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ともしびのまじょ

作者: 木下灯

 一章 よみがえる記憶



 ──私はあてもなく暗闇の中を進んでいた。仲間達にも別れを告げて。聞いた情報を頼りに無謀な冒険にでる。生きる世界は私の知る世界より過酷(かこく)だった。いつ命を落としてもおかしくない。


 全ては私がこの世界で突然ある記憶をよみがえらせたから。


 小学生の頃の私は活発な子だった。男の子達に混じって遊び、両親を呆れさせたものだ。



「貴方は女の子なんだから──」



 私の名前は木下灯(きのしたあかり)。いつもニコニコと笑顔を絶やさず皆の心を明かるくする様にとの願いを込めて付けられた。


 ……中学一年生になってすぐそれは発症する。現代医学でも解明できない謎の難病。その日から友達とも大好きな両親とも離され、ただ清潔感のみが目立つ病室が自分の世界の全てになった。


 両親は毎日のように来てくれていたが、友達による見舞いは入院が長引くにつれ段々と足が遠のいていった事を覚えている。回診の先生や看護婦さんとは仲良くなって病院内の散歩を日課にしたものだ。一人が寂しいときは本やテレビでごまかした。星座や神話が好きになり、鳥や魚、虫などの外でしか見れなかった生き物の図鑑や特集番組をよく見ていた気がする。今にして思えばもう外には出られない予感があったのかもしれない。



 同級生と会わないまま中学二年生になっていた頃。私は身体が動かず寝たきりの状態になっていた。伸びた髪、やせ細った身体も自分一人では見る事も出来ない。当然、本やテレビも。自分の世話すら他人にやってもらわなければ生きていけなかったのである。母はそれでも


「希望はあるわ。だってあなたの名前は灯なんですもの」


 こう言って元気付けてくれた。



 しかし……それから一年も経たずに私の世界は他の人達の世界と完全に遮断されてしまう。……骨と皮だけになってしまったような手をしっかりと握り、涙声で私を呼ぶ母。でも私は何の反応も返せない。自分を責めている父。


(お母さん大丈夫だよ。ちゃんと声も、手の温もりも伝わっているから泣かないで)


(お父さん。私を愛してくれているのは分かっているから。だからそんなに自分を責めないで)


 私は……私は二人の子として生まれてこれて幸せでした──


 神様。もし願いが叶うなら次に生まれる時も……植物状態となった私がその生涯を閉じた瞬間は残念ながら覚えていない。


 木下灯。──享年十五才。



 二章 まじょをさがして



 自分をはっきりと意識した時、私は水の中にいるのがわかった。そして私の周りには……魚だ。


 この時の私はこの不可思議な現実を受け入れていたのだと思う。自らもまた魚なのだと。


 たくさんの家族や友と過ごしながらも私たちが常に捕食者に狙われているという立場を生活の中で教えられた。


「この海には望めば姿を変えてくれる存在がいる。会ってみんなを守れる姿になりたいな」


 仲間がこんな事を言っていたのを覚えている。この時の私は特に気にもとめていなかった。


 そしてある時、私たちは遂に捕食者に襲われる。家族や友だちが逃げ惑う。私も必死に離れないようについていく。


(お父さん! お母さん! 助けて!)


 どんどん海面近くに追い込まれたその瞬間、私は思い出した。


(!? こんな光景を病室のテレビで見た覚えがある。確か海上からは鳥が狙ってるんだ)


「みんな! 上に逃げちゃダメ! 危険でも潜って!」



 ……それからどう逃げ回ったのかは良く覚えていないけれど、私についてきた少ない仲間達は難を逃れられたようだ。


 しかし人間だった頃の記憶と意思を持つ魚では、このままの生活を送るのはどこかで支障をきたすと思う。それに……人に戻りたいという気持ちも自覚してしまったから。


 両親にもう一度会いたい。私は仲間に別れを告げて旅に出る。すでにいるのかどうかも分からない家族探しの旅へと。


 ともしびのまじょ。その存在はそう呼ばれているらしい。暗い場所に住みぼんやり光っているのだとか。


 海に住み周りの景色に溶け込こんで天敵から気付かれないような生き物も、硬い鎧で身を守れる生き物もまじょに願いを叶えてもらったからだという。


 人としての記憶はそんな話を信用したりはしていない。けど今はその人に戻る為にわずかな可能性にでもすがりつきたかったのも事実。


 広大な海を深い方へと泳ぎ続けてどれくらい経ったのだろう。だんだんと周囲が確認しずらくなっていくにつれて不安になってきた。


(やっぱり引き返した方がいいのかな……それになんだか息も苦しいような……)


 今の私は人間の記憶を基準にして魚の身体を動かしている。もし心と意思も魚のままだったなら決してこの先に進もうとはしなかっただろう。知識不足だったが故に……水圧という概念に気付けなかったのだ。魚特有の器官、浮き袋に負荷がかかっている事に。



 三章 危険な世界



 苦しさを我慢して遂に海中に漂いながら光る生き物を見つけた。輪郭に沿って光っているのでその生き物が何であるかは判断できる。


(あれは……クラゲだ)


 テレビで見た事もあったし、お見舞いで貰った絵画調の海のパズルにも光るクラゲがいた。


(もしかしてこのクラゲがともしびのまじょ?)


 私はゆっくりと近付く。あなたがともしびのまじょさんですか? そう問いかけようとした時、激しい悪寒が全身に走った。それは捕食される側だからこそ感じたもの。


「このクラゲは違う! 離れ……あうっ!」


 身を翻すのと尾びれ付近に痛みを感じたのは同時だった。光る触手に触れられたのだ。


(刺された! に、逃げないと……)


 なんとか離れようともがく。けど直ぐ思うように身体が動かせなくなった。それだけじゃなく意識も朦朧としてくる。ここで意識を失えば私は魚として生涯を終えてしまう!


(これじゃ……仲間と別れてまで飛び出してきた意味が……)


 視界も狭くなってきた私は水に流されるまま岩の隙間へと吸い込まれていく。


(あ……)


 意識を失う直前、ゆらゆらと光る何かが前方で動いているのを見た。人としての記憶が警鐘を鳴らす。私は最後を悟った。流される先に居たのはチョウチンアンコウ。捕食者だ。




「とも……しび……の……ま……じょ……に」


 震える口からこの言葉を出した私はそのまま意識を失った。



 四章 まじょとの出会い



 まず飛び込んできたのは見慣れていた風景。息苦しさもおさまっていた。


「あれ? 私は?」


 自分の記憶を辿る。絶体絶命の瞬間。しかしなぜ無事で、周囲に岩と海底の砂が見える明るい場所にいるのかが分からなかった。


「おや、気がついたかい」


 驚いて声のした方を見ると岩のひとつが振り向く。岩だと思っていたのは気を失う直前に見たチョウチンアンコウだったのだ。図鑑やテレビで見たのより迫力があってずっと怖い!


「全く。あんたみたいな魚が居る場所じゃないよあそこは。命がいくつあったって足りやしない」


 いかつい顔の前にはゆらゆらと揺れている器官が。あれを光らせて寄ってきた獲物を食べるはず。今は光っていない。


「もしかして……助けてくれたんですか? 私はあなたの餌なんじゃ?」


 恐る恐る聞いてみる。近くで見ると結構怖い。


「餌? 餌だって? 餌なもんかい! ご馳走だよ! あんたが目の前に流れて来た事を感謝してるところさ!」

「ひっ」

「……普段ならね。けどあんた、まじょを探してるんだろ?」

「!?」


 どうやら気を失う直前に口にした言葉が聞こえていたようで、それで食べずにここまで運び介抱してくれていたらしく私はお礼を言う。


「で、あんな危険までおかしてまじょに何の用なんだい」


 口ぶりからするとまじょを知っているのかも。おもいきって人間だった頃の記憶も含めていままでの事を話した。


「そうかい。人間に戻りたいっていうんだね」

「あの……もしかしてまじょの事を何かご存知なんですか?」


 私の質問にはきょとんとした顔をされる。


「普通の魚が人間の話なんてされて理解できると思うのかい? もう気付いてるもんだと思ってたけど私がそのまじょだよ」

「!」


 私はまじょに会えていた。今になって冷静に考えれば無茶で無謀な行動ばかりしていたのに。それでも。それでも私は僅かな可能性の方を掴めたのだ。けれど続いた言葉は残念だけど人間には戻せない。だった。



 五章 まじょからの願い



 明るい周囲が暗くなっていく。そんな気持ちになる。


「そんな……私は両親に会うために……」

「早とちりするんじゃないよ。最後までお聞き」


 私の願いは一人のまじょでは叶えられない。世界に三人いる全てのまじょに会い、助力がなければ実現しないのだと教えられた。


「まじょは私の身内なんだがその道のりは当然険しい。今度は本当に命を落とすかもしれない。それでもあんたは人間に戻る事を望むのかい?」

「私は……進む道を選びたいと思っています」

「……そうかい。じゃあ私からは何も言わないよ。ただ、協力するかわりにひとつ頼みをきいちゃもらえないかい?」


 私に断る理由はない。


「でておいで『みのり』」


 すると……別の岩陰から私よりも小さなチョウチンアンコウが姿を現す。


「私の子じゃないよ。この子はあんたと同じでね」

「私と同じ……え? じゃあその子も?」

「そう。私の所へ辿り着いた。けどこの子は幼すぎて一人でこの先へは行かせられなかった。だからあの環境で過ごせるように私と同じ姿にして保護していたんだ」


 今後一緒に旅をし、彼女を母親のもとへ送り届けて欲しい。これが頼みだった。


「みのりはその『想い』だけで此処にきちまった。守ってくれる存在がいないと何もできないんだよ」


 みのり……ちゃんを見つめる。


「みのりちゃんも会いたい人ひとがいるんだね」

「……うん。パパと……ママと……お姉ちゃん」

「そっか……私は灯。みのりちゃん、これからよろしくね!」


 そして助言を受けた。決して願いを諦めない事と出会ったまじょに伝える言葉。


「私はともしびのまじょなんて呼ばれちゃいるが、私達までの道をつくるのは他でもない願う者なんだよ。……そう、『ともしびのみち』をね」


 ……ともしびの……みち。


「灯と言ったね? みのりを……頼んだよ」


 私はみのりちゃんと手を繋ぐ……事はできないので自分のヒレを彼女のヒレに重ねた。


「よし。じゃあ二人とも目を閉じておくれ」


 私とみのりちゃんは目を(つぶ)る。……と、言っても魚なので(まぶた)がない。精神を集中するという意味だろうか。


「……ごほん。やりにくいねぇ。いいかい。私と会った時と同じ様に探すんだよ。伝える言葉を忘れないようにね」


 意識が何かに引っ張られていく。聞こえる声もだんだんと遠ざかる。


「……無事に家族……会える……祈って……よ」


 そして声は聞こえなくなった。



 六章 新たな世界



 誰かに呼ばれて目を覚ます。


「あかりお姉ちゃん」

「う……ん」


 意識がはっきりしていく。すぐ目の前には虫の顔が近……近っ! 近い! っていうか多っ!


 まずは自分を落ち着かせる。人間になるまでには違う生き物を経由する必要があると聞いていた。と、いう事は……


 この目の前で私を呼ぶ緑色の光沢がある虫がみのりちゃんなのね。多く見えるのは目の仕組みからみたい。


「みのりちゃん?」

「うん」

「みのりちゃんは多分カナブンだと思う。私も虫なのかな? 何の虫かわかったりする?」

「……ごめんなさい。でも茶色くて私より大きい」


 抽象的だった。……もしゴキブリだったらどうしよう。身体はまるで以前から虫であったかのように自由に動かせる。足は自分でも見る事ことが出来たけど、それで種類が特定できる程詳しくなかった。


「ここは木の枝の上……かな」


 まじょに関する情報がないのだ。私達が森の中にいる事しかわからない。


「みのりちゃんまずはどうしようか」


 言い終わると同時に二人のお腹がくうと鳴る。


「……お腹空いたね」

「……うん」


 空腹を意識するとなんだか甘い匂いを感じた。鼻なんてないから感覚的にとしか言えないけどみのりちゃんも触覚を忙しなく動かしている。


「甘い匂いがするよお姉ちゃん」

「みのりちゃんにも分かるんだね。どこからかな」


 枝を移動し幹に近付いて上をみるとある部分に蝶がとまっているのが見えた。匂いもその辺りから漂ってきている。多分樹液だ。


「樹液なんて舐めたことないけど美味しいのかな……」


 言って気付く。魚の時も多分人の基準だととても食べられないものを食べていた。プランクトンだとか苔だとか。……私達は幹にしっかりと足をかけた。驚く程簡単に登れる。小さい頃木登りをして降りられなくなり親に心配させた時を思い出す。


「うわぁ。美味しそう」

「ほ、本当だね」


 樹液はとても魅力的に見えた。やはり味覚は虫基準なのだろう。先客の蝶はこちらを気にしている様子はない。まだ場所も空いている。


「お、お邪魔します」


 一応蝶に断りを入れ、私とみのりちゃんは頭に近い足二本を合わせていただきますをしてから舌でそれを舐めた。正確には舌にあたる器官なんだろうけど。


「「!」」

「美味しいよお姉ちゃん!」

「だね」


 夢中になってお腹を満たしている間も他の虫達がきて食事を始めていた。みんな目線はそんなに高くないんだけど、身体はこっちが大きいように感じる。私は一体何の虫なんだろう?


 やっとお腹の虫が落ち着きかけた頃、私より大きい虫が現れた。これは私でも流石に知っている。


「カブトムシだわ!」


 さらに別方向からももう一匹。こちらも大きい。あの頃一緒に遊んだ男の子達たちなら喜ぶ光景かもしれない。……人気はクワガタの方だったけどね。この二匹が食事に参加したら場所が狭くなりそう……って、その二匹は私の近くに来るなり食事じゃなくて何故か争いを始めた!


「ちょ! なにしてんの!?」

「この虫お姉ちゃんに似てる。お姉ちゃんには角はないけど」

「!?」


 思わぬ展開から私の正体が判明したっぽい。今のみのりちゃんの発言から推測するなら私はカブトムシのメスになる。すると……もしかしてこの二匹が喧嘩(けんか)を始めた理由って……私!?


『ブウウゥゥン』『ブウウゥゥン』


 しかし突然この音が聞こえた刹那(せつな)、全身に悪寒が走った! 魚の時に光るクラゲと接触しようとした時に感じたあれだ。広い範囲が見える目のいくつかがその姿を捉えた。大きい身体に巨大な(あご)。虫の目線で見るとその姿は凶悪そのもの。


「……スズメバチ」


 この場面はテレビだけじゃなく実際に見た事もある! スズメバチは複数いた。恐らく間違いない!


「逃げるよみのりちゃん!」


 私が咄嗟(とっさ)にみのりちゃんを抱えて空中に飛び出したのと、スズメバチが餌場を独占する為に他の虫達に攻撃を始めたのはほぼ同時だった。



 七章 逃走の果てに



「お姉ちゃん! まだいるよ!」


 六本の足にだき抱えられている彼女が叫ぶ。手なのか足なのかわからないけどこんな風に何かを掴んで空を飛ぶなんて初めての経験だ。私は無我夢中でこの初飛行を維持していたが、スズメバチの一匹がこちらを執拗(しつよう)に追いかけてきていた。


「何が気に触ったのかしらないけど!」


 森から飛び出した私はそこで眼下に流れる川と田んぼがあり、日が沈みかけている時間帯だという事を知る。森の中だから薄暗いのかと思っていたけど違ったようだ。そして同時に陽光を反射して輝くあるものにも気がついた。それを利用すればこのスズメバチを振り切れるかも。


「後ろにきたよ!」

「好都合! しっかり掴まってて!」


 私は彼女の身体を回転させお互いのお腹をくっつけた。そして後ろにスズメバチをつけさせたまま高度を調整し……


「今よ!」


 空中で羽をしまい放物線を描きながら急激に地面に落ちていく。罠にはぎりぎりで当たらないように。スズメバチがそのままそれに突っ込む様子は確認できた。確かコガネグモっていう蜘蛛の巣にね。捕食者の相手は捕食者に任せる作戦は成功したようだ。


 一方で私はみのりちゃんを抱いたまま背中から地面に落下していた。


「痛っ! ……くない。全然。頑丈な虫で助かったわ。みのりちゃん大丈夫!?」

「うん平気。ありがとうお姉ちゃん」

「これでまじょ探しに専念できるかな」


 虫に痛覚がないって話は後で知ったんだけど、まじょに関する情報はいまだに何もない。


「お姉ちゃん、あれ」

「これはまさか……」


 日が完全に沈み周囲が暗くなった時、彼女が何かに気が付いた。


 最初はひとつ。空中でゆっくりと明滅する光の玉の様なものが現れ、それはだんだんと数を増していく。


「蛍っていう虫だよみのりちゃん」

「きれい」


 無数に飛び交う幻想的な光景に私とみのりちゃんも暫し目的を忘れ、羽を広げて空中散歩を楽しむ。


「光る虫……あ、まじょ! でももしこの中にいたとしてもこれだけいたら見つけられないよ」


 私は思った事を呟いた。


「お姉ちゃん。あれも蛍の光なの?」

「どれ? ……!?」


 私は虫なのにむせたと思う。だって示される方向にひとつだけ私位の大きさの光があったんだもの。その草でできたドームのような場所で私達は一際巨大な蛍と出会う。そしてこの蛍こそが探していたまじょだった。



 八章 最後の旅へ



 私は巨大な蛍へ話しかけ、今までの経緯を説明する。


「ふーん? 他のまじょにも会ったって?」

「伝言も預かっています」

「? あたしは伝言なんて要らないよ」


 雲行きが怪しくなってきた。


「あたしの質問に正しく答えればいいだけさ。間違えればそれで終わり。虫の姿で一生を過ごすんだね」

「そんな!」

「答えなくても虫のまま。どうするね?」


 選択権なんてないじゃない!


「……質問とはなんでしょう?」


 目の前のまじょが意地悪そうににやりと笑った気がした。


「虫にしても魚にしても人にしても。生きるってのはどういう事だと思うね?」


 ……子供の私になんて質問を。こっちは伝言としか聞いていないのに。……必死に別れた時を思い出す。


 あ! 伝える言葉って言ったのよ。それを伝言だと思い込んだのかも?


「さあ、どうしたんだい? 答えられないのかい?」

「……お姉ちゃん」

「大丈夫だよみのりちゃん」


 彼女を不安にさせちゃいけない。私は安心させるように力強く言った。


「それで? 答えは出たかい?」

「生きるというのは……『常に苦労と共にある』と思います」


 私は伝える。教えてもらった言葉を。果たして目の前のまじょさんは……


「くろうと……ふ。正解だ。ならあたしも協力させてもらおう。よく来たね」


 と言って豪快に笑った……気がした。こうして私とみのりちゃんは次のまじょのもとへと旅立つ。


 目を瞑らされて意識が遠くなっていく。まあ虫にも瞼はないんでまた同じような流れになった。


「ごほん。久しぶりだとどうもねぇ」


 身内というだけの事はあるのかも。


「まあいい。奴に……見つから……に……祈」


 最後に気になる言葉が残った。奴とは?


「はっ!?」


 月の明るい夜。私は意識を取り戻す。空気がすごく冷たい。


「みのりちゃん?」


 私は周囲を確認しつつ呼びかけた。まず首の可動範囲の広さに驚く。なんというか「ぬっ」と伸びて「ぐるっ」と回った気がする。


「お姉ちゃん? みのりはここだよ」


 近くにいた『鳩』が返事をした。今度は鳥なのね。私は立ち上がって確認しようとした。


「え?」


 地面のみのりちゃんが遠のく。まさかと思い両方の翼を広げてみた。


「お姉ちゃん……大きい」


 影をみる限りそうでしょうね。これは一旦脇へ置いてまずは情報の整理かな。時間は夜で……夜空に輝くあの星の形はオリオン座! だとすると空気を冷たく感じたのは今の季節が冬だから。後はここでのまじょの手がかりかぁ。


「あのね。まじょは光るから夜とか暗い場所の方が見つけやすいと思うの」

「うん」

「あと私達が魚の時はまじょも魚。虫の時はまじょも虫だったでしょ?」

「あ! じゃあ今度は鳥さん?」

「可能性はね。でも……光る鳥なんて知ってる?」


 みのりちゃんは首を横に振る。そうよね。いたら絶対ニュースになってると思うもの。


「どうやって探そう」


 その時突然頭上から何かの気配がした。



 九章 冬の空路



 突然現れ私達の前に降り立ったのは……鳥。しかも。


「ぼんやり光ってる! お、お化け?」

「お姉ちゃん怖い!」


 みのりちゃんを庇うようにお化けとの間に立ちはだかる。相手は……私の半分位の大きさ。これなら。


「酷いわ。私はまじょよ」

「え?」


 まさか向こうから来るなんて。しかも本当に光る鳥だし。このまじょさんは親切に色々説明してくれた。


 彼女の役割は見届ける事。私達は自分の帰る場所を見つけてそこへ辿り着けば良いらしい。自身はゴイサギ(五位鷺)という鳥で、光っているのは発光性のバクテリアが付着しているから。月が明るいとこうなるんだって。


 確かに夜明けとともにまじょさんの発光がおさまる。実際の体色はペンギンみたい。私が何の鳥かについては言葉を濁された。本当は知らないのかも。


「ついていくから行きましょう」

「行くと言われても……どこへ?」

「おチビちゃん。あなたにも分からない?」


 みのりちゃんに聞いているが……


「あ……」


 彼女は飛び立ち上空を暫く旋回して降りてきた。


「多分……あっち」

「え? 分かるの?」

「鳩は帰巣本能が強いのよ」


 帰巣本能とは鳥が遠く離れた所からでも自分の巣に帰ることができる生まれつきもっている能力。じゃあ後はついて行くだけ?


「簡単そうですけどいいんですか?」

「別に試練じゃないから何もないのはいいことよ。でもね、これは私も危険なの。簡単だなんて思わない方がいいわ。さぁ見つからないうちに出発よ」

「……誰にです?」

「……時期が来たら話すけど、とにかく敵よ」


 みのりちゃんが先頭で後に続く。虫の時と同じで飛行はすんなりとできた。


「高い! 速い!」


 人の感覚だけだったら気絶してるかも。でも障害物のない世界だから真っ直ぐいける。これならきっとすぐに両親に逢えるよね。


 みのりちゃんは迷わず進む。やがて景色もほぼ自然だった感じから人工物が点在するものへと変わってきた。


「人だわ! 人が沢山いる! あれはビルよ!」


 心に感動の波が押し寄せる。


「多分もうすぐだと思う」

「本当!?」


 みのりちゃんの言葉で更にドキドキしてきた。


「あれ?」


 空に黒い……点? 私の疑問と同時にまじょさんが叫ぶ。


「いけない! 見つかった!」


 ちらちらと雪も舞い始めた空で最後の戦いが始まろうとしていた。



 エピローグ



 目があかない。でもこの浮いているような感覚と時折聞こえる音には覚えがあった。これは水の中の状況。魚だった時の感覚だ。暗闇と孤独の中で私は全てを思い出す。最後の瞬間と……感じた恐怖を。


(そうよ。……失敗したのよ)


 黒い点はカラスの大群だった。上空で私達は襲われ、様子に気付いた人達が空を見上げて悲鳴をあげる。


「襲われてるのは鳩とコウノトリとサギか?」


 詳しい人がいたのだろう。自分がなんの鳥だったかはこれで分わかった。正直に言うと私はこの鳥の体色は桃色だと思っていたのだ。なので飛行中ビルの窓にこの姿がうつってもコウノトリだとは思わなかった。鳩のみのりちゃんにとってはカラスは捕食者。私はカラスよりずっと大きいので身を呈して庇う。



 実は助けてくれたまじょ達はギリシャ神話の女神。うち一人の名は『クロートー』。教えられた「常に『苦労と』共にある」は名前を隠す目的で作られた言葉。ラケシス、アトロポスの三姉妹で運命を司どっているらしい。本の中の存在だとばかり思っていたのにまさか本当に神様に会えていたなんて。


 強い想いに応え、願いを叶えようとしている神を敵対している神が邪魔した。それだけの話。北欧神話の神オーディンとその遣いであるカラスにとっては。襲われる直前に鳥の姿のアトロポスさんが教えてくれた。


 必死で家族を探すみのりちゃんは遂にその場所を見つけた。彼女はマンションのベランダへ飛び込もうとし、たくさんのカラスがそこを狙う。咄嗟に私は間に飛び込みその盾となった。まじょさんはそんな私を救おうとして光の槍に貫かれる。眼下の人達にどんな風に見えたかなどと考える余裕はない。


 私は翼に力が入らず飛べなくなり落下を始めながらも気力だけでみのりちゃんに近付こうとし、彼女の側に人がいるのと……そこに飾ってあったクリスマスツリーをぼんやりと眺めた。


(クリスマス……だったんだ……)


「お姉ちゃん!」


 みのりちゃんの悲痛な叫びが届く。


(良かった……私の分まで生きてね。おめでとう。みのりちゃん)


 時間をゆっくりと感じる中でさらに攻撃されたのか、鳥にぶつかられた衝撃で私の身体は軌道を変え……そこまでが憶えている最後の記憶だ。


(本当の妹みたい……だった……よ)



 ゆらゆらと浮いているような感覚。私はまた一人で魚として生きていくのかな。でもみのりちゃんは救えた。だから……未練なんて……


 孤独感からくる怖さを悔しさでごまかそうとしたその時。水音に混じってドタドタという音も響く。


「ただいまぁ! 木下家の宝ちゃん達。いい子にしてましたかぁ?」

「あら。当然いい子に決まってますよねー?」

「クリスマスの日のベランダに鳩とコウノトリが飛び込こんできた時は驚いたけど、そしたら念願の子供だもんな。それも双子の娘! 絶対コウノトリが運んできてくれたんだよ」

「またその話ぃ?」

「コウノトリはペンギンみたいな鳥にぶつかられた勢いで入ってきてさ」

「もう。何度も同じ話を聞かされて灯ちゃんもみのりちゃんもうんざりでちゅよねー?」


 木下? 灯? みのり? この会話は……?


(あんた達は望んだ運命の糸を掴み取ったんだよ)


 頭の中に懐かしい声が聞こえた気がする。今のはチョウチンアンコウだったクロートーさん?


(あたしらとはこれでお別れだ。家族みんなと仲良く元気でね)


 これは蛍だったラケシスさんだ。じゃあ……


(みのりちゃんは本当ならあなたの妹になるはずの子だったの。最後にあなたを助ける事が出来てよかったわ)


 まさかあの時の衝撃は……アトロポスさんが私をベランダへ落とす為に?


 まじょの声はそれっきり聞こえなくなったけど、怖さは既に消えていた。すぐそばには妹がいる。きっとお父さんとお母さん、そして私に逢える時を待ちわびているんだ。……そうだ。だったら私は『はじめて』顔を見れたらこう言おう。



 私は灯。……お姉ちゃんだよ。そして



 また逢えたね! と。





        ともしびのまじょ  Fin




        Spacial thanks to 読者様

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