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【完結】魔女の推し事  作者: 月食ぱんな
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第6話  魔女様、不幸な自分に酔いしれる

 トレカなるものが発売され、即刻完売。

 定例会議で話題にあがった通り、トレカ交換会のコミュニティ活動も活発に動き始め順調な滑り出しをみせていた。


 しかし第二弾が発売されるや否や、私達ロイヤルマニアは深刻な問題に直面した。


 なんとカードが手に入らない状態が続いているのである。


 ということで古参である元王宮庭師ジョンさんの呼びかけにより、今日はロイヤルマニアの聖地の一つである酒場、「試される忠誠心」にて顔なじみの同士達が集結し、緊急会合が開かれているのである。


「やっぱりビギンズ商会が買い占めているみたい」

「特にウルトラレアの買取り価格は日に日に上昇中」

「しかも発売記念として配られた先着五十名様のメモリアルトレカなんて、ビギンズ商会が開催したオークションで五十プラチナで落札されたそうよ」

「名画が買えるじゃない!!」

「どうせお貴族様が購入されたんでしょう?」

「でも五十プラチナもしたら売りたくなる気持ちもわかるかも」


 長テーブルを囲む面々がどんよりした空気を醸し出す。

 テーブルの上には美味しそうなウィンナーやら、フライドポテトにチキン。それから串焼きに、パンにと、いつもなら取り合いになる事必須の料理に、今日は誰も手をつけていない。


「それだけじゃないわ。この粗悪品を見てよ!!」


 パン屋の女将さんが憤慨した様子でテーブルの上にスペースを作ると、バックから取り出したカードを並べて行く。


「これって第一弾のやつ」

「出会いはすぐそこにバージョンね?」

「確かに印刷が粗いかも」

「女将さんはこれを何処で仕入れたんじゃ?」


 我らがリーダー、ジョンさんが女将さんに尋ねた。


「うちの主人の知り合いがさ、あたしがカードが手に入らないって嘆いていたらツテがあるって。で、お金を渡したらこのザマさ」

「コピー品をつかまされたってこと?」

「あぁ、どうみてもそうだろうよ。印刷はずれてるし、急いで刷ったのかエルロンド殿下の顔にインクが飛んでヒゲが生えちまってる」


 確かにエルロンド王子にはヒゲが生えていた。


「ひどい」


 エルロンド推しであるエミリーはショックな様子でハンカチを目元に当てた。そして私は確かに出来の悪いカードを端から確認し、そして絶叫する。


「きゃー!!アンソニー殿下の尊い目元に横線が!!」


 私はあまりのことに愕然とする。


「なんてこと。これじゃまるで指名手配の犯罪者みたいじゃない。不敬にもほどがあるわ。気を確かにね、ルーシ」


 涙声のエミリーが私に寄り添ってくれた。


「エミリーもね」


 私達はしっかりとお互いの手を握りあう。


「女将さん、王宮の消費者センターには報告したんじゃろうな?」

「それがさ、どうやらあたしが頼んだ奴は闇ルートでカードを買ったらしくて。だからなんか怖くなっちゃって。王宮に報告したのがあたしだってバレたらさ、殺されるかも知れないだろう?」

「闇ルートか。確かに関わらない方がいい」


 ジョンさんは眉間に皺を寄せた。


 闇ルート、その実態はぼんやりとしたもの。こちらで把握している限り本当にそんなものがあるのかすらわからないという状況。しかし闇ルートにツテのある者に頼めば、手に入らないものはないとか。けれどそれは正規のルートで手に入れたものではない上に、法外な値段を請求されると噂されている。

 しかも今回おかみさんはコピー品をつかまされ、ある意味騙されたという状況だ。だから闇ルートに一般人は極力関わらない方がいいし、それを王宮に告げ口し報復を恐れる気持ちもよくわかる。


「儂らはバッタモンをつかまされないための防衛策として、メモリアルショップ以外では購入しない。それを徹底するしかないじゃろうな」

「けどジョンさん、そうは言ってもメモリアルショップの行列も過激化してるじゃないか。第二弾は先頭の奴が二日前から並び始めたせいで、俺は一日半ほど道の脇に並んでたんだぜ?」

「でもあんたは手に入ったからいいじゃん。第二弾に関してはほとんどの人が購入出来なかったんだしさ」

「あー、最悪。何でトレカなんてもの作ったかな」


 みんなの愚痴が炸裂する。

 マニア側の心理として、それは良くわかる。


 何故なら私も第二弾「ファミリーで休日を」バージョンは手に入れられなかった。というかトレカに込められた、少子化をなんとかしたいという王宮側の思いを知る身としては、広報の安直すぎるネーミングセンスに物申したい気分である。


 ではなく。

 経済力と組織力をここぞとばかり発揮したビギンズ商会による買い占めのせいで、第二弾が本当にカードを、個人的な理由で大変必要とするマニアの手に渡っていないのである。


 実に大問題だ。

 とはいえ。


「で、でもさ、王宮側も頑張って刷ってくれているみたいですし……」


 私は一応会議で推した手前、王宮側のフォローをしてみる。


「そもそも集団で買い占めをするんだもん、だから私達は買えないよ」

「お金持ちしか買えないんだ」

「所詮俺たち庶民は正規の値段で買えない。つまりトレカはお貴族様の道楽になっちまったんだよ」

「ふむ……規制もないからのう」


 ジョンさんの言葉がみんなの心に悪い意味で染み渡ってしまう。


「王族の皆様をリスペクトしてるだけなのに」

「俺は騎士とかじゃねーけど、忠誠を誓ってる。ま、勝手にだけど」

「確かに平和な世の中だものね」

「今までみたいに穏やかに推し事したいんだけどねぇ」


 肩を落とし、ちびちびとエールを口に運ぶ面々。

 結局この日は最後までみんなの顔が明るくなる事はなく、まるでお葬式に参列した後のように、どんよりとした雰囲気でお開きとなってしまった。


 みんなと別れた帰り道、エミリーと乗り合い馬車の乗車口まで歩く。


 エミリーはきっと私と別れた後、お貴族様の馬車停めに向かう。何故ならずっと鋭い目つきをした只者ではない人物が私達の跡をこっそりつけているから。

 額に斜めに傷のある男は、エミリーの警護なのだろうと私はかなり前から勘付いていた。というのもエミリーと会う時、毎回あの手この手で変装しエミリーをしっかりと見守っているからだ。


 只者ではない男の視線を背中に感じつつ、私達は緊急会合のどんよりとした気持ちを引きずり、肩を落としたまま大通りを歩く。


「貴族って嫌われているのね」


 ポツリとエミリーが呟く。


「全部じゃないよ。ほら、この前物販の列で横入りとか一人一個とかで揉めた時、あの時何故かしゃしゃり出てきたイゴルとかさ、ああいう一部の人が嫌われてるだけじゃないかな」

「でも普通の人は貴族となんて関わらないでしょう?だからイゴルみたいな人が全てだって思ってしまうかも知れないわ」


 エミリーは更に落ち込んだ声を出した。

 その姿を見て、私も悲しい気持ちになった。

 ついこの前までは、みんなでワイワイ推し談義で楽しめていた。けれどビギンズ商会にロイヤル界隈が目をつけられてからは散々だ。


「きっと魔女様が解決してくれるよ、だから元気を出してエミリー」

「うん。そうよね。私もまた魔電話で魔女の森に緊急要請をお願いしようかしら」


 エミリーの言葉にギョッとする私。


「そ、それはやめておいた方がいい。魔女様はもうきっと事の重大さに気付いているからさ。だから電話はやめとこ?」


 私はエミリーに懇願する。


「そうよね。魔女様も五つ星になられたし、色々とお忙しいだろうし」

「そう、お忙しいしね」


 私はエミリーの説得に成功した事を密かに喜ぶ。

 とは言え、どうやらこの件に関し私は魔女として、そろそろ本腰をいれなければと強く決意したのであった。



 ★★★



 善は急げとは誰が言ったのか。


 私はとある教会の屋根の上にいた。


「魔女様、おめでとうございます」

「我らアンデル国に住まうピクシー一同、五つ星になられた事をお祝い申し上げます」

「ま、新米の五つ星だけど」

「こら、ゴマをすっておいたほうが、色々とやりやすいだろ」

「何で私達が呼ばれたの?」

「知ってる?」

「知らないよ、そんなこと」


 ピクシー達はわいのわいのといつも通り、大騒ぎである。


「はい、注目!!」


 パンパンパンと私は両手を叩きピクシー達のお喋りを停止させる。

 思う事を喋らずにはいられない性分のピクシー達。このままでは拉致があかないと感じたので、ひとまず私に注目させる。


「さて五つ星の偉大なる魔女であるチェルシー・ウィンストンより、敬愛なる妖精さん達にお願いがあります」


 私は最大限ピクシーにお願いする姿勢を取る。

 本当はピクシー達より魔女である私の方が立場が上だ。けれど今回は私がお願いする側という事もあって、私はひたすら下手に出る事にする。


「なんだよ、怪しい」

「悪い事を考えているんじゃない?」

「変なもの食べたの?」

「頭でも打ったんじゃない?」


 ピクシー達は私を一斉に侮辱しはじめた。

 どうやら礼儀正しくお願いした私が間違っていたようである。


「ちょっと、魔法の根っこでその口と体を縛り上げちゃうわよ」


 私は腰に手を当て、ピクシーを威厳ある五つ星の魔女らしく睨みつける。


「うわ、出たよ魔女あるある」

「五つ星、なった途端に、いばる魔女」

「ハハハ、うける」

「五つ星、その態度だけ、五つ星」

「君の詩に星五つ!!」


 私の周囲に集まるピクシー達はわざとらしく私を指さし、それからお腹を抱えて空中で笑い転げ始めた。


「あちゃー、完全に見くびられてるニャ」

「だ、だよね。でも負けない。見てなさい、あなたのマスターの本気を!!」


 私は肩に乗るルド経由で自分を鼓舞する。

 全ては平穏なる推し事を取り戻すために!!


「はい注目!!最近ここアンデル王国では、自分の私利私欲のために」

「それってチェルシーのことニャ?」

「は?ちょっと失礼ね。しかも邪魔しないでよ」


 私はルドを叱った。

 使い魔の教育は魔女の仕事の一つだからだ。


「使い魔にも馬鹿にされてる」

「ほんとに五つ星の魔女なの?」

「信用出来ないな」

「ほんと、あやしい」

「すごくあやしい」

「もしかしてチェルシー様のコピー品?」


 ピクシー達が一斉に半目になり、私に疑り深い視線をよこしてきた。


「ちょっとルド、あなたのせいだからね」

「ひどいニャ。真実を口にしただけニャン」

「いい?私は私利私欲の為にみんなを招集した訳じゃないわ。そりゃまぁ、少しくらいは第二弾のトレカが適正価格で手に入ればと願わなくもないけど。それでも八割は正義の為よ!!」


 私は腰に手を当て自分を最大限正当化し堂々と言い切る。


「うわ、まだ好きなの?」

「アンソニー王子のこと?」

「でも婚約者がいるよ?」

「いけない恋?」

「横取り?」

「三角関係?」

「愛人ポジション狙ってるとか?」

「禁断の恋に溺れる魔女?」

「どうしたの?アダルト路線に変更するの?」

「ムリムリ」


 一斉に酷い事を口走るピクシー達。

 見た目は愛らしい子供妖精の癖に、口にする内容はもはやドロドロの愛憎劇を期待する淑女の奥様達のようだ。しかも目がいつになく爛々と輝いているし。


「そうね、アンソニー王子にはキャサリン様という大変美しい婚約者がいる。しかも侯爵令嬢だし。お二人はお似合いだと思う」


 だから私の恋ゴコロは叶うことはない。


「でもさ、それでも推すのは自由でしょ?お二人がご結婚なさったらキッパリ諦めるからいいじゃない」


 アンソニー王子が魔女である私に懐くのは、忠誠心。

 それをいいように勘違いし、勝手に恋に落ちたのは私だ。

 だから私はアンソニー王子と両思いになりたいだとか、結婚したいだなんて大それた事を想像する事はある……が、決して現実でそうなりたいとは願わない。


 だって私は畏敬を抱かれる魔女だから。

 そもそも立場が違うのだ。


 つまり私はアンソニー王子とどうこうなる事はない。恋した瞬間叶わない事に気付かされたという、完全なる悲恋。これは不幸まっしぐらな恋なのだ。


 だから私はアンソニー王子に対し、同じ好意を抱く気持ちであっても、色々な感情を込める事を許された「推し」が丁度いいと気付いた。

 好きだけじゃなく、尊いからはじまり、死ぬと表現する気持ちまで。上手くいえないけれど、決して実を結ぶことのない気持ちの退避場所。それが推しという気持ちなのである。


 つまり何が言いたいかというと。


「とにかくアンソニー王子は私の推しなの」

「マスター、泣くニャ!!」

「ルドーー!!」


 私は肩に乗ったルドを抱きかかえ、ルドの背中でついこぼれ落ちてしまった涙を拭いた。


「やめるんニャ」

「ルドー!!」


 もがくルドを抱き込み私は星空の下泣いた。


「なんだろう、茶番?」

「わかんない」

「でもさ、よくよく考えたらアンソニー王子って既に婚約破棄してたよね?」

「方向性の違いでね」

「シーー」

「知らせない方が面白いよ」

「そっか」

「絶対そう」


 ピクシー達が楽しそうに笑う中。

 私は全力でルドの背中をハンカチ代わりにし涙を零していた。勿論ピクシー達の内緒話なんて聞こえない。何故ならひたすら不幸な自分に酔いしれていたからである。

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