして俺の財産は全て、濡れ衣を被った時点で領に取り上げられている。


 むにょ。


 今度は抓られなかった。

 ほっぺを指で突かれただけである。


「旦那は分かりやすいなあ。顔中に心配の文字が浮き出ておりますよぉ」


「そう言うがな、俺は君達を宿に泊めてやれる甲斐性が無いのだよ」


「俺には金がありますなあ」


「君にそこまで甘えるわけにはいかない!」


「おや、そこの話し合いはついたと思いましたがねえ。いいですかい、旦那。実を言いますと、俺はそれなりの金持ちなんですよ」


「だが、そこまで――」

「首都に着くまでありゃいい金だ。ぱあっと使いましょうや」


 首都に着くまで?

 それは言外どころか、自分はそこで死ぬと言っているのか?


「――君は首都で何をするつもりだ」


 彼女はハン、という風に婀娜っぽく笑った。

 いかにも渡世人という風に、だ。


「旦那、渡世には渡世の義理がありましてね。世話になった奴の弔いをしてやろうとね、いやいや、ハハ、死ぬ気なんざありませんよ。渡世人の外道ですからね、俺は。腹をくくったその時に、余計な手持ちの金など要らないってだけですって。それに、金なんぞ、いくらでも隠してありますからね。ご心配なく」


 俺は彼女を引き寄せて抱き締めた。

 息子の目の前だろうが俺の体は動いていた。

 この素晴らしい人を手放す未来をと考えたら、俺の体が勝手に動いて彼女を抱き締めてしまったのだ。


「それを聞いて心配が無くなるわけが無かろう! 俺に君の仇討の助っ人をさせてくれ! 俺は剣の腕だけは覚えがある。君の仇討を必ずや――」


 フォルミーカは俺の口を閉じさせた。

 揃えた指先でそっと俺の口に触れただけなのだが、俺の体は彼女の手の感触を受けたいと動きが止まってしまったのだ。

 その代わりとして、俺の腕は刷り込みされた赤ん坊のようにして、フォルミーカをさらに強く抱き締めようと力が籠る。


「俺の助っ人はお断りだよ。旦那はこっちに来ちゃいけないんだ。俺は単なる人切りだ。そんな俺に剣を向けるどころかこうして可愛がるしかしないとは、旦那は切った張ったな世界とは縁遠くいるべきお方なんでございますよ」


「ああ、俺はただの男だよ。惚れた相手は抱きしめて守りたいだけの男だ。頼む。俺を君の助っ人にさせてくれ。俺に君を守らせてくれ」


「私は女にはなりたく無いんだけどねえ」


「だったら、尚更、俺に助っ人をさせてくれ」


 約束してくれねば離さない、俺はそんな気持ちだった。

 首都に辿り着けば俺達の関係は終わる。

 それは理解していても、その終わりが俺達の道連れでは無くて、フォルミーカ自身の終焉のような気がするのだ。


 いや、自分を渡世人と言い張るが、彼女は騎士以上に騎士の義理堅さだ。

 フォルミーカは義理の為に死ぬつもりなのでは無いのか?


 女にはなりたくない。

 それは俺を助けた時の剣の腕前でわかる。

 どれほど研鑽を重ねて来たのか。

 そんな人が単なる男に守られるだけの女になるなど、反吐を吐くほどの思いだろう。だが仇討など、女も男も無く、無駄な拘りだって不要な、どちらかが死ぬまで続く殺し合いでしか無いじゃないか。


「フォルミーカ」


「いい加減にしておくれ。これは俺の仕事だよ。一人でやり切りたいんだよ」


 言い切ったフォルミーカの両目には決意がある。

 戦友の言った言葉なら俺はきっと引いただろうが、俺は引けなかった。

 彼女の意思を尊重など出来なかった。


 愛しているから。


「ああ、頼む。俺を君の男にしてくれ」


 俺は嘆願していた。

 彼女の心にまで届くように。

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