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第9章 偵察と小豆

更新:2021.10.20

 次の日、雪たち四人は街を散策した。郊外の方まで行きたいと、隆盛が言い出したので、馬車を使ってそちらの方まで足を伸ばす。馬車では李珀が気持ち悪そうな顔をして横たわっている。


「李珀、大丈夫?」

「え、ええ…申し訳ございません、雪様。」

「仕方ないわ。隆盛が、悪いのだもの。お酒を無理やり飲ませるから。」

「おいおい、俺を悪者扱いか。悲しいね。…あれくらいで酔い潰れる方が、おかしいだろう。」


 御者台で馬を操る隆盛が、視線だけ軽く寄越して言う。雪はため息をついてから、手拭いを水筒の水で濡らして李珀の額に当てる。気持ち良いのだろう、少しだけ表情が柔いだ。


「でも、何で急に郊外に?元々予定してたの?」

「いや、ちょっとな…。ああ、そうだ。雪、悪いが剣舞を見に行くのは、また今度の機会になりそうだ。」

「それは、構わないけど。」

「すまんな。」


 別にどうしても剣舞を見たかった訳ではないので、雪は気にもしなかった。それよりも、急に予定を変更した方が気になったのだが、隆盛は教えてくれそうにもない。翠も何か知っていそうだが、こちらも教えてはくれないだろう。

 唯一、可能性があるのは李珀だったが、こんな状態の彼から聞き出すのは、何だか悪い気がして雪は諦めることにした。

 しばらく馬車は家々に囲まれた道を歩いていたが、徐々に家の数は減っていき、今はたまに家を見かける程度にまで減ってしまった。まわりは田畑が多いのに、作物が育っているのはその半分あるかないかくらいの範囲だった。そういえば、隆盛に聞いたことがあったなと、雪は思い出す。

 基本的に、作物は空南から仕入れているため、ここで育てているのは、この辺りの家に住んでいる人の分や、砂糖など高値で売れる食材くらいだ。でも、その高級な食材も空南の技術には遠く及ばず、少量しか作ることができない。あとは、家畜を育てるための場所にしているようで、牛や鳥、豚などが自由に歩き回っていた。



「着いたぞ。」


 そう言って隆盛が馬車を止めたのは、郊外でも少しだけ賑わっている集落の前だった。李珀は先程までの状態が嘘のように、誰の手も借りず立ち上がると、隆盛の少し後ろについて歩く。顔色はまだ良くなかったが、任務だから寝ている訳にもいかないのだろう。

 気の毒に思いながら雪も馬車を降りる。すると、翠が雪の少し後ろについた。李珀の真似だろうか。何だか面白くて、偉ぶって歩いてみる。翠は呆れた様子で雪を見る。顎で前を見るように言われて、振り向くと、隆盛たちと距離が開いてしまっていたことに気づく。


「行こっ。」


 雪は翠の手を取って、先を急いだのだった。


「この辺りは賑わっているのね。」

「郊外でもこういう場所がないと、物の流通が途絶えてしまうんだ。それだとこの辺りに住む人間は、食べ物や服、生活に必要な物を買えなくて、生活ができなくなってしまうだろ?だから、郊外にもこういう集落が必ずあるんだよ。」


 なるほど。と、雪は辺りを見渡す。槍郡の中心部程ではないが、活気があり店は賑わっていた。美味しそうな匂いが漂ってきて、雪のお腹が鳴った。ハッとなり、手を握っていた人物を見ると今にも笑いだしそうに見えて、頬が熱くなるのを感じた。


「朝から何も食べてないのだから、仕方ないじゃない。」


 むくれる雪を翠は妹をあやすかのように、仕方ないなという顔で頭を撫でる。

 今日は日も出る前に中心街を出たから、店などやっているはずもなく、朝餉を食べられなかったのだ。もう、陽も高くまで昇っている。昼に近い時間になっていたのだ、腹が鳴っても仕方ないだろうと、雪は思う。


「まずは食事にするか。」


 雪と翠のやり取りを聞いていたのだろう。隆盛はそう言うと、食事ができる店を探し始めた。時間的にも調度良かったようで、まだ込み合っていない店を見つけて四人で入る。適当に腰かけて品書きを眺める。


「何か食べたいものはあるか?」

「うーん、分からないから隆盛に任せる。」


 そう答えると、隆盛は適当に料理を注文する。少し待って、料理が運ばれて来た。肉を中心とした料理が多く、炒め物、蒸し物、煮物と色々な料理が並ぶ。それをまず、毒味のために李珀が全て少しずつ食べていく。二日酔いなのに、可哀想だなと思っていたら、途中で力尽きたように動きが止まってしまった。隆盛が肉や脂の多い料理ばかり頼むからだ。

 あと数品残っているのだが、顔色の悪い李珀にはもう厳しそうだ。雪が毒味をしても良いのだが、雪は後から効果の出る毒を味で見分けることができない。それをできるのが、ここでは李珀だけなのだ。隆盛も出来るだろうが、それでは元も子もない。


「…問題ない。」


 どうしたものかと、悩めば隣からそう言われて雪は翠を見る。彼は残りの料理を口にして、問題ないと言っていた。


「問題ないって…毒が入ってないって分かるの?」


 今度はコクンと頷く翠。


「すごいね、翠。」


 褒めると何だか嬉しそうな顔をする。雪が可愛いなと思えば、不満そうな顔に変わる。


「じゃあ、頂くか。」


 隆盛はそう言って、料理に手を伸ばした。雪もお腹が限界で、目の前にあった炒め物に勢いよく手を伸ばして口に運んだ。



 李珀以外はお腹がいっぱいになり、雪は幸せな気分で店を出る。さすがに悪いと思ったのか隆盛はあの後、李珀に野菜や果物で作った飲み物を買ってあげていた。


「俺は少々調べ事がある。悪いがお前たちは適当に時間を潰してくれ…と、言いたいところだが、雪。」

「なぁに?」

「李珀が辛そうだから、翠を借りていくぞ。悪いが、こいつの看病を頼みたい。適当な店で休んでいてくれないか?」


 匂いと脂に、気持ち悪くなってしまったのだろう。もう立っているのも辛そうな李珀に雪は隆盛を責めるように睨んだ。


「悪いと思ってる。」

「本当に?」

「ああ。」


 これ以上隆盛を責め立てても仕方ないと思い直し、雪は少し先に見つけた茶屋で李珀と留守番することにした。

 ただ待っているのも店に悪いと思い、雪はお菓子とお茶を頼む。


「お嬢ちゃん、お連れさん具合悪そうだけど、大丈夫かい?」


 そう声をかけてきたのは店の主人で、頼んだお茶と菓子を運んできたところだった。接客の仕事が長いのだろう。優しい印象を与える目元に、和ませてくれるような笑顔をしている。彼はお茶とお菓子を机に置きながら、心配そうに李珀を見る。


「二日酔いなの。」

「ありゃ、それは自業自得だね。お兄さんかい?」

「え?ええ。本当は今日、剣舞を見る予定だったのだけど…」

「これじゃあ、無理だろうね。」


 可哀想にと今度は雪を見る店主。雪は怪しまれないようにと、あえて李珀を見てむくれた。


「お嬢ちゃんも災難だったね。じゃあ、家はこの近くなのかい?」

「い、いいえ、兄が帰って来ないものだから、迎えに来たのよ。家は中心街の方なの。」

「それは、大変だったね。何もないところだけど、ゆっくりしてお行きなさいな。」

「ええ、そうさせてもらいます。…あっ、そうだ、一つ聞いても良いですか?」

「何でも、私が答えられることなら。」

「この集落の先に見える屋敷は何ですか?珍しいですよね、こんな郊外にあんな大きな屋敷があるのって…」


 雪の言葉に店主は一瞬だけ笑顔を忘れた。でも、すぐに営業用の笑顔に戻る。

 恐らくだが隆盛はあれを見に行ったのだろうと、雪は考えていた。だから、尋ねてみたのだがどうやら的中のようだ。雪は心の中だけでほくそ笑む。


「さぁ…詳しいことは知らないけど、この先を管理している奏任官の恵淑様が、たまに訪れていると聞くね。だから、彼の所有している屋敷なんじゃないかな?」

「そこって、荷馬車とか定期的に通ったりしてる?」

「ああ、人が住んでるんだろうからね。出入りはあるみたいだよ。」

「じゃあ、その荷馬車がなに運んでるか知ってる?」


 店主は笑顔を失ったように見えた。でも、それを隠すように口元を押さえた。


「いや、知らないね。食べ物とかじゃないかい。」

「そうだよね。変なこと聞いてごめんなさい。馬車が通ったのを見たから、気になってしまったの。兄が朝からこんなんだし、帰りたくても、馬車を出してくれた知り合いの用事が終わらないと帰れなくて…。もし、余裕があるなら一緒に乗せてもらえないかなって考えてね。」

「そうだったのかい。うーん、恐らく官吏様の馬車だからね。それは難しいと思うよ。」

「そうよね…仕方ないから馬車を待つことにするわ。」

「それが良いさぁ。とりあえず、ここで休むと良いよ。せっかくだ、ここの名物でも食べて、旅気分だけでも味わっておくれ。」


 そう言って、主人は台所へと消えていった。

 店主は何かを知っている。雪はそう確信していた。だけど、ここで大事には出来ないし勘繰られても困る。

 雪はそんなことを考えながら、机に置かれた東刃でしか食べられないという、小豆で作られた練り菓子を口に運んだのだった。



 隆盛たちが戻ってきたのは、夕方より少し前。雪は暇すぎて、お菓子を何種類も頼んで食べていた。ちょうど隆盛と翠が戻ったときに、もち米に小豆を練り込んだ菓子を食べようとしていた所で、翠と目があった。翠もかなり甘いものが好きなようだと見ていて知っていた雪は、自分ばかり食べているのも可哀想かと思って団子を皿に戻す。でも、空いた皿には言い訳ができない。

 そう思って雪は居心地悪く、翠に何か嫌味の一つでも言われるかと身構えるが、何も言ってこなかった。呆れたような馬鹿にしたような視線すらこちらに寄越さない。不思議に思って彼を見ると、何だか様子がおかしい気がする。気のせいか、少し手が震えている様にも見えたのだ。


「待たせて悪かったな。」

「ううん。大丈夫。それよりも、調べものは?」

「うん?あ、ああ。終わったぞ。」

「なら、後は帰るだけかな?」

「ああ。何かあるのか?」

「ううん。ここのお菓子が美味しかったから、お土産にしようかと思ってね。」


 そう言って、雪は店主に土産用のお菓子を包んでもらったのだった。


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