剣を持ったら三国一だったのが
世界観、西洋世界で貴族はドレスで建物も西洋なのに、豪商や裏街道の人間は着物着て日本刀振り回している世界です。シリルさんは騎士職でしたので、登場時はシャツに茶色のウールジャケットに黒ズボン(皮)、です。
ムーンではBLとして投稿している、女性バージョンとなります。
フォルミーカを女の子として書きたかったので。
俺は自分の不甲斐なさに死にそうだった。
息子を置いては死んではならないが、戦地から離れて八年足らずでここまで自分が腑抜けていたとは思わなかった。
剣を持ったら三国一と讃えられた剣鬼シリルが、夜盗程度の雑兵にむざむざと利き腕の右肩に矢じりを受けるとは。
茶色のウールのジャケットは藁屑みたいにほつれ、そこかしこが赤く染まっている。
「ズボンと同じ黒にすれば良かったな。これじゃ洗っても血が落ちない」
俺は大きく息を吐くと、昔は二刀流も出来たじゃないかと、左手に愛刀を握り直した。まっすぐで片刃の細身の剣は陽光をその刀身に受けると、やれるのかと俺に尋ねるようにして銀色の刃を鈍く輝かせる。
「やれるさ。お前に久々の人肉を喰らわせてやるよ」
再び俺に矢が放たれ、俺は剣で矢を払い落す。
大丈夫だ、まだやれる。
「ディオン。隙を見てお前は逃げるのだ。わかっているな!」
「ちちうえ!」
ディオンは逃げるどころか、俺の足元ににしがみ付いて来た。俺を見あげる彼の両目は涙目ながらも、口元は泣き出すものかと食いしばっている。俺は息子を天晴れと思いながら、視界が揺らぐ状態ながらも剣を握る手に力を籠めて気持ちだけは奮い立たせた。さあ、と、足に力を込める。
この妻譲りの青い瞳を、命を失ったガラス玉にするものか。
敵は五人。
息子が逃げきれる活路を何としても作るのだ。
待てシリル、この子は一人で生きて行けるのか?
逃がしたその先、その後は、五歳の子供はどうなる?
今ここで息子の命こそ絶ってやった方が息子のためではないか?
「何を考えるこの馬鹿者が!!」
「バカはお前だ。逃がすかよ。まずはガキをばらしてやろう」
「まてまて、こいつに聞く事を聞いてからだろう。ガキをコイツの目の前でいたぶらないとじゃないか」
「あははは、そうだった。だが死なない程度にならいいだろう!」
絶対にこいつらは殺す。
死んでも殺す。
「ディオン。俺から離れていろ!!」
「ちちうえ!!」
ヒュン。
襲い掛かってきた第一の剣は、俺は受けて跳ね飛ばせた。
すかさずに第二の攻撃が俺を襲う。
その剣も払ったが、第三の攻撃はディンそのものへであり、弓矢もディオンに目掛けて放たれてしまった。
「この卑怯者があ!!」
俺は必死でディオンへと動き、そのために第四の敵から俺の注意が削がれた。
横腹に松明を当てられたような、熱い痛みを感じた。
そいつの剣を俺は体で受けてしまった、のだ。
俺の横腹は切り払われ、俺は地面に無様に沈む。
「ちちうえ!!」
ディオンは逃げるどころか俺に縋りつく。逃げろ馬鹿野郎。
ほら、俺達を切り裂かんと更なる凶刃が振り上げられている。
これは逃げられない!
俺は大事な息子の小さな体を抱き締めた。
「ぎゃあああ」
死の絶叫は俺でもディオンでも無かった。
見上げれば、俺と息子を切り裂こうとした男が、なんと左の目玉から矢の先を突き出している。
「え?」
そういえば、俺達を襲って来た敵は五人いた筈だ。
俺は確かに次々とそいつらの剣を交わしていたが、俺は奴らの一人にも致命傷を与えた覚えがない。
なぜ彼らは俺を再び襲ってこないのだ?
左目から矢じりを飛び出させている大男がぐらりと揺れ、まるで大木が切り倒されるようにして俺と息子の上に倒れて来た。
「あぶない!!」
俺は息子を抱えて横に転がり、そして、その次が起きない事、つまり全く静かになっていると不思議に思いながら息子を抱きながら起き上がった。
なんということ。
殺伐とした殺陣だった世界に、美しい色彩が生まれていた。
サンドベージュの長い髪をポニーテールに結い、紺色の幅のあるベルトを腰に閉め、真っ赤な牡丹と雀がところどころに描かれている打ち合わせのある異国の服を纏っている美少女がそこにいた。
彼女は俺の愛刀よりも細く短い剣を持っている。
左手には、撃ったばかりだろうクロスボウだってぶら下げている。
勇ましいばかりのいで立ちだろうが、俺には花にしか見えなかった。
なんて華のある方なのだろう。
いや、これほどのことを成し得る剣士ならば少年だったか?
いや、あの胸元のふくらみは、女性でしかないのではないのか?
俺が間抜けの如く呆然と、彼?彼女?を見つめていると、その麗人は自分が成し遂げた殺戮をなんてことないように見やると俺達に向き合い、にやっと、俺の胸が思わず高鳴る笑顔を見せた。
大きいが少し釣っている目は猫のようだが、その麗しき瞳は紫色の宝石そのものである。
君は女なのか男なのか?
俺が戸惑っている事を知ってか知らずか、その殺戮天使は透明で清々しくも感じる、やはりどちらの性別なのか分からない声で俺達に話しかけて来た。
「旦那も首都に行くのかい? 旅は道連れっていうじゃありませんか。俺と一緒に行きやせんか?」
一緒に?
天使みたいなあなたと?
はあっ!!天使!!
息子は、息子も死んでしまったか?
慌てて俺は腕の中の息子を見るが、息子は俺の息子だけあって俺と同じように目の前の麗人を見惚れているだけだった。
「だんなぁ?」
「ご、ご一緒させてくれ。それよりも、まずは君にお礼を言わせてくれないか?」
だが、俺は礼など言えなかった。
意気込み過ぎたせいで血が噴き出てしまったのであろうか。
俺の視界は急に真っ暗になって、俺は人事不省に陥ったのだ。