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第?章

更新:2021.10.22

 広々とした部屋は高級旅館の最上階。

 京帖が依頼者と会っていた部屋だ。

 そのときと違うのは灯りがしっかりと点っていて、調度品が輝いてい見えることだった。

 そんな部屋の豪華な椅子に腰掛けている男は、誰もいないのに声をかける。


扑兔(はくと)、具合はどうだい?」

「ああ、問題ないよ。」


 すると、何もないはずの所から答えが返って来る。

 その声はまだ若く良く言えば張りのある声、悪く言えば幼い感じの声だった。

 ため口を聞く声に男は苦笑する。こんなに気軽に話してくる部下などこの扑兔以外にいないだろうなと、男は思ったのだ。

 本来なら扑兔は従者であり、こんな口を利けるような身分ではないのだが、こういう場では他に誰も聞いていないから咎めることはしない。男にとっても、その方が気兼ねなく話せるからと、同じように砕けた口調で話をしていた。


「あっ、ただ…」

「どうした?」

「なんか変な奴が京帖と接触してたよ。」

「変な奴?」


 首をかしげて聞き返せば、扑兔は頭を掻いて苦い顔をした。


「ただの子供だと思ったけど、念のために後をつけたらそいつ同業がついててよ。深追いしたら撒かれちまった。」


 扑兔が?と、男は驚く。


「その子供の特徴は分かるかい?」

「青系の髪と瞳の色をした少女だった。」

「他には?」

「雪。と、呼ばれていたな。」

「それは本当かい?」

「ああ。何かあるのか?」

「…いや、何でもないよ。」


 この男が何でもないという時は、大概何かあるんだと扑兔は思う。だが、絶対に教えてくれないのも分かっているから、彼はその少女のことを記憶に留めて置くことにした。そんなことを考えていると男が再び尋ねる。


「同業の方は?」

「悪りぃ…全くだ。」

「お前でそれじゃ、相当な手練れだね。」

「…」


 男の言葉が不満だったのか、扑兔は答えない。そんな彼を男は彼らしいと思ってクスリと笑う。


「なんだよ。」

「何でもないよ。報告ありがとう。…今日、立つのかい?」

「いいや、おそらくは明日以降になるだろうな。京帖はそこまで腕の悪くない情報屋みたいだ。」

「ふーん…」

「もう、今日みたいに会うのは難しくなるから、手簡を出すぜ。」

「ああ、分かった。」

「あっ、言い忘れるところだった。」


 出ていこうとする扑兔を男は引き留める。少し面倒そうに浮かせかけていた腰を下ろして、扑兔は男の言葉を待つ。


「何だよ?」

「命は大切に。危険があれば逃げるんだよ。」

「なんだよそれ。」

「大事なことだから、ちゃんと伝えとこうって思っててね。」

「大事って…てか、そこは普通、死んでも情報を漏らすな。とか命令は絶対だ。とかじゃねーの?あんた、本当に変わってるよ。」

「よく言われるよ。」

「だろうな。…まぁ、忘れてなかったら覚えておくよ。」

「全く…」


 男の呆れたような声に、扑兔も苦笑する。


「さて、じゃあ俺は行くぜ。」


 男が頷くのを見てから扑兔は気配を消した。





「…人が死ぬのは嫌なんだ。」



 他には誰もいない部屋に重い声だけが落ちる。ふと、窓から見える月を、男が寂しげに見つめた。

 男はいつも死と隣り合わせの危うい道を歩いていた。そんな彼を助ける者は多くいたが、それは命と引き換えに守ってもらう事も少なくなかった。その度に男は何かが壊れていく様な音を聞くのだ。ミシミシと自分の心が悲鳴をあげている。

 本当に助ける方法はなかったのか?自分が道を間違えたのではないか?色々な考えが頭を巡るのだ。

 どんなに辛くても苦しくても、その歩みを止めることは許されない。自分を助けてくれる者がいる限り、それに答えなければいけないのだ。

 だけど…と、男は思う。全てを終わらせてしまえば楽になれるのではないか。


そう思うのだった。


お読みくださり、ありがとうございます。

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