1話 妹のはじめてになれなかった事を、俺はいまだに後悔している。
今から5年前。俺が11歳だった頃の話だ。
母の妊娠中。
俺、天城翼は、今まで何でもわがままを聞いてくれ優しかった母が、自分の相手してくれなくなったのが嫌だった。
小学5年生ともなれば外出中に甘える事はないのだが、家ではまだまだスキンシップが必要なお年頃。
比較的、アゴで使っても文句をひとつも言わずに甘やかし対応をしてくれていた母が、そのお腹が大きくなるにつれ、俺の要求を断ることが増えたのだ。由々しき事態である。
その状態が数ヶ月経過し、お腹の出っ張りとともに、俺の積もる不満は乱暴な態度になり現れ始める。
それを察した母はちょうど夏休み時期だった事もあり、出産予定日の1ヶ月前を切っていたにも関わらず、医師の診断書を得て飛行機に乗り俺を連れて、九州での里帰り出産を選んだ。
母の実家では、母の代わりに祖母が相手をしてくれたが、自分は母がいいのに、何故代用品の祖母が自分に充てがわれるのかという感情が沸き、そこでも俺をイラ立たせた。
母は予定日よりも2週間ほど早く破水し病院へ。
妹を産んだという連絡が来て、祖母は当日に見にゆこうと言ったが、行きたくないとごねたのは俺だった。
妹に母を取られたのを見るのが嫌だったからだ。
そんな俺を見て、祖母と母が話し合ったのか、母と妹に会いにゆくのは、都内の自宅に1人住んでいる父と一緒に行くという事でまとまり、それは2日後となった。
父も有給を消化すれば当日の夜にでも来れたのだが、祖母の口ぶりでは母が止めたようだった。
父のような馴れ馴れしく絡み、落ち込む情緒が欠落したポジティブな性格は、メンタルの悪化で仕事を辞めないという意味で営業職は天職だった。
取引先の会社の迷惑になっても…というのは建前で、産後間もなくテンションの高い父の相手をするのは母も疲れるらしい。
前回の出産が俺の時…11年前だったとはいえ、2度目の出産となれば1度目の時よりも取捨選択が出来るのだろう。
産後に父はいらない要素だった様だ。
頻繁に空回りをしてきた父のお陰で、俺は妹の待つ死刑台に送られる日が伸びたのである。
2日後などすぐだった。
産婦人科の病室に着くと、ベッドで身を起こす母の元へ父が直行する。
その母の横には、新生児ベッドが置かれており、中には妹がいるのだろう、父は覗き込んで顔を崩していた。
「かわいい!最ッ高にかわいい‼︎我が家に天使が生まれた‼︎でかしたぞ紗南‼︎俺とお前の遺伝子で最高傑作が誕生してしまったな。
パパは君をお嫁に出すのが今から心配だよ〜〜むちゅぅーッ」
「ちょっと!キスはやめてよ‼︎汚…じゃない病気がうつるからッ‼︎」
ベッドの中に顔が隠れるほど寄せる父を母が慌てて叱る。奥さん、心の声が漏れそうですよ。
父から見て、妹がかわいいのは伝わったが、何でこいつはこんなにウザイのだろう。
眺めていた俺と、祖母も半眼になる。
母が選んだ人なのだから、何もいうまい…というのが、僕らの合言葉だ。
それにしても、(俺としては父は特に要らないのだが)一瞬で両親を取られた気分になる。
それは家族の中で、自分の居場所が奪われたと同義だ。
それまでは何気なく吸っていた空気なのに、粘度が増した様に感じて、息がし辛くなる。
俺の背中を押すように促していた祖母は僕が動かない事で心中を察したのか、そのまま病室の入り口で一緒にいてくれた。
「…翼くん?おいで」
母が優しく俺に声をかけてくる。
自分の近くに来て、父の様に妹を見て欲しいという感情だろうか。
言われた俺はというと、背中の祖母に体重を預け、不貞腐れた顔で自分の靴を見る事で抵抗していた。
「翼ぁ〜なに恥ずかしがってんだ?ほーら」
女性陣は空気を読んでくれたのに、浮かれた男親は頭が沸いていた。俺を抱えると妹のベッドの上まで運んだ。
「翼お兄ちゃんだよ〜ハジメマチテ❤︎妹ちゃんを護る10歳の王子様だよダーリンだよ☆」
口の臭いおっさんが、何やら俺のふりをしてダッサいアフレコをしている。
そして俺の年齢をナチュラルに間違えている。
俺は目を見開いて信じられないものを見たという感じで父を凝視した。
何なのこいつ殺意しか湧かない。
その様子を見て、母も祖母も苦笑していた。
俺が妹の元へ移動させられた事で、祖母もようやく妹の顔を見る事が出来て、顔が綻んでいた。
「まぁかわいい!翼お兄ちゃんが生まれた時にそっくりね」
「そうなの、みんなが来るまでの間、5年前の写真を見比べてみたけど本当、似てる。
この子の方が抱えた感じ随分軽く感じたけど…。
皆んな言ってたけど、やっぱり男の子と女の子だと骨格が違うみたいだよね」
「お兄ちゃん似なのは確実だけれど、目元はパパ似で口元があなたにも似てるわよ。
あら?この子生まれたばかりなのに指が長いわね。細いからそう見えるだけかしら」
「その子、産まれた時から爪が生えていたの。
それにしても翼くんの時も思ったけど、パーツの配置でここまで人の顔は整うものなんだなと思うと、嬉しいやら悲しいやら」
母と祖母は笑いながらどうでもいい話をしている。
あまり意味を見出せない会話なのに、それでも2人は楽しそうだ。
今、一緒にいる。この時間が幸せなのだろう。
周りが散々、妹が俺に似ていると言うのが少し気になり、その顔を見て見る事にした。
皆が俺とそっくりと引き合いに出す辺り、俺の方が優先度が高い気がして、ささくれていた自尊心が少し回復したのだ。
「……」
初めて見た妹は、先ほど病室に来る前の通路で見た産まれたばかりの赤ら顔の新生児達より、4日分の成長が感じられた。
肌は透き通るように白く、寝癖がついているが髪の毛も生えそろっていて、まつ毛も長い。
唇の形も綺麗で、下唇がぷるんと音を立そうな艶やかな濃い目の桜色。
造形の美しさを主張してくるまつ毛と唇が、白い肌を鮮やかに引き立てていた。
端的に言うと、かなり整った顔をしている。
俺自身、産まれてこのかた、外出する度にモデルや芸能事務所にスカウトされて来たので、似ていると言われる妹も同様に、人を魅了する顔なのは当然なのだろう。
顔で苦労をしたのでナルシストでも無い俺だが、彼女には…何故だろう、神々しさを感じ、大切にしたいと気持ちが湧いた。
手が伸びたのは無意識だった。
祖母が、「あっ」と短く悲鳴を上げたが、両親は見守ってくれていた。
妹が危ない時は俺を抱えている父に任せると言う事なのだろうが、同時に俺への信頼もあったのだと思う。
慎重に、俺は妹の顔の横にある丸まった手に俺は指を伸ばす。
顔は触ると泣かせてしまいそうで躊躇ったのだ。
彼女の小さな手を、ツンツンと指の腹で触ると、触られた事に反応してか、長いと言われていた指が、何かを掴もうとするように少し開かれた。
俺の指の半分も無いだろう細さを目に焼き付ける。皮膚の薄さ。少し冷たい指先。
だが、口元を見るとちゃんと息をしている。
その存在が生きているのが俺には奇跡に思えた。
通路で見た新生児や、自分も、生まれた時はそうだったのだろうなと。
思い出すでもない想像の記憶が、スッと想像が出来て。
俺は生命が誕生するという事に、素直に感動した。
すると憑き物が落ちたかのように心が落ち着き、妹に対しての愛情が湧いてくる。
「…かわいい」
俺の呟きが病室に響いた。
「だよな〜〜〜‼︎‼︎滅茶苦茶かわいい!将来は翼似の美人さんだよ‼︎‼︎」
父は自分が褒められた以上に喜びを態度に表していた。父に抱え直された俺の体は神輿のようにワッショイされている。
「そこは普通はママ似って言わない?賢介くん…」
普段より、母から自分のミスを注意されているので、誤魔化し笑いでスルーした父。
強メンタルのスルースキルより、賢さの欠片を差し上げたいとすら思う。
自分なら父の感性で賢介という名前が付けられたら、それだけで恥ずかしくて家に引きこもると言うものだ。
普段は父に半眼になる俺だが、その日は妹に釘付けだった。
敬虔な信者が神の声を聞いた時、また神の姿を目の当たりにした時、俺の様な表情をするのだろう。
外部からの情報はほぼシャットダウンで妹だけに集中していた。自分が呼吸をしていることすら忘れていたのか、息を吸った事に気づき驚く。
妹は急にボリュームが上がった家族の会話に一瞬ぎゅっと目を瞑り、その後ゆっくりとまつ毛が持ち上げられてゆく。
花の蕾が開花するかの様に、清浄な時間が漂った。
そして、妹から目を逸らさなかった俺と、妹は目が合う。
「………ぁ」
俺は彼女が地球に産み落とされて、最初に目にした人物が自分では無かった事に、猛烈に嫉妬した。
何で早く見に来なかったのか、立ち会い出産だって出来たのにと自問自答が繰り返される。
その後悔の感情が顔が俺の歪めたのか、母と祖母が心配そうに視線を向けた。気づいていないのは背中側にいる父だけだ。
『王子様が私のダーリン?では、私があなたのハニーですね』
見つめあっていると妹の心の声が聞こえた気がした。
どうやら俺も脳内アフレコができる父と同じ持病がある様だった。
おかしいおかしいと思っていたが、遺伝病と言う奴だったのか。
「ハニーちゃん…?」
『かわいい人という意味ですよ』
ふふっという脳内での笑い声と一緒に、妹の口の端が上がり、笑顔になる。
「あっ笑った!」
笑顔の妹に笑顔を返している俺の後で、俺と同様、妹に視線を向けていた父がすぐさま反応をした。
そして娘…俺の妹のあまりの可愛さに悶絶する。
「ええ!?…ほっ本当に笑ってるわね。まだ目も見えないはずなのに…きっと、お兄ちゃんと会えたのが嬉しかったのよ」
祖母は驚きつつも、妹の笑顔にメロメロだ。
「ハニーちゃん…」
母も妹の笑顔を見てスマホのカメラを構え、顔を綻ばせたが、その後何やら思案を始めるように口元に指を置いた。
「…妹ちゃんの名前、ハニちゃんってどうかな?お兄ちゃんの翼くんと別の意味での羽という字と、この子のキラキラ透明感に負けない虹という字で羽虹」
母はスマホを取り出して画面にフルネームの漢字を打った。
そしてその画面を家族の方に向ける。
「おおー!この子のイメージぴったりだな。綺麗な天女様っぽい名前だ」
「天城羽虹…良いと思うわ。でも、画数とか見なくても大丈夫なの?今の子ってみんな画数調べて付けてるって聞くわよ?」
「うーん…この顏だもの。ある程度いい事も悪い事もあるって。それに…」
この子に何かあったらお兄ちゃんが守ってくれるわよね?
母は俺に託すように、言い含めるように、そう伝えて来た。
言われた直後、俺は感情が追い付かなかった。
多分俺は、今まで生きてきた中で、その日が最高に興奮していたのだろう。
今までは感情が、顔や行動に出やすいタイプと言われていたのだが、昨日までと全く違う自分が生まれた事を自分自身が感じた。
羽虹の兄としての自分…天城翼。
母と目を合わせたが口は開くが声は出ず。
その後、首を回して羽虹に向ける。
羽虹はずっと俺を見ていた。
俺が羽虹の開かれていた手に、ちょんと指を乗せると、加減が出来ていない力でむぎゅっと握られた。
『よろしくね、翼くん』
「うん、任された!」
妹の心の声アフレコが俺の脳内に響き渡る。
大人達は、俺の言葉は母の言葉へ応えだと思っただろう。
知らなければ皆が平和だ。
俺は心に響く妹の声は、自分の妄想なのだろうとは分かって居たが、全く関係がなかった。
妹を見た瞬間から俺は妹ラブになってしまったのだ。
何かに熱中する時は、常識は脇に置いてしまった方が幸せ事もあるのだ。
妹が可愛くて惚れたという言葉は、まだ甘いだろう。
今、この瞬間大地震が起こり、病室が破壊されるかも知れないとなれば、躊躇いなく妹だけを抱えて俺は逃げるだろう。
家族で散歩中に車が突っ込んできたら自分は死んでも妹だけは守る気概だ。
優先順位が妹>自分>母>>祖母>>>可愛い動物>越えられない山脈>父という感じになっていた。
どう考えても両親は先に死ぬ。羽虹を生きながら守るのは自分だけだ!それが兄妹だ‼︎
とりあえず年上の親族を切り捨てて、その後の妹との2人の世界を想像すると謎の高揚感があった。
妹と出会えた事で、俺は自分以上に大切で、尊び愛する存在を俺は見つけてしまったのだ。
「天城さん失礼します」
ノックの後、看護師が母のお昼ご飯を持って入って来たので、俺達は母の洗濯物や、地元の友人がくれたという出産祝いを回収して家に戻る話になる。
看護師はあまりにも整った俺達兄妹の姿を見て、映像に収めたいと嘆いて家族に苦笑された。
家族でも気を抜くと圧倒される美しい見た目らしいが、他人から見ると俺達兄妹の見た目はかなりの破壊力があるらしい。
勤務10年目と言われる看護師さんだったが、言動が狼狽えていた。
「パパ、僕午後も羽虹ちゃんに会いたい」
「気が合うな!パパもだ!」
父の無神経さを利用し、外で昼食を食べた後にまた産婦人科に舞い戻る算段を立てる俺。
預かった洗濯物などは祖母の車に一旦放置という事で。
祖母は男どもの無神経さに渋い顔をするが何もわず、ランチ中に母とスマホで連絡を取ってくれる。
母の実家に戻って来てから今までずっと苛立ち、渋い顔をしていた俺が笑顔で笑う様になったのを見て、呆れつつも最後は慈愛の眼差しで対応してくれた。父の主張だけでは無理だっただろう。
その後、舞い戻った産婦人科では、羽虹は母の病室にはおらず、同時期に生まれた新生児達と一緒の部屋で寝かせられていた。
俺はそれに気づき、羽虹を見ることができる、通路の一面ガラスの窓から、ずっと羽虹を眺めていた。
祖母から聞いた話では、母は病室に来なかった息子に寂しそうにしていたらしいが、お母さんの体の為に気を遣ったのよと祖母がフォローしてくれたらしい。
だが、そんなフォローも虚しく、母が退院する3日後まで、妹と母の優先度があからさまに違う日々は続いた。
そんな感じで、妹の生後間もなくから、俺のシスコンは家族公認になったのだった。
さて。
俺がこの能力に目覚めたのは当時小学5年生だった俺の夏休みが終わり、学校が2学期が始業して間もなくだ。
始業前に母も一緒に都内の自宅に帰った。
俺が祖母の代わりに母をサポートするという約束をして、だ。
夏休みの間、母の周りをウロウロしては、羽虹のおしめやミルクのサポートをしていたのでとても説得力があったらしい。
しかし俺はというと、学校に行っている間すら俺は羽虹と離れるのが嫌だった。
脳内では心の寂しさを埋めるかの様に離れているが羽虹と会話をしていたが、その伝えてくれる会話が妄想だとしても兄は不安が沸くのだ。
脳内羽虹が、母の食料品の買い出しのついでに、外に散歩に出たなど聞くと、交通事故やロリコンストーカーに羽虹が遭遇するのではないかと気が気ではない。
心もそぞろに体育の授業を受ける俺は、急に脳味噌を揺らす衝撃を受ける。
倒れる前は空を見たはずだが、一瞬で天地が入れ替わったかのように、地面が見える。その地面に倒れているのは、俺だ。
その日はドッジボールで、真横から飛んできたボールを頭で受け止めた俺は、その衝撃でか?体から魂が飛び出していた。
眼下では先生が走り寄り、生徒らが倒れてピクリとも動かない俺の周りに集まっていた。
俺はその状況を一瞥し悟った。これは幽体離脱だな、と。
その日、己の翼を得た俺の魂は、これ幸いとばかりに、羽虹の元へ向かったのは言うまでも無い。
久々に書いてみました!
自分の場合語彙力がないので漫画のプロット状態になってしまいますけど、物語のノリが楽しめたという方がいらっしゃったら、評価やブクマや応援をよろしくお願いします☆
あ、出産子育てしたことない勢なので、完全ファンタジーです。
※追記ですが、タイトルを追加しました。