BBAがBBA(年上)に転生した訳で
いつもの時間の、いつもの電車、今日もいつも通りの駅に到着した。
人の波に合わせて降りようとしたところで、背中に激痛が走った。
その痛みは全身に広がり、歩くことはおろか、息も出来ず、その場に倒れ込む。
「邪魔、おばさん」
「BBAどけよ」
まだ二十代です、誰がBBAだ!などと悪態をつく余裕もなく、激痛に意識を手放した。
本人はそれなりに生きてきたつもりだったけど、周りからみたら"負け組"だっただろう人生が、きっとたぶん今終わった。
しばらくの間ぼーっと走馬灯を見ていたのか、だんだん意識がはっきりしてくると寝転がっているのが分かる。
ただ、とてつもなく体が重いので、動きたくなくて、映画のフィルムのような物理的に頭上を流れていく走馬灯を眺めていた。
あぁ、振り返りたくもない人生を思い出していたのだけれど・・・ん?・・・ちょっと待て。
最後に流れていったその記憶、何よ?
体は重いけれど思わず飛び起きて、走り、追いかけ、フィルムのようなものを掴もうとジャンプしたり、ジタバタしていると、もう少しで掴めそうな所で派手に転んだ・・・はずだった。
『それでは、これにて失礼致します』
『とっとといなくなっておくれ』
バランスを崩して顔から着地しそうになって目を瞑った私の耳に、聞いたことがない男女の声が聞こえる。
目を開ければ、やはり見たことがない男性だ。
男性が一礼した姿勢を直して向きを変えたタイミングで、今度は私の体が勝手に動き出す。
――――え?
発したはずの声は耳に届かず、体も力を入れようにも動きを止めてくれない。
目の前で展開される動画のように、何一つ私の意思は反映されないのだ。
パタン、カチャ
男性が外に出て扉が閉まり、鍵を閉めた手は皺がれている。
角度的には私の体なのだろう。
七十代くらいに見えるけれど、爪は短く整えられていて、小さな傷だらけだけど変形はしていない。
建物がこの体の主の家だとすれば、リビングが玄関に繋がっている形で、今からこの体は家の奥に向かうようだ。
全く動かない上に、重力を感じない状態であるため、体の動きに合わせて視界に入るもの全てを記憶しようと集中する。
リビングの奥の扉を開くと、左に二つ、右に三つ扉が見え、一番奥の左側の扉を開く。
この体の主の主寝室になるのだろう、小さなベッド、机、本棚など穏やかな雰囲気の個室が現れる。
体の主は机と同じ意匠の椅子に座り、背もたれに寄りかかる。
『ふぅ・・・さて、あとは頼んだよ』
その言葉と共に、世界が暗転する。
驚いて瞬くと、体に重みを感じ、腕や顔を動かすことが出来た。
『・・・どういうことなの?』
今度は声を出すことも出来た。ただし、体の主のものだろう。
聞き慣れた私の声ではない。
日本で生まれ育って二十年とちょっと、世間一般ではいい歳した人間だった。
鏡では見ていないけれど、これは年上の女性の声だと予想する。
立ち上がれば、恐らく視線は今までと同じくらいだ。
節々痛いのは走馬灯を見たときに転んだからか、元々この体の持ち主の痛みなのか。
部屋の中に姿見と言えそうなものはなく、窓に近づいて顔を確認する。
『・・・これが・・・私?』
多くのラノベ、マンガで言われてきたであろう言葉を、実際に口にするとは思っていなかった。
汚れがついて濁った窓に映るのは、日本で言えばやはり七十代くらいの痩せた女性だ。
少し垂れ目、丸い顔つきのおかげで若く見えるが、首筋の辺りや骨張った肩周りを考えると、もう少し上の年齢とも考えられる。
『・・・あー、うん。深く考えるのはやめよう』
あまりの変わりように意識が飛びかけたけれど、握りこぶしを作って無理矢理力を入れることで意識を保つ。
ここに来る前の自分の声とはかなり違うので、違和感を覚えるけれども、きっとこれは以前の人生が終わって、ここでの人生が始まったと考えた方が良い案件だろう。
だって、あんなに痛い思いをしたのだから、今更戻れたところで、きっと体は死んでいる。
電車の中で倒れたときのことを思い出せば、恐怖で体が震える。
この体の人間がいつまで生きられるかは分からないし、ここがどこで、どんな仕事をして生きているのかも分からない。
この部屋の外が安全な保障はないし、家の外なんてもっと分からない世界だ。
『でも、もう少しだけ生きられるなら、よく分からないこの世界を見てみたいな!』
気合いを入れたところで、腰に痛みが走ったので、しばし蹲る。
この体は案外弱いかもしれないけれど、安全と衣食住の確保のために、目の前に広がる部屋を探検することから始めようと決めた。
BBAなんだから開き直って、この世界を満喫してやりましょう!