4話 立てるのか?立っ…立ったーーーー‼︎‼︎(意味深)
高校の1限目が終わったであろう…45分後に肉体へと戻った俺は違和感を覚えた。
妙にざわつく教室、そして気遣わしげな視線を集めている俺。
翼化をして移動した後に何があったのか気になったので、盗撮メガネから転送した動画で、高校内での出来事を確認する事にする。
動画を再生し始めて直ぐの事だ。例の、俺を彼氏にしたいと言っていた女子の内の1人が、意識も虚な俺から授業撮影用の盗撮メガネを持ち去った事が判明した。
彼女の素性など俺には分からんので、名前をA子としておこう。
窃盗は犯罪なので、妥当な名前だと思う。
俺がそのメガネを取り返すまで自分で掛けておく様だ。
俺モドキ『返せよ〜』
A子『やだ〜❤︎』
モブ勢『えっ、あいつら付き合ってんの?』
的なやり取りでも期待しているのだろうか?
ああ…頭痛い。
A子は、なんで天城は伊達メガネなんてかけてんの?と、1人疑問を口にしているが、お前もな。
しかも、よく他人のメガネを掛けようと思えるものだ。本物の眼鏡なら度が違うだろ。お前はもっと伊達メガネであった事を有難がれよ。
映像に残る俺の体は、H Rでの点呼の際、声は発さず、顔の前方で優雅に手を上げた。
いつもの動画ではカメラアングルが自分の目線となっているので、見る機会など無かったものだ。なかなか興味深い。
苗字があ行で出席番号が早いのもあり、気にすると後ろが渋滞する事を知る担任は、サクサクと出欠点呼を済ませた。
そこまで見終えた所で、俺は校内放送で呼び出しをされた。
昼休みの呼び出しじゃダメだったのだろうか。
呼び出し後…自分が視線を集めていた理由が分かった。
どうやら俺は授業中に突然倒れたらしい。
俺を呼び出した学年主任に、朝から体調が悪かったり、理由に思い当たる節はないかと聞かれたが、授業中に魂が飛び出しているからですかね…とは流石に言えなかった。
「A子に私物を窃盗されたのがショックだったからです」
なので、さっき見たことを学年主任に伝えた。
その盗まれた眼鏡だが、どう言う事か俺の目元に戻って来てはいたのだが、その理由を知るには動画の続きを見て確認するしか無いだろう。
学年主任はA子とは誰だ?という反応をしたが、外見的特徴を伝えると特定できた様で納得した様に頷いていた。
それにしても、俺が倒れたというのはどういう事なのだろう…。
増える疑問を消化するため、教室までの道のりもワイヤレスイヤホンで音声を聴きながら、端末に転送した動画の続きを再生してゆく。
動画の再生バーを操作し、早送りして1限の数学の授業。画角が俺をメインに映される場面までスッ飛ばす。
その後の再生画面では予想外の事が起こっていた。
俺が数学の問題の回答者に指名されているじゃ〜ないか。
普段、指名される日の統計を取っては、疑わしい日には翼化を控える様にしていたのだが。
数学教師は、本日指名予定だったであろう生徒が普段から素行が悪いので日和った様だ。出席番号順に切り替えてどうも俺が当たったらしい。
その指名方法だと俺の回答頻度が凄いことになるので、これきりにして欲しいものだ。
其れはさておき、黒板まで赴き、回答を書かねばならない。
立てるのか?立っ…立ったーーーー‼︎‼︎
名前を呼ばれた俺の体は、有人操作式人型ロボットの様に目に光が宿り、重心のバランスを取るように、重厚かつ慎重に立ち上がった。
その後、体は“スッ“とか“ピシッ“とかの擬音が似合う動きで、メリハリをつけて行動をし、確かな足取りで黒板の前に立つと、件の回答を書き込む。
身長は172cmとまだまだ伸び盛りという具合だが、その立ち姿は妙に絵になった。
顔の造形や、頭身、脚の長さなど、パーツ部位のサイズバランスが非常に良い。
加えて、筋肉の使い方や歩幅。動きに合わせた制服の皺の出方、チョークを持つ指使いに至るまで、感嘆に値した。
教師は疎か、クラスの過半数は俺の一挙動に目を奪われていた。
我ながら八面玲瓏である。
普段は魂が離れた体の記憶はないので、俺が想像していた自分よりも、意外な程しっかりしている体を見て、ちょっとした感動だ。
やるなアイツ…いや、自分だが。
今まで高校に放置した肉体のことは全く気にして居なかったが、気にする必要が無かったという事だな。今後も安心して翼化しよう。
「あ、うん、正解だ」
黒板に書き込まれた回答に教師が告げると、どこからともなく拍手が湧き起こった。
正解者には拍手ー…うちの高校、そういうシステムだったか??
俺の体は、ふんす!と鼻息を吐くと、「昨日、予習したトコ…出た」とカタコト気味につぶやいた。
そうだな。予習をした所だな。偉いぞ。
ともすると失笑や顰蹙を買いそうな場面だが、クラスメイトらはその素直さに好感を持った様だ。
皆から友人に対する様におめでとうという言葉を投げかけられたり、微笑まれるだけで済んでいた。
誇らしげに自分の席へ戻る俺の体だったが、その時、事件は起きた。
急に膝から崩れ落ちたのだッ‼︎‼︎
つい数秒前まで皆に完璧だと思われていた存在は、実は操り人形だったのかと思うほど、各関節を非常識な方向を向け、ベシャリと床に沈んで動かなくなった。
(※3話ラスト参照)
急に俺が机の間の通路で倒れたことで、左右に居たクラスメイトは悲鳴を上げる。
「わ、私。保健の先生を呼んで来ます!」
素早く反応した保健委員の生徒が、つんのめってコケそうになりながらも、走って教室を出て行った。
野次馬の生徒は俺の様子を見に、次々と周りへ集まってくる。
救急車は?110番だっけ?と口々に話してはいるが、スマホを持っていても手に握ったままで、誰も電話を掛けようとしない。
判断力の点では、高校生はまだお子ちゃまなのだろう。
大人(教師)がいればそれに委ねる。
110は警察署の番号なので、かけなくて正解だがな。
撮影者のA子も自分の席の位置で立ち上がって俺を見た様だ。
サスペンスドラマのOPで殺害された被害者のような格好で、全体重を床に預けている俺の映像が収められていた。
映像で見る限り、その体はピクリともしていない。
110番が正解なのかも知れないと一瞬思ったが、それは30分ほど前の自分の映像だと思い出す。
今生きているので大丈夫だったのだろう。
「…脈はある。呼吸もしている。外傷はないし、吐いてはいないが、意識は無い……」
数学の教師は、保険医を呼ぶのは生徒に任せ、倒れた俺が吐いていないのを確認して、仰向けに起こした。
その後、記憶をさらう様に、おぼつかない手つきではあるが、首の後ろに手を添えて、気道確保を行なって行く。外傷は無いか、呼吸で胸部や腹部が上下に動いているか、脈拍は正常かなどを確認した。
確認した後、可能性として貧血を考えたのだろう。俺の脚を持ち上げ、空いていた椅子の座面に乗せた。
脳に血を送るショック体位というやつだ。
生徒の身の安全を守る必要がある教師らは、救急救命講習を受け一通り習っているらしい。
その後、息苦しくない様にと、マニュアル通りに俺のズボンのベルトを外してゆく。
ふと、誰かがゴクリと息を呑んだ。
俺の周りに集まっていたクラスメイトらは集中をして前屈みになって行く。
おや?なんだろう…独特の空気が流れているような…。
教師も何故か指先を震わせ、不器用に服を緩めてゆく。そんな演出要らないんだけど。
この動画のアングルを司るA子の正面や、視界の端で見切れた部分では、教室中の生徒が意気を潜めて、剥かれる俺を食い入る様に見つめているという異様な状況が流れていた。
チョ、マテヨ!それ脱がせすぎじゃないか?何で誰も止めないんだ!
されるがままの俺ボディーを見ていると不安になった。
A子はというと、周りが微動だにしないのを良い事に、移動を開始した。
今からでは俺の周りで良いカメラポジションは確保できない事への理解が速く、机を渡り歩き、脱がす数学教師の真上の位置から俺を撮影して始めた。
どういう意欲?先生が見上げるとおぱんつ見えるだろそこ。
保健委員が保険医を連れてくるまでの間で、俺は胸のエ●キバンが顕になる程上半身は脱がされており。下半身はというと股下デルタ地帯と尻の後ろまでズボンが手繰り寄せられた状態だった。下着丸出しである。
俺的には間抜けな姿と言えるが、撮影者や画面内の人物らの心境を映像で切り取れたのだろうか。謎の背徳感を醸していた。
保険医を連れ、教室に戻ってきた保健委員の子は、そんな俺を見て悲鳴をあげた。その後自分の口元を手で抑える。
こうなった経緯を知らない保健医と共に、クラス中の視線を集め、2人は狼狽えたが、保健医は自分の業務を思い出した。
美人だと評判の保険医は、俺の体を確認してゆく中で、始業前に俺が垂らしていたヨダレに気づいた様だった。
『失神した時に漏らしたから脱がそうとしたのね』
実際そう思ったのかはどうかは俺には判らないが、少しだけ顔を顰め、鼻を鳴らす。
ちゃんと嗅いでくれ。濡れ衣だと解るはずだから。
改めて診察を終え、外傷はないが意識が戻らないので、救急車を呼ぼうとなった時だ。
「…む…」
俺の体は唐突に目を覚まし、上体を起こした。
周囲では安堵の声が漏れる。
「あなた授業中に急に倒れたのだけれど、どこか痛いところはある?自分の名前と生年月日は言える?」
保健医が確認の為に俺に聞いてくる。
「な、名前…羽虹……」
映像の説明の途中だが。
それを聞いた俺は、一瞬の戸惑いの後、滝のごとく涙を垂れ流した。
その後遅れてやってきた感動にガクガクと震える。寒くもないのに両手で自分の体をハグした。
その感情は津波の様に押し寄せ、その後も涙は水道管が壊れたかの様にジョバジョバと溢れ出していた。
隣の席のスポーツ推薦入学の男子は、そんな俺を二度見して手持ちの大判タオルを手渡そうとしていたが、俺は礼だけ言ってそれを断る。
妹を愛おしく思うあまり、羽虹の名前を先に言ってしまうとはッ‼︎‼︎
流石は俺の体だッ!魂が肉体から離れようとも、羽虹を思うこの姿勢、天晴れだッッ‼︎
羽虹と似ていると言われる時以外で、自分の肉体をこれほど誇らしく思った日はあまり無いだろう。
俺が成人済みだったら、肉体の成長を肴に酒でも飲みたい気分だ。
…話は一時停止していた動画に戻るが。
俺の名は「天城翼」なのだ。
予想外の回答を聞いた、教室はざわつく。
これって記憶障害!?“はに“とは何か?ハニワか?などの無知なる者どもの論争が聞こえる。
羽虹といえば羽虹しか居ないというのにな。埴輪じゃねーし。
「記憶が混乱している様だね」
数学教師と保健医は深刻そうに顔を見合わせた。
「天城…翼」
「あ、うん、正解だ」
間違いに気づき、言い直して正解した俺の体。今回はふんすはしなかった。
ほぼ脱がされて寒かったのか、乱された身なりに気づき整えてゆく。
あ…シャツのボタンをかけ違っているな。俺は再生動画を見ながら、ボタンの掛け違い箇所を正した。
脱衣ショーは終わったと理解したのか、生徒らは自分の席に戻ってゆく。
A子は俺が倒れた理由に、いつもの俺と違う部分として見当をつけたのか。
「ごめんなさい…」
と、静かに告げた後、眼鏡を俺に掛け返して席に戻って行った。
…いや、多分違うぞ?眼鏡が原因の災難じゃないはずだぞ?
一部始終を見て、そうは思ったが、学年主任へ伝えた様になったな。
「大丈夫そうですね…彼は私が看ますので、先生達は授業を続けてください」
「どうやら貧血だったみたいですね。」
納得した数学教師は教壇へと戻る。
「天城くん、一応病院に検査しにゆきますか?希望するのであれば、今から保護者の方に連絡を取りますけど…」
保健医は席に戻った俺の横に立ち、前屈みで聞いてきた。
谷間が見える服装ではないが、淡い色のシャツのボタンを、ッパァン!と弾き飛ばしてしまいそうなデカイ胸だな。
胸…そうだ、今日の夕飯は鶏胸肉でチキン南蛮を作ろう。
「行かない。急いで帰りたい」
視聴者の俺も体と同じ気持ちだ。
「今から1人で帰宅という意味?それなら用意して。私の車で家まで送るわ」
「授業を全部受けてから、急いで帰る」
嘘ッ……俺の肉体は、保健医の夢のような提案に、首を振って拒否を示した。
魂が入った俺ならば、移動中に車に跳ねられる可能性が高かろうと、速攻下校し、こばと保育園に直行すると思うが、肉体は学業に熱心なんだな。
良い事なのだが、それはそれで少し裏切られた気がした。
逆に保健医は、お漏らし(※誤解だ)で底辺に落ちかけていた俺への評価を見直してくれたらしい。
もしも気分が悪くなったら、保健室にすぐ来てね。と柔らかく告げて出て去って行った。
ロスした分を巻き返す様に、スムーズに授業は再開されてゆくのを感じ、俺は動画ファイルを閉じた。
動画を確認し終えた俺は、2限目の教科書をセットを行う。
その時、電子音が校内に響く。
ちょっと早い始業のチャイムかと思ったが校内放送だ。
俺と入れ違いでA子が呼び出されている。
A子は察し、一瞬俺を睨んできたが、自分の行動に思う部分があったのだろう、悲しげな顔をして教室を出て行った。
慌ただしい休み時間だったな。
さ、羽虹のところへ急ぐか。
俺は2限の始業チャイムが鳴ると、翼化をし、再びこばと保育園へと移動する。
書いて出し状態になりました。前後がうまく繋がらなかったら申し訳ない。
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どうでもいい情報ですが、作者は男でもなければ、妹もおりません…。