第1章 3.留守と企み
更新:2021.10.22
「話が違うだろッ!!」
「いいや、この値段で間違いないよ。」
「ふざけんなよ!!そんな値段で売れるわけないだろッ!」
荷車にたくさんの荷物を乗せた御者の男が、鍛冶屋の男と何やら言い争いをしていた。どうやら価格に手違いがあったようだ。
雪と李珀は巻き込まれないような距離を置いて、遠巻きに様子を伺った。
「ああ、またやってるよ…」
そんな二人のすぐ後ろの家から主人が出てきて、その様子を見ると疲れたようなため息をついた。
「あの、これってよくあることなんですか?」
「え?ああ、そうだよ。ここ最近は本当に多いね。困ったもんだよ。」
「いつも商人と職人が揉めているの?」
「ああ、そうだな。どうも、大量の銅やら鉄やらを仕入れているみたいでな。商人がふっかけてるのか、鍛冶屋が買い値をけちってるのか…全く良い迷惑だよ。」
再びため息をついて男はぼやく。
「国は何を考えているのかねぇ。」
「これは国の依頼なの?」
「いや、そうじゃない。国がなにもしないから問題なのさ。
お嬢ちゃん、あの紋が見えるかい?」
そう言って男は揉めている職人の方を指差す。その職人が着ている服に刺繍された模様は雪でも見覚えがあるものだった。
「劉家の…」
雪の言葉に男は頷く。劉家というのは、一流の職人が集まっている組合だ。羅芯でも有名で、ほとんどの武具がそこで作られたものを使用させている。
それだけものが良いのだ。大切な兵士たちの命を守る武器や防具は最高のもので揃えている。
「ここ最近大量に運ばれてくる銅や鉄は、ほとんどがあの劉家が買ってるんだよ。戦争でも始めようって言うのかね…勘弁して欲しいもんだよ。」
「…」
「あの組合を止められるのはお国くらいさ。なのに、いざこざが起きても兵士たちは止めないし、喧嘩が悪化して周りに被害が出ても何もしないんだ。困っちまうよなぁ。」
「うーん、それは困りますね…。」
「そう思うだろ。何とかならんものかね…ハァ…」
「そっかぁ、大変なんだね。…おじさん、ありがとう。」
礼を言って、雪と李珀はその場から離れた。
「劉家の組合に行ってみよう。」
「えっ!?雪様それは…」
「大丈夫だよ。危ないことをする訳じゃないし。」
戸惑う心配性の李珀の背中を押して、雪達は劉家の鍛冶屋へと向かった。男たちが揉めている所を通りすぎ、鍛冶場の中に入っていく。中は大量の火が炊かれているために驚くほど暑い。
煤も舞っていて息苦しく感じる悪環境の中、職人たちが一心不乱に金属を叩いて伸ばしていた。
「変ですね。」
「何か言った?」
後ろからついてくる李珀が何かを呟いたのだが、音がうるさくて何も聞こえない。
雪が首をかしげたからだろう。李珀は顔を近づけると雪に耳打ちをする。
「見物客が少なすぎます。」
「見物客?」
「ええ、本来なら私たちみたいに見てまわっている人間がいるはずなんですが…。依頼をして武具を作ってもらうだけじゃなくて、こう言った場所に来て作っているところを見て直接それを買い付けるってことも結構あるんですよ。」
「なるほどね。じゃあ、全て依頼品ってこと?」
「確認してみます。ただ、たまたま見物客がいないというだけかもしれませんので。」
そう言うと李珀は、近場にいた職人に声をかけに行ってしまった。
「教えられねーよ。」
「そこをなんとか頼むよ。」
雪の後ろで別の声が聞こえて振り向くと、山のように積まれた燃料の後ろに人の影を見つけた。
何だか気になって、雪はそっちに近づいて聞き耳を立てる。
「いくらお前の頼みでも無理なものは無理だ。今回の依頼はそう言う客なんだよ。」
「他に漏らすつもりはないからよ。頼む!」
「お前の仕事柄、それは信じられねー。万が一にでも漏れたら俺の命がなくなっちまうからな。ほらっ!これ以上ここにいても無駄だ!帰った帰った!」
シッシと手を振って追い返す職人に、もう一人の男はがっくりと肩を落としてこちらに向かってきた。雪は気付かれないように、慌てて背を向けると、すぐに男が燃料の山から姿を現した。
視線を感じて雪がそちらを見ると、赤みがかった焦げ茶の瞳と視線が合う。その時ちょうど李珀がこちらに来るのが見えたのか、男は再び歩き出すと外へと向かった。
「あの男は?」
「ちょっとね」
雪の答えに、李珀が珍しくその男の背中をじっと見つめている。何か気になることがあるのだろうか?と、首をかしげると困ったように微笑まれた。
「とりあえず、得た情報を先に伝えます。現在、依頼されたものしか作っていないそうです。」
「つまり、直接の買い付けはしていないということね。」
「ええ」
「依頼人は?」
「教えてもらえませんでした。」
「やっぱりね。」
雪の返しに李珀は首をかしげる。
「さっきの男が同じことを職人に聞いてて、教えてもらえなかったから」
「…」
「どうしたの?先程から難しい顔をして」
今度は雪が首をかしげれば、李珀が耳打ちする。人に聞かれたくないからだろう。
「あの男、つけられていますよ。」
「それって…」
「見張りなのか、命を狙われているのかまでは分かりませんが」
「李珀。」
「何でしょうか?」
雪の声色で李珀は諦めた顔をして答える。
「そのつけている人に気づかれないように後をつけられる?」
「ええできますよ。」
「見張りなのかどうかも?」
「ええ、尾行すれば分かります。ただ、雪様は…」
「問題ないわ。」
雪はにこりと笑って答えるのだった。
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