世界でたった一人だけの魔女は、悪役令嬢と言われ、王太子の妹への心変わりにより婚約破棄された人でした。今は辺境の塔でスローライフを送っていました。昔自分を裏切った妹の子孫の王子がやってきて…。
私は魔女、魔法をろくに使えなくても、黒猫を僕にしていなくても、ただ不老なだけでも……。
世界でたった一人だけの魔女。
この何もかも見透かす目がある私は…世界から魔女に選ばれた生贄なのだった。
「あら、今日はよい天気ね」
一人だけでただ話している。いつものことだ。でも私はずっとこの生活を続けていた。
塔の上から下を見る。いつも通りだ……何も変わらない。
「ああ、世界は動いている……」
私は昔、悪役令嬢といわれた女だった。
傲慢で、不遜で、何もかもが己の思い通りになると思っていた女だった。
こんな女、魔女になって当然だった……。でも大切な人間に裏切られたのは辛かった。
「……もうあれから300年」
レヴリスの家のご令嬢と言われた遠い昔のことなど思い出せない。
たった一つだけあるのは深い妹への憎しみだ。
「……あら? また誰か来た」
深い森の奥の奥、世界でたった一人の魔女が住むという、そして世界で一番の願いをかなえてくれるという。
そんなおとぎ話を信じてたまにやってくるのが冒険者たちだった。
「……どうして欲張りな人が多いのか」
私は水晶玉に手をかざす、この塔の結界から私は外に出られず、ずっと過ごしてきた。
青年が塔の階段を上ってくる。
彼はどこか私が憎むあの女によく似ていた。
「……あら、強いわ」
世界で一番の願いをかなえるためにやってくる人たちがいて、でも彼らはいつも塔の中にいる魔物たちにやられる。
100年に1度くらいは塔の上に来られる人がいるが、私の話を聞くと絶望して去っていくのだ。
「……塔の上まで来そうね」
私はお茶の用意でもしましょうと立ち上がりました。
何も食べなくても生きられますが、食べ物やお茶などは私への慰めのためか魔法を使わなくても出てくるのでした。
「……魔女様、私の願いを」
「あらいらっしゃい、98年ぶりの勇者様ね」
私は椅子に座り笑う。そして机の上に置いてあるお茶をゆびさし、どうぞお茶でもとすすめた。
金の髪に緑の瞳の青年、緑の瞳は嫌いだ。あの女を思い出すから。
でもそれを顔に出さずどうぞと私は彼に椅子をすすめた。
「……私は、この国の王子、リオル・ユーディット。この国に流行る病を……」
「まず一つ、私は魔女、でも私にはあなたが思っているほどの力はない、対価をもらいその願いをかなえるの、命には命、病を癒せなどは、誰かが犠牲になって、その病を引き受けなければいけないなどの制約がある」
私は昔、妻の不治の病を癒したいという男にこれを告げた。
犠牲は血縁関係にあるものと指定すると男は子を犠牲にと告げた。
私は子を犠牲に男の妻の病を癒した。
そのあと、子を亡くした絶望で妻は死んだ。
私の力はこういうものだ。思い通りにはならない。
青年は椅子に座り、流行り病をなおすための薬などは? と聞いてきた。
「……薬の製法を知りたいのなら、対価は……あなた自身というのはどう? ここに残って私の話し相手をするのよ」
私は彼に笑いかける。からかってみただけだった。
しかし彼はそれくらいのことで、流行り病をなおす薬をくださるのならと諾と頷いた。
「では薬の製法を教えるわ。あなたはでもこの塔から降りてはだめよ。さあどうする?」
私が笑うと、彼は大丈夫ですと微笑む。
書付を渡すと、違う対価でこの製法を城に届けてほしいとお願いをしてきました。
「あなたのその目を頂戴、なら願いをかなえてあげる」
緑の目は大嫌いだった。私は八つ当たりだとは思っていたが、どうしてもあの女を思い出させるこの青年に好意は持てなかった。
気配があの女とよく似ている。血を受け継ぐものに間違いなかった。
「わかりました」
私は冗談よと小さく囁く、さすがに己自身を対価にした人に目もくれとは言えなかった……。
「あなたはお優しいですね」
「……」
私は書付を白い鳩に持たせて、窓から外に飛ばした。
でもこの男が傍にいても退屈はなくならないと思う。
「あなたは三百年前に消えたというレブリスのご令嬢ですよね?」
「そうよ魔女として処刑されるはずが、なぜか火刑の寸前で魔女として目覚めて、こんなところに閉じ込められている女よ」
魔女は世界に一人、これは絶対の法則。
魔女になる条件はひとつ、世界で一番の深い絶望と悲しみだった……。
「私は妹に裏切られ、婚約者に裏切られ、魔女として処刑されようとした女なの」
「……あなたは」
「私、妹のことはかわいいと思っていたわ、私自身が傲慢な悪役令嬢と言われていても、あの子だけは私の宝だった。小さな頃からいつも一緒で……。でもねえ、私は愚かだった」
母は妹を産んだ後死んだ、私は母に妹を託され、彼女のためだけに生きてきたのだ。
レブリスの家の傲慢な令嬢と言われた。強くあれ、妹のためにと虚勢を張ってきたそれはあかしだった。今から思えば愚かな姉だったと思う。
「あなたは妹を殺そうとした罪によって魔女とされたのでしたね」
「ええ、私は妹に毒をもって殺そうとした女と言われた。毒使いは魔女の証と言われてね……」
妹への妬みから殺害をたくらんだといわれ、私は婚約者の王太子にその罪より火刑にするといわれたのだ。妹は彼の隣で笑っていた。
「陥れ……られたと知ったときは遅かった」
誰も味方はいなかった。父すら、妹の味方になった。
私は妹を殺そうとなどしていなかったのに。
「私ねえ、世界で一番大切だと思っていた二人から裏切られて、その時悟った、愛だとか恋だとか優しさなどはただの愚かな感情だと」
私は青年に笑いかけた。あなたの犠牲によって国は救われるというと、そうですねと寂しそうに彼は笑った。
「ここで永劫を過ごすのよあなたは」
「ええ、そのために私はここにやってきたのです。我が先祖が犯した罪を償うために」
「知っていたの?」
「あなたを裏切ったという妹と婚約者とは私の先祖だ……」
私は愛しいものに裏切られ魔女となった。魔女は世界の犠牲、塔の結界の中で世界の何かを支え続ける。次の魔女が現れるまで。
「そうね、ならあなたが償うべきね」
「はい」
私は彼の名前を呼ぶことはしなかった。ただ王子とだけ呼んだ。
だって彼の名前は私を裏切ったあの男と同じ名前だったからだ。
時は緩慢に過ぎていく……。私は不老だ。ずっと年をとらず生きられる。
しかし……。
「今日も天気がいいですね」
「そうね」
「緑の木々が鮮やかだ」
あれからどれくらいたったのだろう。私より少し上といった感じに見えた青年は今は30に手が届こうといった年齢になっていた。
緑の色は嫌いというと、この目を差し上げましょうか? といたずらっぽく彼は笑う。
いいわよと答えるとそうですかと彼はまた笑うのだ。
緩やかに過ぎていく……穏やかで静かな時間だった。
「……また誰か来たわね」
「どれくらいの時間が……」
「あれから20年といったところね」
私は青年、いえもう壮年に差し掛かる年齢の彼に笑いかけた。
今日もまた塔の上に誰も来られず帰っていく。
「……20年たてば、私の弟も……」
「ああそういえば弟がいるといってたわね」
年が離れた弟が立派に王太子として跡を継ぐだろうと彼は言っていた。
私は27になるはずねと答える。
「どうなったか気になる?」
「いいえ……」
「そう」
私はどうなったかは知っていた、でも黙ることにする。
この穏やかな時を失くしたくなかったからだ。
一人ではないというのはどれほど……。
「…どれくらいの時間が」
「さあ?」
私は彼の手を握りしめた。私の肉体の時間は流れない。でも彼の時は流れ続けていた。
「……私は」
「多分もう死ぬわね」
「そうですか……」
どれほどの時が立ったとしても、あの女に対する憎しみは消えないと思っていた。
でも私は時々、もうあの憎々し気な女の得意げな笑みを忘れかけていた。
そして裏切りもののあの男の……強い憎悪の瞳さえも。
「……国はもう滅びたのですね」
「そうよ……」
「やはり……」
流行り病は駆逐できても、腐りきった貴族たちはどうにもならなかった。
王太子となった彼の弟は彼らを御しきれず、国は、いや王家は滅びた。知っていたとはと驚く。
「あなたは割と顔に感情が出ますからね、すぐわかりますよ」
「そう……」
「あなたを一人置いて行ってしまいます。それだけが悲しい」
「多分私は……」
「ルーリア、私の……」
私は彼のしわだらけの手を握りしめる。寝台にずっと臥せるようになった彼の髪はしろくなっていたがその緑の目は相変わらず美しかった。
「……さようなら、リオル」
「さようなら……愛している。愛しているルーリア」
「私もよ」
目をつむった彼のその瞳はもう開かれることはなかった。
私はさあ、多分次の魔女がやってくるかなと窓の外を見る。
すると長い黒髪に青い瞳の少女が歩いて来るのが見えた。
「さあ、新たなる魔女を迎えに行きましょう」
私は彼の手をもう一度握りしめた。そして私もすぐあとを追うわと笑いかけたのだった。
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