第6章 4.黒幕と危機
息があがる。こんなに剣を振ったのはいつぶりだろうか?と、雪は考える。そして思い至るのは、隆盛がいなくなる前。最後に隆盛と一緒に工西を訪れた時だった。
もう何も教えることはないと、秀磊に言われたのだと思い出す。
それからも、雪は剣技を磨くためにたまに剣を振っていた。ただ人に見られたくなくて、翠にすら気付かれないようにしていたくらいだ。だから人と剣を交えるのは本当に久しぶりだった。
まさかこんな形で披露することになるとは思いもしなかったと、師匠に剣先を向けて苦笑する。
「参りました。降参です。」
手を上げて剣を落とせば、秀磊はなんとも言えない顔する。剣の師匠としては雪の成長は嬉しいような、負けた自分が情けないような複雑な感情なのだろう。
敵意がないと見た雪は自分の剣を引いて鞘に戻そうとして、飛んで来た矢を目の端に捉えた。
雪がそれに気がつけたのは、殺気を感じたからだ。
雪は鞘に戻すつもりだった剣の軌道を無理矢理変えて振り下ろした。
バキッ!
乾いた音を立てて箆が割れる。矢は秀磊に当たることなく、床に叩き落とされた。
「翠!」
雪の声に反応した翠は、牽制していた隠密に一撃を入れて打ち倒す。身軽な動きで露台の上に飛び上がると、弓矢を放った刺客をねじ伏せた。
雪が名を呼ぶだけで、彼はそれを理解してくれる。信頼の賜物だ。
「これはどう言うことだ?晴翔。」
「えっ?」
まさかここで、自分の名前が振られるとは思ってもいなかったのだろう。晴翔は瞳をキョロキョロと動かして動揺している。
「なぜ、矢は秀磊を狙っていたのかと、聞いている。」
「な、なんのことでございますか?私めに申されましても…」
「では、聞き方を変えよう…なぜお前は自分の主の命を奪おうとしたのか?」
「…」
「答えられぬか?」
沈黙が落ちる。全員が晴翔の言葉を待っているようだった。
だが、その晴翔はうつ向いてしまい表情が見えない。その肩は震えている。急に暴かれて動揺しているのかとも思ったが、クスクスと聞こえるのが笑い声だと分かり、雪は警戒を強めた。
「クク…アーハッハッハ!…この状況でよく分かりましたね。」
「…理由はいくつかある。」
「気になります。お教え願えますか?」
「まずは、京帖の反応だな。彼は一度、お前と会っている。初めは秀磊が首謀者だと思ったが、彼は秀磊には反応しなかった。…あとは秀磊の剣が物語っている。」
「それはどういう意味でしょうか?」
「…手を抜いていたな。」
雪は晴翔から目を離し、秀磊を見れば困ったように頭の後ろをかいて笑う。
「二つの予想をしていた。一つは秀磊が謀反を起こすこと。それは、私の命を狙うということだ。…そして、もう一つが工西内での謀反だ。その場合、狙われるのは秀磊の命だ。」
「なぜそう思われたのです?」
「劉家が作った武器の一部が、ここに流れていたことだよ。」
「そこまでご存じでしたか。」
「部下が優秀なのでね。…先ほど剣を交えて、秀磊に私を殺すつもりがないと感じた。」
「だから、もう一つの予想だと?」
「ああ。」
「流石、海羅島の王です。」
「だが、私が来たことで計画が狂ったのだろう?」
問えば晴翔は楽しそうに笑う。
「ええ、確かに…ですが、これ程の好機もないと思いましたよ。」
「ほう?」
「だって、貴女も殺してしまえば良いのですから。私共で秀磊様を殺して、それを雪華様が秀磊様を殺したと噂を流す。それを信じた国民が攻め入って雪華様を殺したことにすれば、私を疑う者もおりますまい。
何せ隆盛に次いで剣の腕がたつと言われる秀磊様と、冷酷無慈悲と恐れられる雪華様を、私のような一官吏が屠れる訳がないと思うでしょうからね。」
「なるほど、確かに利に敵ってる…か。」
「な、なに納得してんだよ!」
ふむ…と、顎に手を当て考えると、京帖が突っ込むので笑ってしまう。
「だが、それは私たちに勝てればの話だろう?」
雪華の言葉に笑う晴翔は、パン!と手を鳴らした。
「私の計画は完璧だ。」
手の音を合図に部屋へと兵士たちが入ってくる。手には劉家の家紋がついた武器や防具を手にしている。
数はざっと数えて五十はいる。
「この人数に太刀打ちできますか?」
晴翔は無邪気な子供のように、楽しそうに笑うのだった。
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