8話 犯人は、誰だ!
お昼休み。俺のおやすみうさちゃんオムライスを勝手に食い散らかした犯人探しを決意した俺。
犯人…実は、俺は既に当たりを付けている。
「あの、推薦くん、ちょっと聞きたいんだけど…」
そいつは隣の席の、スポーツ推薦入学君だッ!
彼は朝練が済んだ後に、まず通学中に買った惣菜パンを食べ、3限が終わった11時前には寮から持ってきた弁当を早弁している。
11時ランチ。お前は保育園児か!
お昼休みは、追加のパンを購入するお金も、買いに出かける時間も勿体ないと言うことで、食べずに寝るのだ。午後の部活に備えて。
真面目なのか不真面目なのか、よくわからん行動だが、お昼寝も園児と同じだな…。
『さて。飢えたケダモノは、俺のうさちゃん弁当の匂いを嗅ぎつけて、犯行に及んだに違いない。
計画犯か、衝動的犯行かは、現状俺には分からない…。
だがな、奴の足元に散らかるオレンジ色のご飯粒を見ろ!これが確固たる証拠だ‼︎』
オレは親指と人差し指で床に落ちた米粒を拾い、観察する。
それは紛れもなく、うちのうさちゃんの顔の一部だったものだ。
「…推薦くん、聞こえてる?」
「え?何?オレ…⁇」
一度目は無視されたので、今度は肩を叩いて声をかける。
そこでようやく彼は上体を起こした。
狸寝入りだったろうに、イヤホンを外してヨダレなど拭いて…わざとらしいぞ。
「オレの苗字、スイセンじゃなくて、ススキ(芒)なんだけど…。字は薄い方じゃなくて、えっと…」
「ああ、悪い。鈴木くんね。字は濃いめね、今覚えたよ」
推薦@濃いめの鈴木くんは頬を引き攣らせる。
「芒だ!間違って覚えるなよ……って、もういいや」
で、何?と、投げやりにな感情を露わにして見上げてくる鈴木くんに、俺が裁きを下す時が来た。
「君、俺のうさちゃんを食べ…ゴホッ…た奴の事、知らないかなぁ?ゴホ、ゴホォッ」
気合いが入って、大きめの声になってしまったからか、俺はいいところで咳き込んでしまった。
唾液か何かが、気管に入ってしまったようで、咳が止まらん。
「おい天城、大丈夫か?…お前口に物を入れたまま話すんなよ」
鈴木くんに言われて、一瞬麦チョコを疑った。だがチョコの味ではない。
口元を押さえていた自分の手を見ると、そこにはなんと!ご飯粒が結構乗っていた‼︎‼︎
俺の半口分くらいだろうか。そして羽虹の一口くらいだ。
「なッ…⁉︎」
咳が収まると、俺は自分の机に戻った。
「話、もういいのか?………ってお前の弁当可愛いな。料理上手なんだなお前の母ちゃん」
「…いや、俺だよ、これ作ったの」
「……」
以降、俺たちの会話は途切れた。
『まさか犯人は、“俺!“ だったなんて……』
人に向かって指を指してはいけないと、先人はよく言ったものだ。
おやすみうさちゃん、今こそ永眠してください。
俺は、合掌をし、顔が壊れたうさぎが詰められた弁当を食べ始めた。
弁当を咀嚼しながら、俺は考える。
どうも、俺の肉体は、ソロプレイを覚え始めている様だ。
今まで考えもしなかったが、翼化した俺が自由に行動が出来るので、翼の体も同じ様に自立行動が出来て当然なのかも知れない。
人間の記憶や判断力は脳にあるが、メンタルを操るのは腸だと聞く。
体から、感情の意思決定をしている“翼化した俺“が抜けても、腸が良いように脳に指揮や指令を送って、体を動かしているのだろうな。
多少行動が覚束無い俺の体だが、何も障害がなければ移動教室にも行けるし、授業でも出来が良かった。
そして、行動パターンから読み解くと、翼化した俺側の思考がどういうわけか影響を与えていて、体の方も似たような行動をとっている印象がある。
勝手に動くのを封じようと思っていたが、このままうまく育てれば第二の俺として影武者になってくれるのではないだろうか?
羽虹はお昼寝タイムになるし。
5限目は翼化するが移動はせずに俺の体を診てみるか。
思考をまとめた頃には、俺は弁当は食べ終わっていた。
犯人容疑をかけて途中起こしてしまった詫びに、最後のデザートである蒟●ゼリーを鈴木くんにあげたら、大層喜ばれた。
「そういえば、スイセンって、推薦の事だったのか」
おいおい、急に何だ?会話を続けた所で2個目のゼリーが出てくる事は無いんだぞ鈴木くん?
ちなみに、羽虹のお弁当には、不慮の窒息事故を避けるために、中身が細かく刻まれている方のゼリーを入れている。
ゼリーは羽虹とお揃いでないので、あまり愛着が無かったから、あげたのだった。
『さて、今居ない奴らが戻ってくる前に、ご飯粒を片付けなきゃな』
床に散らばる残骸を見て、軽くため息をつく。
誰かに踏まれたら、上履きに、上履きから廊下にと、こびりつきをばら撒かれてしまうので不快だ。
何より俺と羽虹の愛したうさちゃんの遺骸が、不特定多数の誰かに踏まれるのが、何か嫌だし。
俺は掃除用具入れから、箒とちりとりを借りてくる。
ついでにカバンからお尻拭きを出した。
いや、勿論教室でお尻を拭く訳ではないぞ。
既に、ご飯がこびりついた場所を発見したから、拭き取ろうと思っただけだ。
何故お尻拭きなのか…。
それは、羽虹が小さい頃に、あの厄介な父が、個数と段ボールの箱数とを間違えてネット通販してしまったからだ。
大量のお尻拭きが、まだ我が家の押入れに残っている。
それを俺は、お手拭きがわりに使っているのだ。父の尻拭いに。
「…クソがぁッ!」
突然の俺の暴言を聞いたクラスメイトらは、一糸乱れぬという言葉が似合う動きで、俺に振り向いた。
その後、俺が手に持つ“お尻拭き“に気づいて、顔を逸らした。
待て、そういう意味ではい。父はクソだが。
羽虹と歩くと、目的の途中に公園で遊び始めたり、見た物を食べてみたくなって買って食べたり…幼児は大人に比べて、手や体で接触するものが多いからな。
ポケットティッシュサイズだと、帰宅を待たずに無くなる場合もある。
実際これが便利だから俺も手放せないのだ。
難点は今の状況の様に、“この人何を拭いてるの?“と…見た人に誤解される程度だからな。
「それにしても、掃除ができる時間が少ないな。…そうだ、今からやろう」
時間が少ないからやる…そう言いながら自分の席に座る俺を、訝しげに見ている鈴木くん。
君の言いたいことは判るぞ。“その米粒、捨てるんならオレに食わせろよ“ だろ?
『じゃあ…試してみるか』
俺は翼化してことにした。椅子に座り、両手に箒とちりとりを持ったままで。
翼化した俺と肉体の俺、分裂すれば2倍の速さで掃除ができる…筈だ。
俺が抜けた後の体は最初はピクリとも動かず。
10秒程待ったが…。あれ、これはもしかして動かないか?
しかしその時、指がピクリと反応したのを俺は察知した。
何故だろうか、周りの生徒は静かになり、各々俺の体の方に目を向けて行く。
教室外ではたくさんの音が垂れ流され続けていたが、うちの教室に限っては、時計の秒針の音が妙に大きく聞こえ続けていた。
昼間の学校に不釣り合いと言える、奇妙な静けさの中。
俺の体はゆっくりと瞼を押し上げ、目を覚ました。