表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
72/85

第6章 1.工西と王城

 工西の城。溶山にある王の住まう場所だ。そこはさすが鍛冶場の国だと言うべきだろう造りになっていた。

 石造りの建物なのだが洗練された素材を使っているためか、金や銀で飾った建物よりも美しく整えられている。また手入れも行き届いており、蜘蛛の巣ひとつないのも絢爛さを引き立てているのだろう。

 その敷地は広大で庭も季節の花で飾られていた。


「ようこそお越しくださいました。雪華様」


 そんな美しい光景を眺めて待っていれば、恭しく礼を取り迎える官吏らしき人間が数人。その中に秀磊の姿はない。

 急な訪問だったので、バタバタとしているのかもしれない。と、雪華は思う。


「私は溶山で勅任官を勤めさせて頂いております、摚坍(どうたん)と申します。わざわざお越しいただいた所大変申し訳ないのですが、生憎と我が王と親任官の晴翔(せいしょう)は会議中でして…少しお時間がかかるかと思います。大変申し訳ないのですが、その間は私がご案内させていただきます。」

「構わない。急な訪問ですまなかったな。」

「とんでもございません。どうぞごゆるりとご滞在ください。」

「ああ。」

「昼のお食事はお済みでしょうか?」

「いや。」

「では、準備させますので、まずはお部屋にご案内いたします。それから、お食事に致しましょう。」


 そう言って男は雪たちを部屋へと案内してくれる。

 城の中も整えられた綺麗な造りをしていて、羅芯とはまた違った形をしていた。ずっしりとした重みやひんやりとした印象を与える石造の家は、冷たい印象を与えることが多いのだが、ここのは違っていた。柔らかで温かい印象を持たせるようになっていて、心を落ち着かせてくれる。

 恐らくは丸みを帯びた物が多く、目に優しいのだと雪は長い廊下を歩きながら感じていた。


「主上はこちらの部屋に。他の者たちの部屋は別の者に案内させます。」

「すまないな。」

「では、私も少し席を外します。食事の準備が出来ましたらお呼びします。」


 丁寧な礼をしてから部屋を出ていく男は、最後までとても落ち着いていた。雪華を前にしてなかなかに凄いと思う。


「お、お連れの方のお部屋にご案内させていただきたいのですが」


 交代で入ってきた若い女はそう言って、三人の方を伺うように見る。


「では、私と京鐸けいたくで行きます。翠は王のおそばに」


 頷く翠を見て、李珀と京帖が部屋を出ていく。名前を知られている京帖は京鐸とここでは名乗ることに決めていた。顔も綾に化粧してもらい、同一人物だと気付かれにくくしている。

 雪と翠だけになると、翠は部屋中を確認して回る。なにか仕掛けなどがないかと、念入りに調べる翠は手際よく次々に調べていく。

 部屋は調度品が揃えられており、その全てが木で出来ていた。その造りがとても美しく、木の模様や曲線美が優しく温かい気持ちになる。石造りの建物との調和も良く見事だと雪は思った。

 本当は色々良く見てみたかったが、翠が調べる前に触るのは止めるように言われている。毒などが仕掛けられていることがあるからだ。だからしばらく椅子で大人しく待っていれば、調べ終わったのか翠がこちらに戻って来る。


「どう?」

「…問題ない。」

「間者は?」

「いない。」


 なら、もう良いわね。と、肩に響かない程度に延びをする。


「行儀が悪い」

「綾さんみたいなこと言わないでよ。」

「…」


 何か言いたげな様子だったが、翠は言葉にしなかった。それは直後に扉を叩かれたからだった。雪も伸びを止めて居ずまいを正す。


「入れ。」

「お食事の準備が整いました。」

「分かった向かおう。」


 先ほど部屋まで案内してくれた摚坍が恭しく頭を下げて、雪たちを別の部屋へと案内した。


「李珀様と京鐸様は後から参ります。」


 摚坍はそう言って扉を開けると、部屋の中に入るよう雪華と翠をを促す。


「ようこそおいでくださいました。」


 向かえてくれたのは覚えのない顔。官吏の服を着ているので、彼が先ほど言っていた晴翔かもしれないと思った。

 などと雪が考えていると、目の前の男は恭しく礼をしてから名乗った。


「晴翔と申します。工西で親任官を勤めております。」

「そうか。」

「もう間もなく秀磊様も参ります。」

「分かった。」


 使用人たちが椅子を引いて待っているので、雪華と翠は先に座らせてもらう。話をするかと思いきや、晴翔は秀磊を呼びに行ったのか席を外した。

 少しして李珀と京帖が来て、それぞれ席に腰を掛ける。

 本来ならお付きの者が一緒に会食をするなんてことはないのだが、秀磊の取り計らいなのだろう、席は四つ用意されていた。


「大変お待たせして申し訳ございませんでした。…お久しゅうございます。義姉上。」


 部屋に入ってきた人物を見て雪は驚いた。

 久しぶりにあったと言うのに、老けた様子もなく昔と変わらないのだ。深緑色の肩で切り揃えられた髪に、同じ緑の瞳。優しそうな顔つきで他の王とは系統がかなり違う。それはお伽噺で出てくる、王子様のような感じに近いかもしれない。


「ああ、そうだな。」

「申し訳ございません。なかなか羅芯に足を運ぶことも出来ず。」

「いや、構わない。お前は工西の王なのだ。この国のことを一番に考えてくれれば良い。」

「ありがたきお言葉。この秀磊肝に銘じます。」

「取りあえず座れ。食事でも取りながら話をしよう。」

「御意。」


 礼をしてから秀磊が座り、その後ろに晴翔が控える。

 ちらりと京帖を見れば手が震えていた。それが王がいるせいなのか、それともやはり秀磊が依頼主だったのか、雪には分からなかった。ここからでは服の裾を引くのも無理だし、後で聞くしかなさそうだと諦めるしかなかった。


「すまないな、秀磊。使用人の分まで食事を準備してもらって」

「いえ、私どもにとっては彼らも客人です。もてなすのは当然ですよ。」


 ニコリと微笑む秀磊は身分で人を差別しない。昔から変わっていないなと雪は心の中だけで笑った。


「急がしそうだな。」

「ええ、雪華様をお出迎えできずに申し訳ございませんでした。会議が長引いてしまい…ご不便などございませんでしたか?」

「ない、大丈夫だ。…それより、秀磊。」

「なんでございましょう?」

「農薪と陣織のこと耳に入れているか?」

「え、えっと…そうですね。」

「では…」

「雪華様、せっかくの料理が冷めてしまいます。その話は食事の後にでも」


 再びニコリと微笑む秀磊が何を思ってそう言ったのか、そのときの雪には分からなかった。

 それ以上は答えてくれそうにもなかったので、運ばれてきた料理を口にしていく。食事は大皿で出てきたものを毒味役がまず口にして、それを目の前で取り分けて運んでくれた。

 まぁ、それでも遅延性の毒もあるので、翠が口にしたのを見てから、雪は食べるようにする。

 食事の間は内乱の話には触れず、久しぶりの再会を喜んで昔話や羅芯での話に華を咲かせた。


「そう言えば、晴翔は羅芯の生まれじゃなかったかい?」

「ええ、幼い頃だけですが羅芯におりました。その後はずっと溶山にいますけれど。」

「たまには羅芯に出掛けてみては?」

「そうですね。雪華様の話を聞いて懐かしくなりましたので、機会があれば」


 微笑む晴翔は幼さが垣間見える。李珀と同じくらいだろうか。だが、李珀とは違い真面目という言葉が似合う雰囲気のした男だった。

 そんなことを思い雪がふと、京帖の方を見れば食事は進まず落ち着かない様子だ。可哀想に思うが、席を外させる訳にもいかないので目を瞑った。


「お食事の後なのですが、少々余興をご用意しました。雪華様にも喜んでいただけるかと思います。」

「分かった。」

「では、早々に準備をさせます。」


 秀磊は頷くと、晴翔に何か耳打ちをした。それを承った晴翔は部屋を辞する。


「準備に少しだけお時間がかかりますので、お待ちください。」

「ああ。」

「そちらのお連れ様は大丈夫ですか?」


 秀磊は京帖に向けて心配そうな視線を送る。すると、京帖は明ら様にビクンと身をすくめてしまう。返事も出来そうにない様子に、李珀が口を開いた。


「申し訳ございません。この者はこういう場に慣れておらず、緊張しているのです。お見苦しいかもしれませんが、部屋に返すのも彼のためになりませんので、置いていただけると…」

「あまり緊張するな。と、言っても難しいかな。私は一向に構わないから、無理しない程度に。」

「もったいないお言葉です。」


 座ったまま礼をする李珀に習うように、京帖も礼をする。そのぎこちない様子に、秀磊はクスリと笑っていた。


広告下の☆☆☆☆☆をタップして

評価いただけたら嬉しいです。

合わせてブックマークもお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ