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第3章 苦戦と誤解

 雪たちが城へと戻ったのは昼を過ぎた頃。必要なものは無事に買え、綾さんから金の糸も無事にもらえて、雪は今、糸と戦っていた。


「あっ、間違えた。」


 解いてやり直す。


「これをこうして、青の糸をこっちに…」


 ぎこちない手つきで編み編み。


「ああ!絡まった!どうしよう、りはくぅ」


 泣きそうな顔で訴えかける雪に李珀は苦笑している。


「あー、これは」

「まさか、やり直し!?」

「いえ、私なら解けますが…お借りしても?」

「解くだけなら、良いよね」


 雪の呟きに李珀は頭に手を置いてぽんぽんする。


「大丈夫ですよ。編むのは雪様ですからね。」

「なら、お願い。」


 雪が李白に組紐を渡すと、李白はその絡まってしまった糸目を確認する。そして、どこからか針を取り出すとあっという間に結び目を解いていった。

 それは、雪にとって手品のようで、李珀が絡まった糸を解き終えたときには、思わず拍手をしてしまうほどだった。


「雪様は…」


 李珀は半分くらい編まれた組紐を雪に返す。それを受け取りつつ、雪は李珀の言葉を待った。


「存外、不器用ですね。」

「…」


 言われて組紐を見直せば、編み方が不揃いできついところもあれば、緩いところもあって太さが均一でない。それに、模様も編み方をどこかで間違えたのか、揃っていないところが数ヶ所見られた。


「存外じゃないわ。雪はいつでも不器用よ。何を今さら言ってるの。」


 ずばっと雪を矢で射るのは綾で、書類の山に埋もれており雪からは見えないが、物凄い速さで書類が移動していくのが音で分かった。


「むぅ…分かってるわよ。でも」

「手作りのものを贈りたいのでしょう。なら、手を動かしなさい。今日中に終わりませんよ?」

「もう、今日中は諦めて練習してから渡そうかな。」

「それ、何年かかるんですか。」


 呆れたようなため息と疲れたような声に、雪は本気で泣きそうになる。それを宥めるように、李珀が助け船を出してくれる。


「練習するのもありではないですか?幸い、糸は沢山買いましたし、金糸だけ残して他で編んでみては?」

「まぁ、そうなんだけどね。」


 自分で言っておいて煮え切らない雪に、綾が追い討ちをかける。


「それじゃあ、間に合わないのでしょ。」

「何かあるんですか?」


 綾の言葉に李珀は首をかしげた。


「翠の誕生日なの。」

「今日ですか?」


 李珀の言葉に雪はふるふると左右に頭を振る。


「はっきりした日にちではなくて、雪桜が満開の日を翠の誕生日にしてるの。もうすぐ咲きそうだから…」

「これ以上の休みはあげられませんよ。公務がありますから。」

「分かってる…」


 カタッと筆を置く音が聞こえて、部屋が一瞬静まる。


「翠ならどんなものでも喜ぶと思いますよ。それに、今回はそれを渡して、次までに上達してより良いものを渡せば良いではありませんか。」


 綾の顔は見えなかったが、雪はなんとなく綾が微笑んだようなそんな気がした。


「その方が楽しみが増えます。頑張りなさい。」

「うん!」


 やる気を取り戻した雪は糸に再び戦いを挑んだ。

 そして、糸と格闘すること数刻。


「できたー!!」


 パアッと顔を輝かせて、雪は組紐を広げる。結して美しい出来栄えとは言えなかったが、上達が見受けられる一本となっていた。


「お疲れ様でした。」

「うん!終わらないかと思ったぁ。」

「慣れればすぐ出来るようになりますよ。」

「時間あるときに練習するわ。」


 疲れたとため息をこぼす雪に、李珀の視線は扉に移る。


「雪様、翠が戻りました。」


 李珀の呼びかけと同時に扉が叩かれ、雪は慌てて組紐を懐に隠した。悪いことをしている訳でもないのに、そわそわして落ち着かず、心臓もばくばくと音を鳴らしている。


「雪様」

「な、なに?」

「許可を出さないと。翠が部屋前で戸惑っていますよ?」

「え?あっ、そうね。どうぞ。」


 李珀に言われて雪が部屋に入る許可を出せば、扉は静かに開かれ翠が足音もなく入ってくる。


「お帰り。」


 いつもの言葉なのに、それがぎこちなく感じてしまい落ち着かず、雪は翠に視線を合わせられなかった。

 沈黙が余計に緊張を加速させ、雪の心臓はその鼓動をさらに速めた。翠が歩み寄り、うつ向く雪の視界に入る。それだけで心臓が跳ね上がり、血の巡りが良くなって頬が熱くなってくる。


「どうした?」


 顔を覗き込まれそうになるが、こんな状態を見られたくなくて、手を突き出すようにして翠を拒んだ。


「なんでもない。気にしないで。」


 早口で言ったからか、つっけんどんになってしまったと、訂正の言葉を考えるが思い浮かばず、雪は視線を泳がせる。


「ならいい。」


 そう言われたが翠の言葉には温かみがなく、ずんと腹に落ちるような重さがあった。視線を合わせていないのに、突き刺さるような冷たさを感じて、雪の背中につぅと汗が伝い流れた。普段の翠なら、こんなに感情を露にした声は出さない。

 そう雪が思った時には、先程まで視界にあった翠の足が消えていた。


 へ?と、思って顔を上げれば、部屋から出ようとする翠の背中が見える。


「え、ちょっと待って!」


 慌てて雪が声をかけるのと、扉が音もなく閉まるのは同時だった。

 呆然と見送る雪は少しして震えていた手を握り締め、唇を一文字に引き結ぶ。


「もう!」


 不満声を口から漏らし、荒立たしげに部屋を出て翠のあとを追いかけた。

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