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【完結】魔女の推し事  作者: 月食ぱんな
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第10話 魔女様、エミリーとお仕事をする

 現在私は城下にある宰相さんのお屋敷で、エミリーを独り占めしている。

 というのも私とエミリーは裁縫合宿をしているからだ。


 エミリーの部屋は優しい花柄模様の壁紙に、オフホワイトの家具で統一されたとても女の子らしい部屋だった。


 そんな女子力の高い部屋の窓際に置かれたテーブルにエミリーと向かい合い作業をする私。

 既にテーブルの上にはピクシーの体型に合わせたミニチュアサイズのドレスにタキシードがズラリと並べられている。エミリーの手を借りた事で当初私が想像していたものよりずっと、流行りにそった素敵なデザインになっている。


「エミリーって本当に器用なのね。良くこんなに小さな布に根気よくビーズとかスパンコールとかをくくりつけられるわ。昔からこういう細かい事は得意だったの?」


 私はピンクのミニチュアドレスにチュールを縫い付けながら口を動かす。


「小さな頃お気に入りだったビスクドールとお揃いのドレスが欲しくて行きつけの洋品店で作ってもらった事があったんです。だけど仕上がってみると私のイメージしているドレスよりリボンが足りない感じがして。それでお母様に針と糸を借りてリボンを作りました。それが私のお裁縫デビューのキッカケです。だから小さい頃からお裁縫は得意だったかも知れませんね」


 エミリーは私が匙を投げ出した、極小ビーズをドレスの胸元に手際よく縫い付ける作業をしている。

 約束した数はタキシード十五着にドレスが十五着。全部で三十着。タキシードはアンソニー王子とエルロンド王子の計らいで、王城の衣装室で働くプロの仕立て屋さんが仕上げてくれるとのこと。だから私達はひたすらドレスを仕上げている。


 これならなんとか間に合いそうだと私はホッと一息つき、用意された紅茶に口をつけた。


「それにしてもやっぱり魔法って凄いのですね」

「どうして?」

「だって印刷するスピードを五倍速まで可能にしちゃうだなんて、規格外すぎて私にはさっぱり意味がわかりませんもの」

「簡単よ、回転速度を管理するモーターをショート寸前までフル稼働させる。通常はネジが飛んだり、ヒートアップしちゃうけど、そこはほら魔法で冷やしたり、風を送ったり、強化魔法をかけたり」

「さっぱりですわ」


 エミリーはキョトンとした顔を私に向けた。

 私は無防備なエミリーの顔を見て思わず吹き出す。


「魔女様は私の知り合いにとっても良く似てますの。アンソニー殿下推しで、ご実家が薬屋さんのお友達なんですけれど」


 明らかに探りを入れてきたエミリーについにきたかと私は緊張する。

 エミリーの性格的に私が「知らない」と言えばそれ以上詮索はしてこないだろう。

 けれど私はこうなる事を予測し、既に尋ねられた時の答えを用意していた。


「あ、それ私の仮の姿なの」


 エミリーといるのに、推し談義が出来ない状況。

 その事にストレスを感じていた私はあっさり正体を告げる事を選択した。


「悪いなとは思ったんだけど、一応魔女って職業上、なんというかイメージがあるからね。だから推し事をする時はチェルシーをもじったルーシーを使い分けていたの」

「私もそうよ。先日中庭で見られちゃった通り、貴族なのにって言われるのが面倒で、あなたに身分を偽っていたの。エミリーナだからエミリー」

「そうだと思った。じゃこれからはいつも通り私は薬屋のルーシーで」

「私だってあなたが少なくとも薬屋の娘じゃないかもって気付いてたわ。じゃ私も今から王宮で働く侍女のエミリーにもどるわね?」


 エミリーと私は何だかとてもおかしな気分に包まれ、くすくすと微笑み合う。


「それにしてもわからないのは、エミリーってエルロンド王子の婚約者なんでしょ?」

「えぇそうよ」

「なのに何で推してるの?いや、婚約者を推すってのはわかるけど、握手会とか意味あるの?というか、エルロンド王子にはバレてないの?」

「ちょっとルーシー、一気に質問しないでよ」

「だって気になるし」


 私はエミリーに教えてと懇願する。


「最初はエルロンド殿下に市場調査を頼まれたの。メモリアルショップに並ぶ人はどういった職についているかとか、彼らが求めているグッズは何なのかとか。そういう現地の生の声を聞きたいって」

「あーそれで物販の列に紛れ込んだのね?」

「そう。だけどそのうち私を侯爵家の娘だって先入観なしに接してくれるみんなの気軽さに居心地が良くなっちゃって」

「侯爵家なの?えっ、宰相さんってそんなに偉いの?」


 私は人の良さそうな顔をした、私のわりと言いなりになってくれる気の弱そうな宰相さんの顔を思い出し驚いた。


「そういうとこ。侯爵家の娘だと知るやいなや態度が変わる人が世の中には多いのよ。仕方がない事なのだけれどね」


 エミリーの顔にふと翳りが落ちる。


「でも、メモリアルショップに並ぶ人は日頃の肩書なんかさほど気にしない。ある意味誰の推しか、王族の誰々がどうしたとか、何のグッズを手に入れただとかが重要。それ以外は興味ないっていうか」


 私はエミリーの伝えたい事がまるで自分の事のように理解できた。


「わかる。私も魔女ぶらなくてもいいから楽だったし、何より推しの良さを話して馬鹿にされないのって嬉しかった」

「そう。確かに私はエルロンド様の婚約者。だけどいつものエミリーのノリのまま貴族のお友達の前で話しをしたとする。するとこんな感じで扇子を口に当て、軽蔑の眼差しを向けられるのよ?」


 エミリーは片手で扇子代わりなのか口元を覆い、薄目で私に見事な軽蔑の眼差しとやらを送りつけてきた。


「それにただ好きだって気持ちを口にするだけで、自分は次期王妃候補であることをアピールしているとか言われちゃうし」

「なんか、魔女よりずっと大変かも」


 私はエミリーが王城の中庭で囲まれている光景を思い出す。

 あの時の私にはエミリーは弱い者であって助けるべき人だという認識があった。

 けれどそれは間違っていたのかも知れない。

 エミリーは王妃候補という重圧に耐えうる力を持った、実は私なんかよりずっと芯の強い女性なんじゃないかと、私はこの時気付いた。


「で、ルーシーはどうなの?」

「わたし?」

「そう。時効だと思うから教えちゃうけど、実は私握手会の後アンソニー殿下にルーシーの事を聞かれたのよ?」

「どういうこと?」

「あの時私がイゴルと横入りした人を何とかして欲しくて、魔女様を呼んだでしょ?」

「うん」

「その時に肩からかけていたバックについてたチャームとバッチをしっかりとアンソニー殿下はチェックしてたっぽいの」

「あ、確かに私はバックの事なんてすっかり忘れてたかも」


 私はその事実に気付き、何となく話の先が見え青ざめる。


「それでアンソニー殿下は握手会で私と一緒にいた子のチャームとバッチが魔女様と同じだったって口にされてて。しかもルーシーがつけてるのって、何年か前の生誕祭限定のグッズだったじゃない?だから同一人物なんじゃないかって、かなり疑ってたのよね」


 やっぱりそうきたかと私はガクリと肩を落とす。

 確かに私はあの時、急ぐあまりバッグの存在を忘れていた。

 もし色々とアンソニー王子に見破られているのだとしたら、魔女らしくツンと邪悪な態度で接していた事が急に恥ずかしくなる。


「つまり握手会でテンパってしまう子が実のところ魔女チェルシー・ウィンストン。それをアンソニー王子は気付いてるかも知れないってことか」


 私はガクリとうなだれる。


「気づいているかも知れない、ではなくてアンソニー殿下の事だから既に気付いていらっしゃると思うわ」


 追い打ちをかけるようなエミリーの声。


「で、エルロンド殿下と握手会とかする意味あったの?」


 私は薄目になりながらもう一つ、まだ返事をもらっていない件について質問する。


「あるわ。倦怠期のカップルにとっては、初恋を思い出せるいいイベントなのよ。それに推し事中のエミリー的に表すなら、シチュエーション萌えってやつよ」

「わ、わかりやすい説明をありがとう」

「気にしないで、そのうちルーシーだってシチュエーション萌えを経験出来ると思うわ」

「そうかな」

「そうよ」


 私とエミリーはもうすっかり、エルロンド王子推しのエミリーとアンソニー推しのルーシー。いわゆる推し事仲間に戻った。


「あーずっと自慢したかったの。だけどこの屋敷にルーシーは呼べないし。呼んだら呼んだで魔女様を崩さないし、ねぇとにかく見てくれる?」


 エミリーは突然私の手を取り立ち上がった。

 そしてクローゼットと思われる白い扉の前に私を連れて行った。


「本邦初公開。では心してご覧下さい」


 エミリーはうやうやしくセリフじみた言葉を口にした。

 そして扉を一気に開けた。


「こ、これは!!」


 さすが彼女というべきか。一見クローゼットかと見まごう白い木の扉を開けると、そこにはエルロンド王子のグッズが所狭しと並べられていた。通称サンクチュアリである。


「ちょっとエミリー、これ限定品の衛兵テディベアじゃない。しかもエルロンド王子付き近衛騎士の紋章入りとか!!あっこれは、この前売り切れて買えなかった紅茶缶。何で?何でもうゲットしてるの?」

「それは市場調査の報酬よ。ルーシーだって可愛らしくアンソニー殿下に頼めばきっと、販促用に確保した分から貰えると思うけど?」

「か、かわいらしくとか無理だし。でも欲しい。でも無理だし……くっ、色々無理だし」


 私はクローゼットの中、エミリーの今までの戦利品を前にアンソニー王子を思い出し、恥を捨て紅茶缶を欲しいとおねだりすべきかどうか、わりと真剣に悩んだのであった

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