第5章 4.作戦とお茶
その日の夜。
雪の部屋に知る顔が揃った。
綾がお茶を入れてくれ、李珀が運んでくれる。雪の前に湯呑みを置いて、隣にいた翠の前にもお茶を出す。
俺には?と、京帖が思っていれば綾が客人用の湯呑みを持ってきた。皆とお茶の色が違うことに京帖は戸惑うが、ほわっと香ってきた匂いに懐かしさを感じた。おそらく工西のお茶を別で入れてくれたのだろう。
出された湯呑みを手にして口に運べば、懐かしい味に涙が出そうになる。固まっていた表情が緩むのだ。
「雪様、今回の作戦を教えて頂けますか?」
李珀が言って雪は頷いた。
「今夜出発すれば、工西の城に明後日の昼前には着くよね。まずは、秀磊に会って京帖が依頼主かを確認をする。」
「おう。」
「声だけで分かるのよね?」
「陣織一とうたわれる情報屋だ。それくらいは朝飯前よ。ただ、合図はどうする?その場で分かった方が良いだろ?」
「そうね…私の服の裾でも引っ張ったら良いんじゃない?それで、耳打ちしてちょうだい。」
「良いのか?無礼とか…」
「大丈夫よ。」
雪が言うのだからそれで良いのだろう。京帖は素直に頷いた。
「それで、王が黒なら狙いはおそらく羅芯の王でしょうね。」
「それは、どう言うことだ?」
雪の言葉に意味が分からず京帖は首をかしげる。
「工西は内乱を起こしたいだけだろ?」
思ったことを口にすれば雪は李珀を見た。
「高秦からの報告は?」
「はい、雪様のおっしゃる通りで、劉家が農作に使う器具を納めに来るそうですよ。」
「!」
「その顔、知ってたって顔ね。」
「まぁな。本来なら農薪の仕事なんだけどな。」
「それが崩れているの。しかもその情報をねじ曲げているみたいね。農薪は陣織に仕事を取られていると思っているわ。またその反対も。でも実際は劉家が彼らの奪った。…なんでだと思う?」
ここで雪が聞いてくる。それに京帖は得た情報を整理して考えてみる。そして、ひとつの答えに行き当たった。
「金儲けか?」
「それはどうして?」
なんだかこのやり取りは、まるで先生と教え子のようだと京帖は思う。
「国益を得るためか?」
彼は真面目な生徒のように考えた答えを返す。
「どうしてそう思うの?」
「農薪と陣織はお互いに客を取り合ってると思っているようだが、本当に客を奪っているのは溶山だ。そして、その鍛冶場は劉家が取り仕切っている。
劉家は国お抱えの組合だから、裏で金の流れがあると考えて間違いないだろう。」
「流石、情報屋ね。」
ニコリと微笑んで言われれば、嬉しくなって胸を張った。
「相場の半値よ。」
「なんの…って、まさか売値か!?」
「ええ。」
「どういうことだ?」
「李珀。」
雪に名前を呼ばれれば、李珀は恭しくお辞儀をして説明を始める。
「はい、どうやら劉家は大量生産の技術を編み出したようですね。」
「大量生産?」
「ええ、質を落として価格を下げたのです。人件費も減っているのでしょう。それで、十分に利益を得ているようです。今の空南なら喉から手が出る程、欲しいでしょうから。」
「どういう意味だ?」
「京帖は他国の情報は収集しないのですか?」
李珀に聞き返されて、京帖は返答に困った。最近は全くという程、他国の情報を収集していなかった。そんなことしなくても情報屋としての仕事は入ってきたし、持っている情報で商売になっていた。
今考えれば奢りだったのだろうと京帖は思った。だからこそ、今の依頼を受けてしまい、こんな目にあっているのだ。他国の情報を持っていれば…空南や東刃の情報があれば、工西か戦をしようとしていることに気付いていただろう。そしたら、こんな依頼は受けなかった。危ない橋だと気付けていただろうからと、京帖は思う。
「そんなことはないが…」
「最近は収集していなかったのですね。」
「……ああ。」
「まぁ、ここで貴方の情報屋としての仕事の評価をしても仕方がありませんね。」
李珀に言われて京帖は何だか恥ずかしくなって、綾が淹れてくれたお茶を見つめた。微かに映って見えた自分の顔が情けなく見える。
だが、そんなこと気にした様子もなく李珀は話を続けた。
「では、なぜ工西は金を集めているのかについてですが…京帖が仰っていましたよね。工西にも武器が流れていると」
「あ、ああ。内乱を起こすためだろう?」
「じゃあ、なんで内乱にしたいと思う?」
お茶とお菓子を食べながら黙って話を聞いていた雪が、問題を出すように聞いてくる。京帖は雪に聞かれて初めてその事のおかしな点に気付いたのだ。
国益を得るため他国に戦争を仕掛けるというなら、ない訳ではない。だが、この工西は内乱を起こそうとしている。内乱は国を疲弊させ、国力低下を招くだろう。だから、普通なら国は内乱が起こらないように政策を考えるのだ。
だけど今の工西は自ら内乱を起こそうとしている。
京帖はやっとそのことに気がついたのだ。
「…分からねぇ…」
素直に答えれば雪は、一つ一つ疑問という結び目をほどくように説明をしてくれる。
「国が内乱になれば、止めに入るのは国自身よね?」
「ああ。国が乱れればそれはその国の王の問題だからな。」
「でも、仕組んだのは国自身よ。止めに行くかしら?」
「それは王が内乱を起こした場合だろ。王じゃない人物が内乱を起こしていたら、王は止めに行くんじゃないか?」
「そうでしょうね。」
京帖は段々、雪が言いたいことが分からなくなって来る。頭がこんがらがって頭痛すら感じてきた。
「雪、回りくどい。」
そこへ声を上げたのは今まで黙っていた翠だった。ずっとお菓子を食べる手を止めずに話に耳を傾けていたが、雪の説明の仕方に疲れてきたのだろう。ため息混じりに言葉を続ける。
「普通なら、内乱は王が命を下して兵を派遣して鎮圧する。もし、内乱を企んでいるのが王でない場合、おそらくそいつの目的は…王を殺すことだろう。」
驚きに京帖が目を見開いても翠は感情のない瞳のまま、彼を見据える。
「王の周りから兵力を減らすのが内乱の目的だ。だが…」
「内乱を企んでいるのが王だった場合はどうなる?」
翠の言葉をひったくって話し始めたのは雪で、京帖は何だか雪が少し楽しそうに見えた。
「どうって…」
「自分で起こした内乱を止めに行くかしら?」
「行かないんじゃないか。行く意味がない。」
「そう。だから放っておくと思う。そうしたら動かなければいけないのは誰?」
ニヤリと笑って京帖を見るのは雪なのに、まるで雪じゃないみたいな顔をしている。それはまるでいくつもの修羅場を乗り越えてきた、戦をする人間の顔だ。
「羅芯の王…」
「正解。」
答えた京帖に向けた笑顔はいつもの雪の顔で、少女らしい無垢な笑顔だった。京帖はそれを見て何だかホッとした。
「誰も止めなければ、羅芯の王は王弟を訪れて内乱を止めさせる。そこを狙って羅芯の王を殺すつもりなのよ。」
「なら、別に内乱じゃなくても良いだろ?もっと他の方法で呼び出せば良いじゃないか?内乱なんて良いことないじゃないか。」
「そんなことないわ。現に武器をこっそり集めているじゃない?」
「あっ…」
京帖はやっと意味が分かった。はっきりと、顔に出せば雪がニヤリと楽しそうに笑う。
「分かった?」
「ああ、武器を集めて羅芯への対抗策を練っているってことか!」
「そういうことよ。王を殺したって国を手に入れられる訳じゃない。その後、羅芯に攻め入って王座を奪うつもりなのだと思うわ。
だから、私は工西に翠と李珀、京帖だけを連れて行こうと思う。」
「そんなんで大丈夫なのか?」
「ええ、相手はまたとない機会だと思うでしょうね。だから、必ず動くはず。そこが狙いよ。」
「もう、そんだけ分かってるなら、こんなことしないで王様を捕まえられないのか?」
「無理ね。」
即答する雪に京帖は分からず頭を捻った。その説明するために口を開いたのは、ずっと静かにしていた綾だった。
「羅芯の王は他国の王に干渉できないのですよ。ただし、命を狙われれば別です。ですから、わざと命を狙われに行こうとしているのですよ。」
「それで良いのかよ!?」
「だって、他に良い方法がないから。」
雪が答えれば京帖は呆れたという顔をした。
「方法がないったって…お前怪我してんだぞ!?」
「大丈夫よ、翠と李珀がいるわ。」
「確かに二人は強いかもしれないけど…お前は…」
「ありがとう、京帖。心配してくれるのね。」
「当たり前だろ。命の恩人なんだからな。」
雪は何か見ていて危なっかしいのだと、京帖は思う。だから心配になるのだ。
「それに内乱は起こらないかもしれない。」
「それはどうしてですか?」
京帖の言葉に返すのは李珀で、興味津々に聞く。それはとてもわくわくしているように京帖には見えた。そんな様子とは対照的に京帖はどうしたものかと悩むが、情報屋としての感で雪たちは大丈夫だと思うのだ。だからもう全てを伝えても大丈夫だろうと思い、京帖は全てを話すことにした。
「陣織の親方に話したんだ。これは国の企みだろうって。
だから、農薪は攻めて来ないと。話した。」
「…それだけじゃ、厳しいわね。」
「なんでだよっ!」
「武器は実際に動いてるのよ。それは、民の不安を煽るのに十分だと思わない?京帖の言い方だと、陣織にしか伝えてないのよね。そうしたら、農薪は?」
「そ、それは…」
「武器を取るでしょうね。やられる前にやる。私ならそう考えるわ。」
雪の言葉に京帖はすぐに答えられなかった。
皆が京帖を責められているような気分になる。自分が悪いのだと。
「俺が悪いって言うのかよ…」
そう思ったら思わず声にしていた。ハッとなった京帖の言葉を否定したのは雪だった。
「違うわ。悪いのは首謀者と加担した者たちよ。京帖は道を誤っただけ、今からでも正せば良い。」
雪の言葉だけで京帖の心は救い上げられる。ただただ、落ちていくだけの水の中で、息ができなくなっていた京帖に息を吹き込んでくれた。
一筋の涙が京帖の頬を伝う。
それを雪は優しい微笑みで受け入れてくれる。京帖は心が張り裂けてしまいそうになった。
「ああ…必ず止めるよ。」
だから彼はそう誓ったのだ。
「ですが、もし秀磊様が首謀者でない場合はどうされるのですか?」
「それは…」
李珀の疑問に皆の視線が雪に集まる。
「それは…うーん」
困ったように悩む彼女はしばらく黙っていたが、突然バッと顔を上げると明るい声で答える。
「分からないわ!」
そんな雪に彼女以外の全員がため息をついたのだった。
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