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第4章 学舎と子供

更新:2021.10.20

 城から伸びる道は四本あり、それぞれ東西南北の国へと繋がっている。今日行くのは、北に伸びる道から行ってすぐの街だった。

 羅芯の城は小高い丘の上に建っており、そこから一本しかない坂道を下ると、城を囲むように先程言った四本の道が広がる。そこから、どの道も数刻ほど歩けば、城門にぶつかる。城門までの土地が、羅芯城だ。

 かなり広いと思うかもしれないが、そこには城で働く者たちの住まいがあるのだ。家々が建ち並び、店なんかも色々あるので、これも一つの街のように見える。

 もちろん、それ以外の住人もいた。これは羅芯が難民を受け入れているためだ。難民に衣食住の補助をして、暮らしていけるように助けている。そのまま住み着く者も多くて、羅芯はここまで広がったのだ。

 そんな中を雪と翠は歩く。雪は珉玉と会えるとあって、上機嫌だった。珉玉は雪より数個だけ年の離れたお姉さん。気さくで面倒見が良い。

 彼女は学舎にいるのだが、色々な理由で親と一緒にいられない孤児を、預かり育ててもいた。学舎では家のある子どもは通いで、家のない子どもには学舎が家代わりとなっている。基本的にはどこの国も、同じようになっているはずだ。そして、国は必ず学舎に援助金を出している。

 時折、近況などを聞きに行く隆盛について学舎へ来ることがあった。それで、比較的歳の近い珉玉と気が合い、仲良くなったのだ。

 最近は会えていなかったので、久しぶりに会えると雪は心が弾んでいたのだ。


「ねぇ、翠。今から行く学舎は知ってる?」


 翠は首を左右に振って、知らないと伝えてくる。


「学舎は、基本的には子どもが、生きていくのに必要なことを学ぶ場所。翠に教えてる文字もそうだけど、それだけじゃなくて商売の方法や病気の知識とか、たくさんのことを学べるのよ。必要があれば、官吏になるための勉強も出来るわ。」

「官吏?」

「ええ、基本的に官吏は推薦状がないと、就くのは難しいと言われてるけど、必ずしもそうじゃないの。特に羅芯はほとんどが試験制よ。推薦もない訳じゃないけど、推薦された者も試験や面接を受けるわ。隆盛がそうしたの。」


 無言だが感心しているようにも見える。


「さっき、基本的には子どもが通うと言ったけど、学び直したい人や、事情があって子どもの時に学べなかった人も、通っていることがあるから大人もいるわ。翠も学んでみる?」

「…いい…雪から教わる。」


 “私に教えられるかなぁ?”


 なんて、不安を感じながらも、ちょっと、嬉しい気持ちになる。


「学舎には孤児が暮らせる家もあって、今日会う珉玉は、そこの長なのよ。とても明るい人でね…」

「こらーーー!!!」


 声に驚いて雪は飛び上がる。隣にいた翠も、さすがに驚いたようだ。

 目の前にはもう学舎の門があり、それは開かれていた。そこから飛び出てきたのは、五、六歳の子どもが数人。一人だけ捕まったようで、飛び出してきた数人も動きを止めた。捕まった子どもは、襟を掴まれて動けない。


「どんくさいなー。」

「ど、どうしよう?」

「えー、せっかく逃げ出せたのにぃ。」


 子どもたちが口々に言って、どうするかと相談し始める。捕まった子どもは半べそをかいて助けを求めるが、掴んでいる人間が怖いようで全員が様子を伺っていた。

 雪はその人物を見つけて、パァッとひとり顔を輝かせる。


「珉玉!」


 子どもを掴んでいた珉玉が、声に気づいてこちらを見た。子どもたちも声の主を振り返えり、皆がその表情を明るくする。


「雪!」


 そう言って駆け出してきた子どもたちに雪は囲まれる。


「皆、元気だった?」

「うん!」

「遊びに来たの?」

「うーん、それもあるけど…珉玉に届け物があって来たのよ。」


 思い思いの言葉を発していた子どもたちが、雪の言葉で思い出したと言わんばかりに、ビクリと身体を強張らせて恐る恐る後ろを振り返る。

 目の前には静かに立っている珉玉の姿。子どもたちは、ゆっくりと視線を上げていく。

 珉玉は微笑んでいるのに、ちっとも笑ってない笑顔を向けた。私でも怖いと思うその笑顔を見て、子供たちが息を飲んだのが分かる。


 ゴンッ!


 子気味良い音が三度聞こえて、子どもたちが頭を押さえて涙目になっている。珉玉の拳骨が落ちたのだ。


「痛ぇな!」

「あんたが悪いんでしょ、白斗(はくと)。掃除当番はどうしたのかしら?」

「知らねーよ。鬼ババ…」


 文句を言ったのは、白斗という少年。珉玉は容赦なくもう一撃食らわせる。今度はさらに力が入っていたように見える。

 白斗は頭を押さえて屈み込んでしまった。


「まぁまぁ、珉玉その辺にして…ほら、皆。お菓子持ってきたから、一緒に食べよう。準備をお願いね。」


 そう言うと全員が、痛みなんて忘れたように、雪が手にしていたお菓子を奪うようにして取り上げると、母屋に向かって駆け出してしまう。


「雪!あんたはこいつらを甘やかし過ぎだよ。」

「まぁ、良いじゃない。それに……白斗。」


 名を呼ぶと、白斗だけが立ち止まってこちらを振り向いた。


「掃除するよね?」

「えっ?」

「悪い子に…お菓子はあげられないんだよね…」


 頬に指を当てて困ったようにして言うと、白斗は焦りの色を見せる。


「や、やるよっ!」

「本当かなぁ?」

「ほ、本当だよ!」

「じゃあ、白斗は掃除が終わるまで、お菓子はお預けね。」


 ニコリと微笑む。隆盛から悪い子に、お菓子はないのだと雪はよく言われていたのだ。だから、掃除をしない悪い子にお菓子はあげられないので、白斗が分かってくれて良かったと雪は思う。

 白斗は慌てた様子で駆け出すと、他の子どもたちを追い越して、急ぎ掃除を終わらせに向かった。


「お前…怖いな。」


 翠は雪にだけ聞こえる声で言う。だが雪は意味が分からず首をかしげると、彼はブルッと身を震わせている。なぜそんな反応するのかよく分からず疑問に思っていると、珉玉が呆れたように声をかけてきた。


「相変わらずの天然だね。あの白斗を震わせるのだから、恐れ入ったよ。」


 そう言われても、雪にはやはり分からない。抱いた疑問の答えを求めて翠を見るが、彼は身を竦めて、さぁ?と、とぼけるだけだった。


「久しぶりだね、雪。数ヵ月ぶりかな?」

「ええ、珉玉は元気そうね。」

「も、でしょ?」


 ニッと笑って珉玉は言うので、確かにと言って雪も笑顔を返す。


「彼らも元気になったの…かな…。あんな様子が見れるなんて思ってもいなかったよ。」

「…ああ。そうだね。」


 答える珉玉は少しだけ遠い目をする。


「珉玉?」

「えっ?あ、ああ。彼らがあんな風に笑うのも、最近になってからだったから。何だか思うところもあって…。」

「そうだったのね。…大変だった…よね。」


 手伝えなかったことに、罪悪感を覚える。雪は自分の事ばかりで、彼らのためにと率先して動いたことはなかった。ここまで彼らの心を開いたのは、紛れもない珉玉の努力の賜物だろう。

 それを後悔している自分がいることに今更ながら気がつく。


「雪が気にすることじゃないよ。私は大丈夫。」

「うん、ありがとう。」


 言われた言葉に寂しさを感じたが、雪は表に出さずに微笑んだ。


「とりあえず、あがって。話もあるしさ、お茶くらいは出すから。」


 笑って言う珉玉に雪も笑顔を返し、子供たちのあとを追うように学舎へと入っていった。


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