第14章 結末と焼菓子
更新:2021.10.20
「そういえば、雪。」
改まって言葉を投げ掛けてくる隆盛に雪はなに?と、首をかしげる。隆盛は大したことじゃないんだがと前置きして言葉を続けた。
「俺には翠の感情が分からないんだが、雪は読み取っているみたいだな。コツはあるのか?」
「へ?」
雪は口に運ぼうとしていたお茶で火傷しそうになる。
「読み取れない?翠の表情を?」
ぽかんと口が開いたままになってしまう。翠の方を見ると、困ったような顔をしている。
「今も分からないの?」
「ああ。全く。だっていつもと同じ無表情だろ。」
「困ってるように見えるけど…」
隆盛も翠の顔を見ているが、分からないといった様子だった。
「じゃあ、もしかして、私だけ分かってたの?」
「普段ならそうですね。…まぁ、雪様と一緒の時は、何となく表情を読めますけどね。さすがに同業なのでそれくらいは…」
そう言うのは李珀で、そうなの?と、首をかしげて翠を見ると、翠に視線をそらされてしまう。何だか少しだけ頬が赤く見えるのは、気のせいだろうか。
「それはそうと、恵淑の処遇については、どうされますか?」
綾の言葉に、お前は本当に空気を読まないな。と、言いたげな顔を隆盛がするが、綾は気にした様子もなく答えを待つ。その有無を言わせない様子に、隆盛は諦めてため息を漏らした。
「そうだな。極刑は免れないだろう。」
「禁忌である奴隷の売り買いに、羅芯の王の暗殺計画の荷担ですからね。」
隆盛の答えに李珀が付け足す。
「まぁ、東刃の王に任せるさ。」
「深然様なら問題ないでしょう。」
綾が言ったのは東刃の王の名だ。隆盛と親交が深く、雪もよく隆盛と一緒に訪れていた。深然様は聡明な方で、民からも慕われていると評判だった。
彼女には二人の孫がいて、その内の一人が雪と年のころが同じで仲も良い。そんな彼から深然様の事を色々聞いていた雪は、彼女に任せれば問題ないと思う。だけど隆盛は何だか渋い顔をしている。
「私も深然様なら大丈夫だと思うよ?何か問題でもあるの?」
「い、いやなぁ…実は今回の件は、あいつに借りがあるんだよ。」
「そんな話、一言も聞いていませんが?」
綾の目端がピクリと動いた。
雪は綾の怒りに気付かなかったことにして、隆盛の答えを待った。
「あの、深然が恵淑のことを知らないなんて、おかしいと思わないか?」
「そうですね。あの方は優れた御方ですから。」
「綾、何だか含みがないか?」
「いいえ、そんなことはございませんよ。…それで?」
「あぁ、実は恵淑の件で調べていた深然が、俺の暗殺計画があると教えてくれたんだよ。ただ、あいつですら、遠文の名にたどり着くことはできなかったけどな。恵淑を捕らえるのも待ってくれたしなぁ。だから、何か要求されるかもしれないなと…」
その言葉に、綾が大きなため息をついた。
「…終わったことは仕方がありません。できる限りの配慮は致しましょう。」
「助かる。」
羅芯の金銭管理は全て、親任官である綾が行っている。だから、どのくらい要求されるかは分からないが、いくらか動かさなければいけないだろう。綾はその確認するために部屋を出て行った。
いつの間にか李珀も姿を消しており、部屋には三人だけが残された。
「…これが終わったら、しばらくは落ち着くだろう。」
「うん。」
「そうしたら、雪が言っていた東刃の剣舞でも見に行くか?深然に聞けば、良い踊り手を紹介してくれるだろう。」
「うん!」
雪は嬉しくなって頷き、上機嫌でお菓子を手に取る。
東刃で人気な小麦や卵、牛酪、砂糖を混ぜ合わせて焼いたもので、サクサクとした食感に、牛酪の香り良いお菓子だった。本来は高価でなかなか手に入らないお菓子だ。雪の機嫌取りに隆盛が用意させたのだろうが、これ程嬉しいことはないと上機嫌に焼き菓子を目一杯頬張っていた。
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