第3章 5.別れと後悔
更新:2021.10.22
馬を走らせて三日。京帖は予定通りに農薪にたどり着いた。
「じゃあ、ここで。」
そう翠に言われて京帖は心が疼いた。不安が急に押し寄せて来る。これから自分がやろうとしていることに対して、吐き気すら覚える。
「あ、ああ。」
だけど彼に返せる言葉はこれしかない。翠をこれ以上巻き込むわけにはいかないのだ。そう、自分に言い聞かせる。
そんな思いを気づいてもらえるはずもなく、翠は京帖の答えに感情なく頷き、馬を引いてその場を去って行った。
京帖は彼の姿が見えなくなるまで見送った。不安は強くなるばかりで、心が苦しくて締め付けられる。
彼は不安を拭い去るために何かないかと探して、雪から渡された手紙を思い出した。懐から取り出してそれを開く。
”京帖へ
翠と名乗る少年に会ったら行動を共にして欲しいの。きっと貴方の力になるわ。彼の特徴は黒髪に黄金の瞳よ。私の弟みたいな子なの。ぶっきらぼうだけど優しい子だから。彼を頼って。”
“翠って…”
京帖は混乱する。少しして頭の中でそれが一致してバッと、先ほど別れた少年を探すように彼の消えた方角を見る。だが、視界に映る中に黒髪はなかった。それどころか馬の姿ももうない。
走ってその姿を探してを追いかけるが、街の端まで戻っても京帖は翠を見つけられなかった。
京帖は自分の悪運を呪った。せっかくの好機を逃したのだ。
何故、翠と旅している間に雪の手紙を思い出さなかったのか。後悔しても全てが遅い。彼は完全に逃げ道を失ったのだった。
一方、翠は京帖と別れてすぐに馬を厩に預けに行った。
京帖の言う通りなら、すぐにでも陣織に向かって雪を羅芯に連れ帰りたかったが、彼女の命でここにいるのだ。京帖を見守らなければいけない。
それに、陣織と農薪が本当に戦になれば、李珀がすぐに雪を羅芯に連れ帰るだろう。
“大丈夫だよな。”
自分に言い聞かせるようにして、翠は京帖を再び探した。今度は決して姿を見られないように。
京帖はすぐに見つかった。その日、彼は街中を歩いて回っていた。おそらくは情報収集なのだろうが、時折誰かを探している風にも見える。
“待ち合わせか?”
そんなことを思いながらも観察していると、どんどんと落ち着かない様子になっていく京帖。はたから見たら不審者にも見えなくもないくらい、何かに追い詰められているようだった。
だが、それは夕方になって一変した。京帖は一軒の家の前で立ち止まる。
先ほどまでと違い堂々たる姿勢に、営業用の笑顔を作って家の扉を叩いている。
扉から出てきたのは体躯の良い中年の男が一人。筋肉は農耕具を作っているために鍛えられたのだろう。
男に何か話をして、京帖は中へと入っていった。さすがに普通の民家に今から忍び込むのは難しいと、翠は諦めて彼が出てくるのを待つことにしたのだった。
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