第6章 6.相違と過ち
「いつから、お気づきだったのですか…?」
兵士に捕らえられた晴翔が、うつ向き力ない瞳をこちらに向けて問いかけてくる。
「先ほど言っただろう。秀磊と剣を交えた時だと。」
雪華は剣を鞘に戻しつつ、彼を見て答えた。
「それなら、なぜ羅芯の兵士がいるのですか?どう考えても、準備していなければこんなこと出来ませんよ。」
「私が工西に行くと決めた時から、どんな形であれ命を狙われるつもりでいたからな。」
「下手をしたら法に触れるかもしれなかったのにですか?」
晴翔の言う法というのは、羅芯が他国の王権に干渉してはならないことだろう。
それでも、雪華は兵士を出した。一歩間違えれば、自分の王権を脅かすことになっていたかもしれない。
だけど雪はこうなることを確信していた。秀磊が裏切ることはないと信じていた。だから秀磊を助けるために、羅芯の兵士を動かした。だから自信を持って雪華は答えるのだ。
「いや、それはない。私の中では、秀磊が裏切るとは考えていなかったからな。」
雪華の言葉を聞いて一瞬驚いて、寂しそうな笑顔を見せた。
「羨ましい。私もそう言う人間とめぐり逢いたかった…」
「身近にいるだろう。」
何を言ってるんだと、晴翔を見ればキョトンと不思議そうな顔で雪華を見つめている。
「秀磊がいるではないか。」
「王と私が?そんなことあってはなりませんよ。身分が違いすぎます。」
そこで雪は初めて気がついた。彼に感じていた違和感がなんなのかを。
それは、王との関係性だ。雪華と綾の関係性と彼らの関係性は全く違っている。
綾は雪華に容赦なく意見してくるような人であり、だが雪華の決めたことには逆らわない。主従の関係を保ちつつ、意見だけはするのだ。
だけど、晴翔は違うのだろう。恐らくだが秀磊に意見などしたことがなく、彼の言葉全てが正しいと思っているのだ。それでは親任官としての務めは果たせない。だから彼は自分を追い詰め、最終的には秀磊を殺すことで自分の中の安定を図ろうとしたのだろう。
「晴翔。お前にとっての王は絶対の潔白なのだな。何も間違えず、正しい道で民を導く存在。そう思っているのではないか?」
「…」
「だが、王は神ではない。潔白でもなければ間違えないなどということはないのだ。判断を誤り、民を巻き込むほどの被害に合わせることだってある。現に空南がそうであろう。」
「あれは勅任官が…」
「確かにあれは勅任官が仕組んだことだが、それを止められなかった空南の王に責任はあるのだ。
つまり、それを諌める者が王にも必要だと言うことだ。お前はそれが出来なかった。
だからお前は完璧な王を求めたのだろう。」
何かに気がついたようにハッとなり、その瞳から涙をこぼした。
理解してくれたのだと心の中でホッと息を付く。こうなってしまっては、官吏として勤めることは難しいだろう。
だけど、彼はまだ若いのだ。新しい人生を歩んでいける。
「雪華様、ありがとうございます。心の荷が下りたような気が致します。…もっと早く貴女に出会いたかったです。そうすれば考え方を変えられて、秀磊様のお力になれたのに」
「そんなことありませんよ、晴翔。貴方は優秀な親任官でした。私が気付いてあげられれば良かったのです。」
主の声に振り返る晴翔はボロボロと涙が止まらなかった。
「もったいないお言葉です。私は幸せものでした。」
言葉の意味に一瞬違和感を覚え、雪華は何故か自分を刺した隠密が自害した時のことを思い出した。
「どうか、この国を導いてくださいませ。」
「いけない!!」
雪華の叫び声に弾かれたように、翠と李珀が動くが間に合う筈もなく。晴翔は口から血を吐いて崩れ落ちる。
「なぜ…」
掠れた声は晴翔に駆け寄った秀磊の発したものだった。悲痛に顔を歪めて、自害を図った晴翔の頬に手を添える。
その手を震える晴翔の手が力なく被さる。
「私は…大罪人です…」
「過ちなど償えば良い!」
「い…いえ…それでは…いけません。…けじめを…ごほッ…つけなければ…貴方はお優しい。…だから…私を許してしまう。」
「当たり前だ!」
「それでは…まわりに…示しが…つきません。」
「だからといって…」
晴翔は今までで一番優しい、穏やかな微笑みを見せる。それは、もう意識が遠退きそうな中で、彼が最期に見せた笑顔。
瞳の輝きが生気が失われていく中で、生きている人間らしい表情だった。
「私はこんなにも思われて…幸せです…。秀磊…様…ありが…とう…」
震えが止まり、重くなった身体を支えきれずにぐんと沈む。もう、瞳に光はない。
ただの骸となった晴翔を秀磊が抱き締める。声こそあげなかったが、秀磊の瞳からは大量の涙が流れ落ちていった。
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