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第10章 民と官吏

更新:2022.10.19

 仰々しい一団が広場まで来ると、兵士は整列して籠の左右に別れて起立する。一人の兵士が恭しく御簾を上げると、籠から蓮季が降り立つ。絹に織り込まれた金糸が、風が吹く度に揺らめき太陽の光を反射させて目に痛い。


「本日はどのようなご用件でしょうか…蓮季様。」


 丁寧な口調で言葉を口にしたのは春鈴。皆が不安そうに様子を見ている中、彼女は怯む様子もなく対応している。


「我が屋敷に、不法に入った者がいたと報告を受けたのだ。女、その木材はどうしたのだ?」

「はい。こちらは私どもの貧困を憂いて、官吏の方が持って来てくださったのです。」

「嘘を申すでない!!!」


 突然の大きな声にも春鈴は毅然とした態度で、蓮季を見ている。

 彼女は肝が据わっている。まぁ単に蓮季が敬意を払うに値しないと、思っているだけかも知れないが…と、雪は思う。


「と、おっしゃいますと?」

「私の屋敷から大量の木材が盗まれたのだ!そして、ここには大量に燃える木材があるではないか。」

「ですからこれは…」

「ふざけるなッ!!お前たち愚民が盗んだのだろう。ぬけぬけと嘘などつきおって!!」

「だから…」

「止めぬか!見苦しい!!貴様は陛下の御前で妄言を吐くか!!」


 蓮季の言葉に、春鈴はもう一つの籠へと視線を移す。すると籠の御簾が上げられて、空南の王が降り立った。黎夕は蓮季の少し後ろまで歩いて、立ち止まる。


「陛下の御膳であるぞ!」


 蓮季の言葉が響く。春鈴は王の姿を見てブルブルと体を震わせると、崩れ落ちるように平伏した。


「これでもまだ嘘を申すか!」

「と、とんでもございません。」


 さらに突っかかろうとする蓮季を黎夕が手で制すると、落ち着いた声で春鈴に真実を話すように促した。


「娘よ。名は?」

「し、春鈴と申します。」

「そうか。では春鈴、この木材をどうしたのか?話してくれないだろうか。」


 彼女は震える声で答える。


「陛下、畏れながら申し上げます。私共は、あの燃料を蓮季様の屋敷より拝借いたしました。ですが…」

「やはりおまッ…」

「蓮季。私は彼女に話を聞いているのです。…続けて。」

「は、はい。ですが、私共も生きるために仕方なかったのです。このままでは、飢えて死ぬしかございませんでした。食料が底をつき、唯一与えられた食料は、加熱をしなければ食べられません。

 ですが、その燃料は手元にないのです。」

「そう言えば心優しい陛下が憐れんで、罪が軽くなるとでも思うておるのか!?」

「い、いえ!滅相もございません。ただ、へ、陛下にひ…」


 ここで春鈴が言いよどむ。言い辛そうにして雪の方を見た。彼女には荷が重かったかと、雪は反省する。しかも話す相手が蓮季ではなく、黎夕になってしまったからなお悪い。

 雪が彼女に頼んだのは蓮季を挑発して怒らせることだった。そして黎夕にそれを諌めさせるのが、雪の作戦であり、それを民が見ることで黎夕の印象を変えられれば良いと思ったのだ。そして、最後は蓮季の悪事を暴いて捕らえるという筋書きだ。

 多少はその様子を見せることは出来たが、心に残る程ではない。もう少し様子を見たかったが、難しそうだと雪が思い、諦めようとした時だった。

 雪の隣から影が飛び出てきた。


「畏れながら、陛下に申し上げます。陛下に人の心がございますれば、今回の件に対して、寛大なご処置を賜りたく、お願い申し上げます。」


 春鈴に並んで平伏したのは、石楠だった。地に着いた手は震えている。だけど、声はしっかりと聞こえていた。恐らくは春鈴を助けるためにやったことなのだろうが、雪にとっては好都合だった。


「陛下に対する何たる無礼!この場で打ち首に…」

「蓮季!勝手なことをしないでください!」

「で、ですが、陛下…」


 こんなに大きな声を出す黎夕は初めて見たのだろう。目の前にいた勅任官である男は狼狽していた。


「立場を弁えるのは、あなたの方です。」

「…クッ」


 否定は許さないという様子の黎夕に、蓮季は押し黙る。その顔は不満に満ちたものだった。

 黎夕は前に出ると二人の前で屈んで、手を差し出して表を上げるように言う。


「そなたの名は何という?」

「石楠と申します。」

「では、石楠と春鈴。お二人に尋ねたい。蓮季の屋敷には、燃料となる木材が保管されていたのだろうか?」


 黎夕の問いに、石楠と春鈴は顔を見合わせる。


「へ、陛下!」

「私はお二人に尋ねているのです。少し静かにしてください。蓮季の屋敷からあの木材を、持ってきたのですよね?」

「は、はい。」

「蔵に木材は、どのくらい保管されていたのだろうか?」

「え、えっと、いっぱいの木材が隙間なく埋まっている状態で…量としては、ここにいる民が全員飢えずに済む量がありました。

 あの量の燃料をこの辺り一帯に配れば、食糧蔵に残っている食材を利用して、飢えをしのげます。」


 春鈴の言葉に黎夕は静かに頷いた。そして蓮季を振り向く。その視線は普段の黎夕からは想像できない程で、傲慢な蓮季ですら逆らうことが出来なかった。


「これは、どういうことですか?蓮季。」

「そんな下民の言葉を信じると言うのですか?」

「彼らは下民ではありません。私たちが守るべき民です。」

「何をおっしゃるかと思えば、税金すら納められないを民と同じにしては、税金を納めている者に失礼と言うものです。」

「蓮季、貴方は…」


 黎夕が怒りから哀れみの目に変わる。

その時だった

 ヒュンと飛んできた石が、兵士の頭に鈍い音を立てて当たった。兵士が倒れ込み頭を抑えると、地面を血の雫が垂れる。

 近くにいた兵士たちが駆け寄り、声をかけ手当てをする中、他の兵士たちが一斉に弓矢や剣を構えた。それは守るべきはずの民に向けられる。

 もしここで兵士が民を攻撃すれば、内乱は避けられなくなる。それが分かっているから、雪は刺激しないように様子を伺った。

 誰もが動けないでいる中、再び石が投げられた。

 それは兵士の足元に落ちるだけだったが、当たりそうになった兵士は構えていた矢を手から離してしまう。

 矢は一直線に、蓮季と対峙していた春鈴に向かって飛んだ。


「いけない!」


 叫び手を伸ばすが間に合わず、矢は雪の手を掠め、春鈴の頭に向かって勢いを失わないまま飛ぶ。

春鈴は身体が動かなかった。

 矢が目の前に迫りもうダメだと思った時、自分の視界が黒く染まった。実際は違ったが春鈴は感じたのだ。

 黒く見えたのは人の影で、矢は飛び出てきた人物に突き刺さった。


「柑都!!」


 駆け寄ったのは妻である石楠。柑都の腕に刺さった矢を抜くと、傷口に口を当てて血を吸い出して地面に吐いた。

 恐らくは毒矢だったのだろうと、雪は投げ捨てられた矢を見て確信した。


「大丈夫!?あなた、しっかりして!!」


 石楠の叫び声に雪がそちらに目を移すと、彼女は手際よく布を柑都の腕に巻いていく。


「しゃ…くな。」

「あなた!」


 弱々しい夫の声に石楠は涙を流した。柑都の頬に手を当てて優しく撫でると、すとんと意識を失ったのか柑都の身体が落ちた。

 死んだ訳ではない。毒で死ぬなら口から泡を吹くなどの症状があるからだ。


「綾さん。」


 其れを確認してから雪が声をかければ、綾は石楠たちの方へと向かった。

 石楠たちは綾に任せて、蓮季の方へと視線を戻すと、黎夕が衝撃を受けたような青ざめた顔をしていた。


「毒矢?民を守るべき兵士がそんなものを…」

「使って何が悪いんです?必要だから用いているだけですよ。」


 しれっと答える蓮季に、黎夕の手が震えているのが雪には分かった。


「毒矢の許可など出した覚えはありません!」

「許可なんて取る必要ありませんよ。お飾りの王に何ができると言うのです?」


 蓮季の言葉に迷いはなかった。王に対する不遜だろうが、もう関係ないのだろう。

 雪はそんな蓮季の態度に違和感を感じていた。それは何かを諦めて自棄を起こしているようにも見えたからだ。だから、雪は何かを諦めたような蓮季のため息を聞き逃さなかった。


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