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第3章 1.出発と出会

更新:2021.10.22

「と言うわけで、鉄や銅の買い付けが相当増えていることと、それで武器を作っているという所まで分かりました。でも、誰が買っているかまでは…。まぁ、恐らくは農薪、陣織でしょうね。戦でも起こすつもりかもしれません。」

「恐らくじゃない。」

「翠、それって…」


 否定する翠に雪は首をかしげる。


「ここで作られた武器は農薪、陣織に間違いなく流れている。内乱が起こる可能性が高い。」

「そう…。どのくらいの量が流れているのか分かる?戦はすぐ起こりそう?」


 雪の問いかけに、翠は静かに首を左右に振った。まだ分からないということだろう。そこまでの情報が集まっていないのだ。


「早々に戦が起こるとは思えませんね。」


 横から口を挟むのは李珀だ。雪はそちらを向いてそう思う理由を尋ねると、彼はニコリと笑う。

 彼の微笑みは、それだけで女性を虜にしてしまうような魔性なものだ。雪には関係ないが。


「人が流れていないのです。」

「人の流れ?」

「戦の前にはまず武器や金の動きが激しくなります。そして、戦が近くなれば必ず人々が集まります。または逃げ出す者も。もちろん、留まる人もいますが、戦のためにと集まる者や巻き込まれないために避難する者が出てくる筈です。ですが…」

「この溶山に難民や逃げて来たような人はいない?」

「また、その逆も…ですから、まだ戦は起こらないと思いますよ。」

「それなら、陣織へ行ってみましょう。何か情報が得られるかもしれないわ。」

「行くなら私と翠だけで良いのでは?わざわざ雪様が危険を冒す必要はないですよ。」

「いえ、私が行くわ。それに、翠には他にやって欲しいことがあるから」

「なんだ?」


 雪を怪訝な顔で見る翠。


「昨日、会った京帖という人物を追って欲しいの。国御抱えの隠密が二人も見張っていたことが、どうしても気になって」

「確かにそうですね。なにか関係があるかもしれません。」

「ええ。」


 頷いてから話を聞いていた翠の方を見ると、こちらも何やら考えている様子で難しい顔をしている。


「無茶はしないと約束するわ。だから、頼めるかしら?」

「…ハァ…分かった。」

「ありがとう、翠。」


 翠は渋々と言った様子で頷くと、李珀を睨み付ける。


「李珀、危険だと判断したら何がなんでも雪を連れて帰れ。誰を見捨てようともだ。」

「それは心得てるよ。」


 こうして雪と李珀は翠を残して、陣織に向けて早々に出発したのだった。



「さて、陣織までの道のりはどうしましょうか?」

「どういう方法がある?」

「そうですね。方法としては三つです。一つは馬を購入する。二つ目は寄り合い馬車を利用する。三つ目は徒歩です。

 まぁ、徒歩だと盗賊などに襲われる確率が上がるのでやめた方がいいですけど。」

「うーん、馬は借りるにしてもお金が心許ないから難しいかな。これからどのくらい必要になるか分からないし、節約できるときにしておきたい。」

「となると、寄り合い馬車ですかね。」

「ちょうどよくあると良いのだけれど。」


 では探してきますと、先に行こうとして李珀はその足を止めた。ばつの悪い顔をして、こちらを振り向く。


「すみません。翠がいなかったですね。一緒に行きましょうか。」

「ええ、そうね。」



 寄り合い馬車が集まる場所を街の人に教えてもらい向かうと、そこにはたくさんの馬車が並んでいた。さすがは首都だ。

 陣織に向かう馬車がないかと李珀と歩いていると、一台の馬車の御者が声を張り上げた。


「陣織に向かう方はいませんかー!!まもなく出発しまーす!」


 それを聞いて雪と李珀はその馬車へと飛び込んだのだった。


 馬車はそこそこ混んでいて、雪たちでちょうど満員になった。乗っている人は鍛冶屋の職人や行商人だった。それに母親と子供が一組だけいる。


「馬車が動きますので、気をつけてください。」


 御者の声が聞こえると、続けて手綱を打つ音が聞こえて馬車がゆっくりと動き出す。初動でガタンと揺れたが、それ以降はそれ程揺れない。

 ここは道がしっかりと舗装されているためだ。溶山を出たら恐らくお尻が痛くなるくらいに揺れることは想像に難くない。


「馬車だとどのくらい?」

「うーん、この速さなら二日くらいですかね。」

「そう…あまり遅くなると綾さんに心配をかけてしまうわね。」

「一応、手簡は出したので大丈夫かと。まぁ、怒られるのは諦めてください。元々、三日の予定でしたよね?」

「うっ…そ、そう言えばそうだったかなぁ?」

「私に惚けても意味がないのでは?」


 それもそうかと雪はため息をついた。


「ため息は良くないんだよ!」


 突然言われて、雪は驚いて李珀から声の方へと視線を移す。前を見れば馬車の中で唯一の子どもが、腰に手を当ててプクッと頬を膨らまして怒っていた。


芽依(ヤーイー)ダメでしょ!」

「えー、だってお母さん。」

「すみません、娘が失礼なことを」

「良いんですよ。気にしないでください。」


 ニコリと笑いかけると、母に怒られて不満そうな芽依と呼ばれた少女がこちらを見つめる。


「ねっ、ため息はなんで良くないの?」

「あ、あのね!ため息は幸せを逃がしちゃうのよ。だ、だから、お姉さんの幸せが逃げちゃうって思って」

「そっか、それで教えてくれたんだね。ありがとう。次からは気をつけるね。」

「うん!」


 満面の笑みで頷く芽依は満足げで母の元へ戻る。

 ペコリと母親が頭を下げてお辞儀するのに雪も返した。

 母親の格好は外套を羽織り、頭までしっかりと覆われている。確かに寒くなって来ているし変ではないのだが、雪は彼女が何かから逃げているような隠したい何かがあるような、そんな雰囲気がしたのだった。


お読みくださり、ありがとうございます。

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