第4章 3.暗闇と暗殺
更新:2021.10.22
薄暗い部屋。灯りはなくて、暗闇に慣れた目でもほとんど見えない。京帖は目を覚まして、ボーッとする頭で考える。椅子に座っているのだが、腕や足を縛られており身動きが取れないことに、状況を思い出して慌てる。
見張りが京帖を殺そうとしていたこと、そして雪に助けられたのに結局は捕まってしまったこと。それらを思い出して慌てて雪の姿を探したが、目が暗闇に慣れず見つけられない。
雪を探すのは諦めて、自分の置かれた状況を把握することに切り替える。幸いにも怪我はないようで、どこも痛い場所はなかった。口も塞がれていなかったが、何も見えない状態で叫ぶのは無策だと考えて声は出さない。
「目が覚めたみたいだ。」
声がしてそちらの方を見えれば、暗闇の中に黒い影があるようにも見える。ただ、確信は持てず声がしたからいるのだろうと、言う程度だ。
「全く余計なことをしてくれたよ。お前のせいで計画が崩れたら、俺たちまで危険になるんだよ。」
「そんなの俺の勝手だろ。」
「誰だよこんな奴を選んだのはよぉ」
返ってきた声は後ろからで、どうやら京帖を見張っていた二人がここにいるようだ。
「上が決めたことだ。俺たちは逆らえない。」
「…チッ…面倒かけさせやがって。」
話していた目の前の男がこちらを見る。顔は見えなかったが、声はどことなく楽しそうに聞こえる。
「京帖、お前のその浅はかな行動で、そこの少女は命を落とすんだ。」
男の言葉に京帖は慌てて左右を見れば、右側にぼんやりと人影を見つける。
目が少し慣れてきたのか、顔がなんとか見えた。
「雪!」
京帖の声に反応して目を覚ました少女は、彼ではなく目の前にいる男をじっと見据えた。こんな所に連れてこられて手足を縛られたら、大人でも怖いと思うのに彼女は怯えたようすもない。
京帖はそれに本来なら違和感を感じなければいけないのに、不思議とそう思うことはなかった。
「これはどういうこと?なぜ縛られているの?」
「惚けるなっ。お前、こいつから何を聞いた?」
しびれを切らしたのは後ろにいた男だった。男が怒鳴り付けても、雪はちょこんと首をかしげるだけ。
「何って、ただ溶山で会ってお話ししたことがあったから、陣織で再会して嬉しくて声をかけたのよ。」
「嘘をつくな!俺たちから逃げていただろ!!」
「それは、追ってくるから怖くて。」
後ろで殺気が生まれる。相手を刺激するなと目線を送るが、雪はこちらを見ようともしない。
「落ち着け。子供に踊らされてどうするんだ。」
「チッ…お前がやれよ。」
後ろの声が遠退いた。そして代わりに雪の前にもう一人の男が近づく。
「…お嬢ちゃんが何も知らないなんて、俺たちは思っていないわけだ。」
「そう言われても…」
男の声はとても優しいものだった。声をかけられている雪は、少々戸惑っているように見える。
「うん。だから、今から隣のお兄さんをこれで切っていくよ。話したくなったら言ってね。そうしたら切るのを止めるから。」
さすがにこれには雪も驚いたようで、目を見開いて男を見つめる。
頭がおかしいとしか思えない発言に、京帖も心臓が早鐘を打つ。命の危機が迫っていると身体が訴える。
男が近づいてきて、京帖の前に立った。その顔は笑っていて正気には見えない。
「じゃあ、行くよ。」
優しい声のまま小刀を手にして振り上げる。
「ちょっとそれはごめんだね。」
そう言って京帖が足を軽く踏み込むと、靴の爪先から暗器が飛び出す。そのまま蹴り上げるが、後ろに飛び退かれて躱されてしまう。
縛られていた手の縄も暗器で切り解いて、京帖は深追いをしない。男が警戒して近づいて来ないのを確認してから、雪の手の縄を解いた。
あとは足を縛り付けている縄を解いて、彼女だけでも逃がせればと考える。
京帖は内心焦っていた。
京帖は武術が得意なわけではない。この暗器も護身用にと持っていただけで、そこまで使い慣れてはいないのだ。だから相手が怯んでいる今が好機なのだと、京帖は確認もしないで雪の足に巻かれた縄を解くために屈んだのだ。
それは一瞬の出来事だった。
雪が覆い被さってきた事は京帖にも理解できた。そして何か衝撃を受けたのも分かった。
雪が身体を起こしたのを見て、京帖は違和感を覚えた。
床に何かが落ちた。
それはポタポタと落ちて音を立てる。
それが何か分からず顔を上げて雪を見れば、肩を押さえている雪の姿が映る。手で押さえた部分だけ、まるで濡れているように色が濃くなって見える。そこから雪の腕を伝った何かが落ちて、床を濡らしていく。
京帖はやっと理解した。
それが血なのだと。
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