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第3章 3.旅と情報

更新:2021.10.22

 馬二頭で平原を走る。

 あれからすぐに馬をもう一頭追加で購入して、翠と京帖はすぐに出発した。

 下手に街でもたつけば、京帖をつけている奴らが襲ってくるとも限らない。だから、翠は京帖の迷いない動きに感心していた。

 危機回避が出来る人間はそういるものではない。だけど、京帖はそれが多少なりとも出来ていた。それは雪ほどではなかったが、その分、雪よりも慎重で無茶がない。その点に関しては彼女にも見習って欲しいと切実に思う。

 そんなことを考えていると、前を走っていた京帖の姿が左へ右へとよろよろしていることに気がついた。それが馬に主導権を握られているせいだと、すぐに判断した翠は駆ける速さを上げて並走させる。


「そう言うときは手綱を引くんだ。」

「さっきからやってるんだけど、上手くいかないんだよ。」

「走らせたい方向に顔を持っていくように手綱を引いてみろ。こうやるんだ。」


 言って手本を見せれば、はじめこそぎこちないが、すぐに要領をつかんで馬を上手に操るようになった。飲み込みが早い。これなら、そう時間もかからずに農薪に着けるだろうと、翠は思う。







「今日はここで野宿しよう。」

「ああ、分かった。」


 日が暮れる少し前に翠に言われて、京帖は同意する。

 馬から降りて手綱を木に縛るのだが、これがなかなかに難しく京帖は苦戦していた。そんな中、翠は手際よく馬を手綱を木にくくりつける。もたつく京帖を見て翠は呆れ顔になった。


「京帖は要領が良いんだか悪いんだか分かりづらいな。」

「わ、悪かったな。」


 翠は京帖が持っていた手綱を取り上げると、木にくくりつける。それは、京帖に教えるようにゆっくりと分かりやすく見せてくれた。その丁寧な教え方は学舎の先生でもやってたのかと思う程だ。教えることに慣れていると京帖は思った。


「ほら、やってみろよ。」


 一度結んだものを解くと、手渡してきて京帖のやり方を見てくれる。


「これで良いか?」

「ああ、大丈夫だ。」


 なんとか合格点をもらって、二人は日が暮れるまえにと、急いで火を起こす準備に取りかかった。

 京帖は落ちている薪を集める。幸いなことに木々から落ちた枝が無数に転がっていて、薪はすぐに集まった。

 自分の中では早く集め終えたと思ったのに、翠はすでに食事の準備を終わらせていた。火もあっという間に起こして、すぐに調理に取りかかる翠。

 京帖がしたことと言えば、鍋をかき回すのと皿に盛り付けるくらいだ。

 翠の作った料理はどれも美味しかった。味も去ることながら、食材も形よく切られており見た目も良い。

 見習うことだらけだと、自分の出来の悪さを痛感した。


「翠って何者なんだ?」

「…どういう意味だ?」

「いや、何でも器用にこなして、すごいなって思ってよ。」

「何でもじゃない。よくやることだから慣れているだけだ。」

「その年で馬や野宿に慣れてるって、旅民だったのか?」

「まぁ、そんなところだ。」


 はぐらかされてしまう。馬で移動している間にも話をしていたが、聞きたいところではぐらかされることが多かった。

 だが、彼からは悪い感じがない。

 人を騙そうとする人間には独特な嫌な感じがあるのだが、翠にはそれがなかった。だから、はぐらかされることがあっても不思議と、不信の念を抱くことはなかった。


「京帖は情報屋なんだろ?」

「なっ…な、なんで」

「隠してるつもりだったのか?動きで分かるさ。」


 クスクスと翠は楽しそうに笑う。


「動きで分かるものなのか?」

「ああ、独特な動きがあったからな。」

「独特?」

「うーん、口で説明するのが難しいな。…そうだな、例えるなら、常に誰かに命を狙われているような危機感。」


 ドキリと心臓が縮み上がった。その反応を見て翠は笑顔を向ける。

 その笑顔は何だか怖く感じた。それは京帖を見透かすような視線。


「…そうかもな。情報は脅威だ。人は簡単に情報に踊らされる。それが信用に足りるものなら尚更だ。国だって動かしかねない。」


 今の自分の仕事を考えれば、大袈裟なことではない。京帖が今やろうとしているのは内乱だ。国からの依頼だと言われて受けた仕事だが、まさか自国の内乱を引き起こそうとしているなんて誰が考えるだろうか。

 依頼された内容は難しくはない。

 陣織と農薪で内乱を引き起こすことだけ。陣織では農薪が戦の期を見計らっていると伝え、農薪ではその逆のことを伝えて、お互いが狙われているのだと認識させる。険悪な空気である二つの街が内乱を起こすにはそれだけで十分だった。

 国が何故そんなことをさせているのか、京帖にはそれが分からない。

 調べようにも、手を回されていて情報を得るのは難しく、手荒にやればつけている奴に殺される可能性があり動けなかった。


「国を動かすほどの仕事もやったことがあるのか?」

「え?い、いいや。情報屋ってのはそれだけのことが出来るって話だよ。俺なんかにゃ、そんな仕事は回ってこないさ。精々が物流の流れを伝えるのが関の山だよ。」

「物流か。今ならどうだ?動きに変化はあるか?」

「ああ、かなりあるよ。」

「どんな?」

「それは…教えられないね。さすがにタダって訳にゃいかないよ。俺だって仕事に誇りをもってるんだ。」

「それもそうか。なら、これでどうだ?」


 そう言って翠が渡して来たのは、袋に入った金だった。

 京帖はそれを受け取り確認して目を丸くした。そこには馬を買った代金の半値は入っていたのだった。つまり、京帖が翠に渡した金額と同じ。


「こんなに!?」

「ああ、だって入り用だろう?」


 翠は京帖の全てをお見通しのようだった。確かに金は無くて困っていたのは事実。

 この仕事以外を受けられないことが厳しいのだ。普段なら、全然問題なく仕事の掛け持ちをしていたのに、この依頼はそれが出来なかった。


「本当に良いんだな?後で返せとかなしだぞ?」

「大丈夫だよ。」


 京帖の言葉に翠はクスリと笑った。黄金の瞳が細められると、ホッとする。

 彼の瞳は威圧感が半端ないのだ。威圧感というものは、これから先を生きていくのに必要だし駄目だとは思わない。ただ、翠の場合は少々強すぎるように思う。強い威圧は人との壁を作る。争い事のもとになるのだ。

 もっと笑えば良いのに…と、京帖は思った。


「なら、俺が教えられるだけの情報を渡す。」

「分かった。」

「まずは、知ってるかもしれないが、銅や鉄の買い付けが増えている。それは全てが溶山に流れている。」

「ああ、それは知ってる。」

「その全てが武具に作り替えられている。」

「それはそうだろうな。溶山は武具の街だから。」


 翠は少しだけ呆れた顔をしているが、京帖はニヤリと笑ってみせた。


「じゃあ、ここからだ。…武具の買い付けだが、陣織と農薪…って、思っているだろ?」

「違うのか?」

「いや、間違ってはいない。ほとんどがそこに流れているのは確かだ。だけど、もう一つ武具を買ってる所がある。」


 そこで口を閉ざす。もったいつけて話してしまうのは、情報屋の性だと思う。

 だけど、翠は予想通りでそれに食いつかない。それが、普段と違って面白いと京帖は思った。


「…それは、工西国だよ。」

「国が武具を…それは普段使いじゃないのか?」

「ああ、違うな。気づかれにくい量を少しずつ貯めているんだ。普段使いでそんな買い方はしないだろう。」


 疑っている様子はないが、理由が分からないと悩んでいるように見えた。


「理由は俺にも分からない。だけど、これは確かな情報だ。」

「そうか。」


 素直に受け入れる翠に、京帖はどうしようかと悩む。彼なら今の依頼の事を相談しても良いかもと思えたのだ。

 命を狙われている。自分をつけている人間がいると。


「それと…」


 言い掛けて京帖は口を閉ざした。そんな話しをしたところで彼を巻き込むだけではないかと、急に不安になったのだ。

 京帖に手を貸した時点で危険かもしれないが、情報を話してしまえばその危険は確実のものになってしまう。


「なんだ?」

「あ、ああ。あと、陣織と農薪は仲が悪い。なんでも、お互いに客を取り合っているらしいんだ。」

「何故?そう言うことが起こらないようにと、国が地域ごとに何を主体で作るか決めているんだろう?」

「そうなんだが、どうやらその規則を守らない奴がいるようだ。そのせいで、陣織も農薪も収入が減っている。」

「それはおかしくないか?どちらかは潤うはずだろ?陣織が農薪に客を取られていたら、農薪が潤って陣織が貧しくなる。どちらも同じくらいの客を取り合っているなら、どちらも飢るか?」

「ああ、つまり陣織と農薪の工具を売っている奴が他にいるって訳なんだが…それは俺にも分からない。

 今、この工西は変だ。危険な匂いがする。だから、お前はこの仕事が終わったらさっさと、この国を出た方が良いぞ。」


 京帖から言えるのはここまで。あとは、翠自信が決めることだ。彼がとやかく言えるものではない。


「そうか…連れがいるから、そいつらと合流したら国を出るようにするよ。」

「なんだ、一人じゃないのか?」

「ああ。」

「じゃあ、合流したらすぐに出ろよ。」

「分かった。…まぁ、雪がそうさせてくれるかって問題なんだけどな。」


 ボソッと呟く声は京帖の耳には届かなかった。


読んでくださり、ありがとうございます。

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