9話 ぷちキュアは、魔法で3分大人に変身できる幼女達のアニメの予定です。
『さて、どう動くか…』
俺は人工知能搭載のロボを完成後、初回起動をさせた博士のような気持ちで、自分の体の初動を見守る。
目覚めた後、彼はまず自分の足元を見た。
両手に持っていた掃除用具を自分で落としたので、音に反応して、だ。
それらを当たり前のように拾って、翼化した俺の“掃除をする“という意志に反応し。そのまま清掃を始める。
………と思いきや。
『掃除用具入れに仕舞いに向かった…だと⁉︎』
予想外だ!正しい行動だが予想外だ‼︎
しかしそうか。
体の方も、再起動して最初に見たのが掃除用具だったのには、少なからず困惑したはずだ。
前後の情報がなく、状況判断ができない場合、一般的かつ、最適な行動を行うのは賢い選択だと思う。
彼が急に、箒をバットに見立てて、磯野とゴミ野球でもし始めていたら、俺も今以上に戸惑っただろうしな。
それにしても、掃除用具入れまでの3メートル程の距離を歩くだけで、熱視線を集め過ぎているな、俺の体。
「お目覚めよ!今日のボーナスタイムはお昼休みよっっ!グループ通知しなきゃ‼︎」
「ボーナスタイムに入ると、雰囲気変わるよね〜」
「え〜?お弁当を食べている時の天城くんも私は好みだったよ⁇」
「天城氏のあの弁当は、ぷちキュア1期の12話に登場した弁当に瓜二つでありました‼︎拙者は見逃さないでござるよ」
女子生徒的には、休み時間だけ覚醒する男キター!の状態が到来だ。
1人忍者…しかも男が混ざっていた様だが、その推測は正解だ。
日曜の朝に羽虹とぷちキュア(幼児向けのアニメ)を見ている時。
“お兄ちゃん食べたい…“
と、妹がか細い声帯を震わせて言ったので、発奮して作ったものが、今では派生してシリーズ弁当化だ。
ござるくんは、忍べない忍者のようで。
女子よりも俺の体の近く…手前に移動し、後ろから顰蹙を買っている。
そして、女子からのよりも羨望の眼差しを、俺の体に送っていた。
女子の視線は、なんというか…。距離を詰めてゆき獲物を狙う時の野生動物のそれだな。
どちらとも仲良くは、なれそうにない。
視線が体集まるのを良い事に、俺はお尻拭きを使い、床のご飯粒を集め終わっていた。
家に持ち帰って遺骸を供養してあげたいが、もしも鞄の中で散らばったら悲惨なので処分だな。
そう思っていると、席を立った鈴木くんに、集めた米粒が持ち去られる。
鈴木くんはそれをゴミ箱に捨てに行くと、席に戻って2度寝に突入した。
人目が無いのをいい事に、こっそり食べるかと思って驚いたぞ?
明日のお弁当の蒟●ゼリーも、鈴木くんに差し上げようと、俺は思った。
「きゃあっ⁉︎」
突然聞こえた悲鳴に何だと振り向くと、教室に入ってきたばかりの女子生徒が、心の準備無しに俺の体を見て、腰を抜かしたらしい。
気になる所でもあったのか、俺の体は彼女へ近付いてゆく。
『保健医の時の様に手を貸してやるのか、紳士的だな』
と思って見ていたのだが。
不思議を感じた犬の様に首を傾げ、彼女とは一定の距離を開けたまま、外傷が無いかを確認するだけに留まっている様だ。
「何、あの子わざとらしい」
「ホントー。抜け駆けしないで欲しいわー」
「まあ仕方ないって。多分ウチらだって、教室入った瞬間に急にあれを見たら、美の衝撃波に当てられちゃうもん」
翼化した俺の周りにいる女子の、嫉妬混じりの呟きが聞こえる。
突然の事だったので、中にはやっかみを可哀想だと思っていた者いただろう。
だが直後、怒号混じりの悲鳴に変わった。
「えっと…手を貸して貰ってもいいかな?天城くん…。私一人じゃ立てそうになくて……」
嫉妬されるのは確定なので、勝負に出たな!マイナス以上のプラス回収に転じたのだろう。
言葉に照れの感情を含ませつつ、内心は不安なのか、縋るように俺の体を見上げている。
男女の比率通り見事に分かれるが。彼女の勇気を応援する生徒と、怨念の生き霊を飛ばす生徒でと、さっきまで無音に近かった教室が一気に沸いた。
「それは無理」
「ぁ………そ…すか」
空気など読まずにあっさり断った俺の体。
その場を白けさせるかと思ったが、どういう訳か、断った後の方が爆発的に生徒らが熱狂していた。
俺の体は、壁に縋って1人で立ち上がる女子生徒を上から見下ろしていた。結構痛々しいシーンだな。
それを見ていた生徒の中から、“ウチらが手伝うよ“と、女子グループがやってきて、複数の女性との手により彼女は廊下に連れ出される。
連れて行かれる彼女を止められるのは俺の体だけだっただろうが、最後まで見送るだけだった。
「いやぁぁぁ…たす・け…」
もがく様な手の残像が見えた後、廊下の向こうで悲鳴が上がった。
しかしすぐに、熱気を増した教室の騒がしさにかき消される。
怖い女子に校舎裏で肋骨を折られる前に、俺が心を折ってしまったかも知れないな。
観察していた女子生徒が居なくなった事で、体は席に戻ってくる。
高潔なる血族のように、他人から不躾な程の視線を浴びても気にも留めず。優雅に着席した俺の体。
我が体ながら、風格があるなと俺は感心する。
教科書を机に出すというだけの所作でも、CM用の動画が数本制作できそうな好感度だ。
彼のその美麗さに反して机の横で、ベシャリ…とそぐわない音がした。
「あ、天城くん私が拾うよ!」
「俺が俺が!」
「じゃあ私が」
「あれ?何あれ…」
ホラーの様に無数の手が伸びてきていたが、それらは不意に止まる。
「「「お尻拭き!?」」」とクラス全体がハモった。
俺が床掃除の後、机の中に雑に入れていた物が、教科書を引き出す時に落ちたのだ。
机から飛び出した、“お尻拭き“の存在に、机の主は目を泳がせていた。
『あれ?なんかちょっと可愛いな…』
自画自賛みたいになっているな。
普通自分では、鏡の前でも無い限り自分の表情などは確認できない。
俺が狼狽えるとこんな感じなんだなと。ホームビデオを見ている気分になり、ニヤついてしまった。
実際の我が家のホームビデオには、羽虹しか映っていないので(※俺撮影監督)ニヤつくよりは感動でバスタオルを濡らしている方が多いのだがな…。
何かにハッと気づいた俺の体は、自分のお尻に手を伸ばし、尻をかく風を装い、確認動作をした。
粗相は無かったので、明らかにホッとした表情だ。
高校生になっているのに、体からの信頼感がないな俺。
…まるで父みたいじゃないかと思っていたところ。
「父め…」
体とシンクロしたのか?
お尻拭きを鞄に仕舞った体は、額に手を当て沸き起こる不満をブツブツと呟いていた。
気持ちはわかるが…。その、HIK●KINさんのなりきりマスクみたいな表情はお止めなさい。
確かに、クラス中の視線を集めた中での失態とも言える行動なので、思春期の少年には、こっそり下唇を噛み締める様な出来事だったのかもしれないが…。
今夜から父ら夫婦の寝室には、寝る時には必ず内鍵をかけて貰おう。
父への遺恨に巻き込まれかねない母の身が心配だからな。
不審な挙動とお尻拭きの存在に、教室では様々な憶測が飛び交ったが、5限目が始まる前の予鈴が鳴ると、生徒らは蜘蛛の子を散らす様に去って行った。
続く5限目。
翼化中の俺は、引き続き肉体の観察を継続する。