サイダー
私の短編には、この話が元になってできたオリジナル曲が存在します。「サイダー」はそのうちの一つです。ぜひ、短編と楽曲、両方から楽しんでいただけたらと思います。
あなたは、この物語からどんな音が聞こえますか…?
「サイダー」
私には、好きな人がいる。
その人は、中学の頃の先生だ。
大人になったらもう一度会いに行くと約束して、私は今年、21歳になる。
会えたら伝えたいことがある。だから…。
「…久しぶりに来たなぁ」
母校の門をくぐるのは久しぶりだ。
桜が舞う3月の午後。
なんとなく懐かしさに浸りたくなって、中3の頃の教室に向かう。
すると、教室から話し声が聞こえてきた。
誰だろう。
教室を覗くと、茶髪のボブの女性と中3でお世話になった担任の先生…そして、好きな先生が楽しそうに会話をしているのが見えた。
ふと自分の髪の毛を触る。私は長い黒髪である。
茶髪の人は全く知らない人だ。
一瞬横顔が見えた。
私とは違って、おっとりとした印象の、とても可愛らしい人だった。
すると
「…ん?中山?」
!?
好きな先生…橋本先生に見つかってしまった。
元担任の林先生も、変わらない優しい口調で
「久しぶりですね。そんなとこいないで、こっちおいで」
と手招きした。
私は会釈をしながら、恐る恐る教室に入った。
茶髪の人は、ニコッと笑ってお辞儀を返す。
「初めまして。…えっと…この人は…」
私が聞くと、橋本先生は
「ああ…中山は知らないのか。実は2年前にうちに赴任してきた相田先生って言って…それで、その…」
ふと、女性が左腕をさするのが目に入った。
視線を落とすと、左手の薬指には指輪…。
ドクン
心臓の音がうるさい。めまいがする。頭が真っ白だ。
そんな私をよそに微笑み合う2人を見て、私は…
「…お、おめでとう…ございます
ーそれじゃあ」
ダッ!!
思わず逃げ出してしまった。
フラフラと歩いて、どこまで歩いただろう。
海の匂いがする。
なんでこんな日に限って青空なんだろう。
フラ…フラ…とさらに歩くと
「そこのお嬢さん」
声がした方を振り返ると、小さな屋台があった。
屋台に立っているのは怪しげなお婆さん。
思わず立ち止まると、お婆さんはいきなりこう言った。
「忘れたい人はいるかい?」
「は?」
「忘れたい人はいるかい?」
訳が分からない。
私は聞いた。
「いたら何なんですか?」
「ここにサイダーがあるだろう?これを忘れたい人を思い浮かべながら飲むと、飲み干した時には綺麗サッパリ忘れられるんだよ」
まさか。そんなことあるはずがない。
「さあ…忘れたい人はいるかい?」
お婆さんは私の目の前に、サイダーを置いた。
真っ青で、海をそのまま閉じ込めたように澄んだ色のサイダー。
……………。
私は取り憑かれたように、サイダーの瓶を手に取った。
忘れたい人…。
私は今日、先生に「さよなら」を伝えに行った。
先生に、これ以上迷惑をかけないために。そして、忘れるために。
さざなみの音が聞こえてきた。
「…橋本先生、ごめんなさい」
でも、元々忘れるつもりだったんだ。叶わない恋なら、想い続けても意味はない。
大丈夫。後悔はない。
私は涙を流しながら
…サイダーを飲み始めた。
ーその頃
「中山、どうしたんでしょうね
…それにしても、林先生と相田先生、ご結婚本当におめでとうございます」
橋本先生がそう言うと、2人は幸せそうに微笑んだ。
すると林先生は
「橋本先生はいいんですか?中山さんに告白しなくても」
「そうですね…正直、伝えていいものか分からなくて
でも…中山、戻ってきませんかね。急に飛び出して行ったのも心配ですし」
相田先生は柔らかい笑顔で
「実家に電話してみたらどうですか?もしかしたら、親御さんが繋げて下さるかもしれませんよ」
「…そうですね。ちょっと、失礼します」
橋本先生は職員室に向かって、中山藍那の実家に電話をかけた。
藍那のスマホに母から電話がかかってきたのは、サイダーを飲み終わる前だったのだろうか。
短編「サイダー」楽しんでいただけたでしょうか?オリジナル曲はTikTok、Instagramに「soubi_no_uta」という名前で投稿していますので、暇つぶし程度に覗いてやってください。
次の短編からは、どんな音が聞こえるのでしょうか…?お楽しみに。