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終章

 あれから雪は肩の傷が悪化して、一月は寝込む羽目になった。

 それでも綾は仕事を持ってきては、書面に目を通すようにと、脅…頼みに来ては慌ただしくしている。

 そして、今日やっと工西から報告が入り、内乱を未然に防げたことや、傾いてしまった経済の修正について政策を練っていることを知ることが出来た。

 その報告を持ってきたのは、驚いたことに工西の王。秀磊だった。


「以上が工西のご報告となります。」

「一先ず落ち着いたと言うところか…」

「まだまだやらなければならないことはございますが、取りあえずは…と言うところですかね。」

「そんなに多忙なら報告は人に任せれば良かったではないか?」

「とんでもございません。雪華様が我が国に来てくださったのに、私が使者を派遣するなど出来よう筈がございませんよ。」

「そう言うところだけは真面目だな。」


 人払いを済ました部屋には雪と秀磊だけ。まぁ、実際は翠がどこかで様子を見ている筈だが、部屋に見えるのは椅子にかけて向かい合う二人だけだった。


「で、本当の目的はなんでしょうか?」

「そんなに警戒しないでよ。…それよりも、肩の具合はどうなんだい、雪。」


 口調が変わり気軽に名を呼ぶ秀磊は、ニコリと少しだけ意地悪そうな笑みを浮かべる。


「やっぱり気づいていたのね。」


 うーん。と、少し悩んでからこちらを見て苦笑する秀磊。


「気づいていたというか報告があったからね。」

「報告?」

「雪が小刀で刺されたって。実を言うとね、晴翔が私の命を狙っていることには、薄々と気がついていたんだよ。確証がなくて動けなかったのだけど。」


 雪が驚けば秀磊はばつの悪そうな顔をする。


「すまなかったね。雪には嫌な役回りを押し付けてしまった。」

「それは大丈夫。それより報告って言うのはどういう意味?」

「ああ。晴翔が私の隠密を唆したみたいでね。怪しい動きがあると他の者から報告を受けて、信頼の置ける隠密に潜入してもらっていたんだ。名前は扑兔と言って、少々喧嘩っ早いのだけど有能な隠密だよ。」


 おそらくそれが、京帖と捕まったときにいた男の一人だったということだろう。


「だから、彼から雪が切られたと聞いて焦ったよ。すまなかったね。」

「あれは私が不用意だっただけだから。」

「君の部下たちにも悪いことをしたね。大変だったでしょ?」

「まぁ…でも、いつもの事だから気にしないで。」

「そう言ってくれると助かるよ。」


 秀磊は微笑んだ。それはホッとしたような心が落ち着いた表情だった。


「ところで、京帖は元気?」

「あれ?こちらに来てないかい?」

「え?ええ。」

「身の回りの事を片付けたら羅芯に行くと聞いていたのに。」

「あら、そうなの?じゃあ、時間がかかっているのかもね。」


 秀磊は頷いて雪を見る。細められた目に柔らかい微笑みを浮かべている。少しは心が落ち着けたのだろうと雪は思う。

 工西はこれからが大変だろう。一度傾いた経済や失った信用を取り戻すには時間がかかるのだ。今回の内乱は国が唆したことだと噂されている。

 本当は誤魔化せるのが一番だったのだが、あそこまで仲違いをした農薪と陣織を勘違いで止めることは出来なかった。だから、国が経済動向を過って溶山に農薪や陣織の仕事を回したのだと言うことにしたのだ。

 農薪や陣織の怒りを納めるべく、劉家が稼いだ金は全てそちらに渡し、劉家も解体された。その代わり、劉家で働いていた職人が農薪や陣織に行って、その技術を教えているらしい。

 まだしばらくはかかるだろうが、良い関係は築けると思っている。後は、秀磊の頑張り次第だが、そこは一番の信頼が置けると雪は胸を張って答えられる。だから雪もホッと息をつけた気がする。

 そう思って綾が淹れてくれたお茶を啜れば、金木犀の香りが微かに薫った。少し甘いお茶は工西の米を焼いた少し塩辛い菓子とよく合っている。

 あとで翠にも分けてあげなくちゃなどと考えながら、窓から見える真っ赤に染まった景色に目を移す。色々な赤色が美しい色彩を描いて、一枚の絵のように見えた。


「雪は綺麗になったね。」

「…それは、雪華のこと?」


 驚いて視線を戻せば、秀磊はゆっくりと首を左右に振っている。


「大人になったなって…それに冷徹さもね。」

「それは…嬉しくない」

「フフ…でも安心したんだよ。初め雪が羅芯の王になるって聞いた時には驚いたし、自信なさげな少女に勤まるのかと心配していた。」


 秀磊は遠い目をして窓の外を見つめ、昔を思い出しているようだった。

 だけど、それはすぐに終わり深緑色の瞳が雪を捉える。


「だけど、大丈夫だって思った。私の方が駄目なくらいだ。」

「そんなことは…」


 秀磊は首を左右に振る。


「思い知ったよ。このままじゃ駄目だって。」

「…秀磊」

「ああ、心配しないで。私は大丈夫。それに落ち込んでいる暇はないから…。頑張るよ。工西の王として。」


 そう言った秀磊の表情には迷いがなかった。

 これから工西はやることが山積みだ。官吏の見直しから街の立て直しと。

 そんな前途多難な状況だというのに、秀磊はスッキリした顔をしている。きっとそれは彼の中で何かを乗り越えたから見せる事の出来るものだと思う。

 そんな彼を見ていたら雪も頑張らなければと勇気が湧いてくる。

 これからどんな道が待っているかは分からない。だけどどんな道であっても乗り越えていけそうだと思う自信。

 それはもちろん翠たちの存在も大きいと思うが、きっと雪自身も成長しているのだと実感が持てた。

 窓の外ではガタガタと窓が鳴っている。これから寒季がはじまるのだと、冷たい風が窓を叩きつけているのだ。

 だけど、それとは対照的に紅葉した木々は燃えているかのようにその葉を風に揺らしていた。それはまるで今の雪や秀磊の心を写しているかのように思えたのだった。


お読みくださり、ありがとうございます。

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よろしくお願いします。


続きは鋭意作成中です。

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