第13章 玉廉と雪華
更新:2022.10.19
今回は高秦視点です。
高秦たちは首都、晴嵐から馬で掛けてその日の陽が沈む前には、玉廉の屋敷がある雲山へとたどり着いた。
綾という雪の補佐をしているという官吏は、晴嵐に置いてきていた。
雪に良いのか?と聞いたところ、彼女には晴嵐でやることがたくさんあるのだと言っていた。
まぁ、雪の雰囲気からして押し付けてきた、と言った方が良さそうだったが。
屋敷の前まで行くと、いつもの門番がこちらに気付いてくれる。
「高秦だ。すまないが、玉廉様に会いたいという客人をお連れした。急で申し訳ないが、玉廉様に会わせてもらえないだろうか?」
屋敷の門番にそう声をかけると、一人が慌てて屋敷の中に消える。
すると、すぐに屋敷の中へと案内され、客間に通された。部屋の中央に置かれた椅子へ雪を座らせると、その少し後ろに翠が控える。高秦と葉蘭は向かいの長椅子へと腰を下ろした。
急だったので、長く待つ覚悟をしていたのだが、思ったよりも早く扉が叩かれる。高秦と葉蘭は立ち上がり、入ってくる人物を出迎える。
部屋に入ってきたのは、高秦たちにとって恩人である玉廉だった。玉廉は年配の女性だったが、背筋が良く、すらりとした品のある綺麗な人だ。
だけど、今は相当慌てた様子で、身なりも崩れかけていた。
玉廉には珍しい光景だった。
そんな様子に驚いていると、高秦はさらに驚かされることになる。
「この度は私の不徳のいたすところで、陛下には多大なるご負担をお掛け致しました。」
玉廉が平伏しそう述べるのは、目の前の椅子に腰掛ける少女だった。普段から誰に対しても、丁寧な玉廉だが、今日は最上級じゃないかと思うくらいいつもと違った様子に驚いた。
そして、改めて彼女が羅芯の王なのだと感じた。ただ、高秦には疑問が生まれる。
門番に誰が来たって伝えてないのだ。客人としか伝えなかったのに、なぜ彼女が、どう見ても子供にしか見えない少女を、羅芯の王だと気付いたのだろうか?それは、雪も同じだったようで、不思議そうな顔を玉廉に向けた。
「ほう。よく私が羅芯の王だと、気が付いたな。面識はなかったはずだが?」
「高秦に何か不都合が出た際には、馬を使用してでも、ここにすぐ来るように伝えておりました。高秦たちの行いが、官吏の目に留まる可能性を、想定しておりましたゆえ。
そして先程入ってきたのは、晴嵐での出来事についてでした。それらを踏まえて、晴嵐にいたはずの高秦が、この時にわざわざ馬で急ぎ客人を連れて来たことを考えると、それは高等官か王でしかあり得ないのです。
ですが、空南の官吏や黎夕殿下ではないのは、門番の様子から分かりました。それで…」
「雪華だと思った。というわけか。」
「作用でございます。」
「大したものだな。」
雪の言葉に玉廉は、さらに深く頭を下げた。高秦と葉蘭は戸惑い、雪と玉廉を交互に見る。
「ちょっと、私たちも平伏した方が、良いんじゃない?」
隣にいた葉蘭に小突かれ、小声でそんなことを言う。実際、高秦もどうしたら良いのか戸惑っていた。
雪は高秦たちと話しているときとは、違う声色で言葉を紡いでいる。雰囲気も全くといって良い程に違う。まるで別人のようだ。
晴嵐で、蓮季を裁いている時もそうだったが、彼女は王としての役目を果たすときに、このようになるのだろう。
それは、本人にも自覚があるようで、ここに来るまでの道中で、他言無用と口止めされたくらいだ。
そんなことを考えていると、雪と視線が合う。
ドキリと胸が高鳴るのが聞こえてくる。同じ人物のはずなのに、目が奪われる。雪華の青藍の瞳は、全てを見透かしているのではないかと、錯覚させる。
雪は可愛いなと思うような少女なのに、今の彼女には一欠片も可愛さを感じられない。畏怖という言葉が正しいのか分からないが、冷たい視線に心ごと射貫かれた、不思議な気分になった。
「い、いや、俺たちも平伏した方が良いのかなって…」
高秦は声が上ずってしまう。全く俺らしくないと、内心自分に呆れていた。
「必要ない。二人には色々と働いてもらって、疲れているだろうから座っていなさい。…玉廉、構わないだろう?」
「もちろんでございます。彼らは私にとっても、民を支援してくれた大切な客人でございます。」
「だそうだ。座りなさい。」
言われて高秦と葉蘭は座り直す。何だか調子が狂うなと、高秦は思った。
「話を戻すが、そなたのお陰で多くの民が助かった。旅民を使って支援をすることで、空南の王や蓮季の目に留まることもなかった。」
「は、はい。」
高秦は再び違和感を覚える。目の前にいる雪華は、玉廉を称賛しているようには見えなかったのだ。
玉廉も気付いているのだろう、喜んでいる様子はなく声が緊張で掠れていた。
「だが、そのせいで飢饉が問題視されなかったとも考えられないか?」
「なっ!」
高秦は思わず声を上げていた。だが、雪華は気にした様子もなく続ける。
「そなたが、民を助けずにいたら、もっと多くの犠牲者が出ていたであろう。だが、それと同時に事は大きくなり、黎夕や私の耳にも入っただろう。そうすれば、国も動かざるを得なくなる。そして、蓮季は私に罰せられ、国は変わっていただろう。」
「…。」
玉廉は反論をせず無言のまま雪の言葉を待った。
「私が今回の火の粉に気付かなければ、空南の飢饉が長引いていた。そうは思わないか?玉廉。」
「陛下のおっしゃる通りでございます。」
「ちょ、ちょっと待ってくれ!つまり、ゆ…雪華様は、玉廉様が何もしない方が良かったって言いたいのか?」
高秦の疑問の言葉に雪と玉廉がこちらを見る。玉廉の表情は読めなかったが、雪は笑っているように見える。高秦はその態度に腹が立った。
「それはあんまりじゃないですか!」
「高秦、お止め。」
「ですが!民のためにと玉廉様は策を講じたのに、なぜ責められなければならないのです!?」
「その策のせいで、飢饉が長引いたかもしれないと話しているのだ。そうすれば飢え死にするものは、同じくらい膨れ上がっていただろう。それはあまりに無責任ではないか?」
「玉廉様の行いは、無責任などではありません!そんなことを言ったら、何もしなかった、蓮季と空南の王の方がよっぽど無責任ではないですか!」
「そうか?玉廉は勅任官なのだぞ。自国の王を諫めるのも、勅任官の務めではないのか?」
「そ、そうかもしれませんが…それなら他にも勅任官はいるでしょう?なぜ、玉廉様だけが責められるのです!そんなの、おかしいではありませんか!!」
高秦は怒りのままに言葉をぶつけていたので、次の雪の言葉を一瞬理解できなかった。
「ああ、私もそう思う。」
茶化している訳でもない様子の雪は、真顔でそう言った。訳が分からず、玉廉を見ると、あきれ果てた様子でため息をついていた。
「私はお止め。と言いましたよね?高秦。」
高秦は玉廉を怒らせたのだと知る。みるみる顔から血の気が引いて行くのが自分でも分かった。どうやら自分はやらかしてしまったようだ。
「クックク…いじめ過ぎたか?」
「いえ、高秦にはこのくらい良い薬です。」
二人の会話についていけず、二人を交互に見ていると雪が高秦の名を呼ぶ。
「高秦。私は玉廉の行い自体を咎めるつもりはなかった。だが、高秦の発言でそういう流れになったのだ。高秦の何でも言えることは決して悪いことではない。だが、時と場合を考えないと悪い方に転がるのだ。それを理解しなさい。」
「…。」
叱られている子供の様だろうなと、高秦は自分で思いながらも俯いた顔を上げることが出来なかった。なにも言えず高秦が静かになると雪は玉廉を見る。
「だが、玉廉は慕われているのだな。お前のことをこんなにも思ってくれているのだ。分かっていると思うが、どうか大切にして欲しい。」
「はい。私にとって、かけがえのないものですから。」
二人の穏やかな声に高秦はやっと面を上げる。すると、雪がこちらに視線を向ける。それは先ほどまでの鋭いものではなかった。
「ちなみにだが、私が飢饉に気付かずとも、彼女は次の策を練っていたぞ。そうだな、玉廉。」
「は、はい。陛下のお察しの通りです。」
突然振られて、玉廉は戸惑いながらも答える。手で顎を触ると、どう話すかと考えているようにも見える。
「…蓮季を討つつもりだったのだろう?」
「そこまでお見通しでしたか。」
さすがの玉廉もこれには驚いたようだった。
「この雲山で人や金、物資の動きが活発になっていたからな。」
「気付かれないようにと動いていたつもりだったのですが…」
「私はまわりに恵まれているからな。」
そう言った雪は視線だけを翠に向ける。それは一瞬で、気付いたのは、彼女を見ていた自分だけだったと高秦は思う。
「それはそうと、玉廉。そなたにはこの屋敷を出てもらいたい。」
突然何を言い出すのかと、声を上げそうになった高秦は慌てて口を手で押さえた。
今注意を受けたばかりなのだ。
誤魔化すために、欠伸を噛み殺すふりをして見たが、雪には気付かれたのだろう。クスリと笑われてしまった。
一方で玉廉は、何を言っているのか分からないという表情をして、雪を見ている。
「へ、陛下、それはどういう…」
「ああ、そなたには晴嵐に転居してもらいたいのだ。」
「それは、蓮季の代わりということでしょうか?」
「いや、そなたを親任官に推挙する。」
「え?」
“親任官って、ずっと空席だと聞いていたけど、そこに推挙?羅芯の王がか?”
疑問に感じているのは高秦だけじゃない。全員が戸惑った様子だ。
「羅芯の王が他国の官吏を推挙できるのですか?」
疑問を口にしたのは隣にいた葉蘭だった。
「羅芯の王が、他国の王を退位させたり推挙したりはできない。法で禁忌とされている。だが、他国の官吏を推挙してはならないとは書かれていないからな、問題はないだろう。」
「は、はぁ…」
こういう場ではしっかりしている葉蘭には珍しく、それで良いのか?と、顔に書いてあった。
「私が親任官ですか」
「そなたなら黎夕を支えてくれると思ったのだ。」
「もったいないお言葉です。」
「受けてくれるか?」
「もちろんでございます。ありがたく拝命いたします。」
そう言って玉廉は深く頭を下げたのだった。




