表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/85

第6章 晴嵐と芋

更新:2023.4.10

「やっと見つけた。」


 広場から離れた脇道の奥。人通りはなく、木で造られた家の壁と壁に挟まれた小道は不気味な程に静かだった。

 ここなら見つからないと思ったのに、葉蘭に後ろから声をかけられて、高秦は情けないと思いつつも拗ねた子供のような態度を取った。


「何だよ、葉蘭。手伝わなかったことなら謝るって」

「それもだけど、忠告しに来たのよ。あんた、あの二人に色々聞かれてたわね。」

「…ああ。あいつら、俺たちが蓮季に雇われていると、思ってたみたいだ。」


 その言葉を聞いた途端に、葉蘭は怖い顔になる。


「はぁ?何よそれ。」


 自分に対してじゃないと分かっていても、怒った葉蘭は怖いと思いながらも、死んでもそんなことは口にしないとギュッと口を引き結んだ。


「どんな冗談なの?笑えないわよ、高秦。」

「だよなぁ…。とりあえず全力で否定したけど。」

「あんたまさか、本当の雇い主の名前言ったんじゃ…」

「な、何にも言ってねーよ!」

「なら良いけど。あなたは口が軽いから。」


 高秦は機嫌を損ねて、口をへの字に曲げる。だけど葉蘭はそんなこと気にした様子もなく続ける。


「でも、あの二人変よ。あんな肉付きの良い子供、今の空南にはいないわ。」

「そう思って、俺も声をかけたんだ。で、お前に邪魔されたと」


 高秦は途中で言葉を飲み込んだのは、葉蘭にじっと睨まれたからだ。怒りの矛先が自分に向きそうだと感じて、高秦は反論を諦める。


「でも、悪い奴には見えなかったんだよなー。」

「確かにそうね。悪さをする人の顔じゃなかったわ。」


 あっさりと同意した葉蘭は、声をひそめて言葉を続ける。


「だからって油断は禁物よ。官吏にでも目をつけられたら…」

「ああ、分かってるよ。」

「高秦、本当に分かってる?あなたって、本当に心配なのよね。」


 葉蘭の言葉に、いつもこうだと高秦はふて腐れる。まるで自分が子供のような扱いを彼女はするのだ。もう子供じゃないんだ。考えて行動できるのに…。


――――高秦は孤児だった。母親が育てられなくなって郊外の森付近に捨てたのだ。それを拾ってくれたのが、葉蘭がいる旅民だった。

 葉蘭はこの一団で生まれた生粋の旅民。旅民ってのは、来るもの拒まず去る者追わずなのだ。好きな時に入って来て一緒に過ごしていた者が、定住場所を見つけて去ることなどざらにある。大体は他所で伴侶を見つけて一団を去る者が多かった。

 だが、葉蘭は両親そろって旅民なのだ。大人に囲まれて育ったからなのか、彼女は年齢よりも少し大人びていた。小さい頃なんかは、同じ年頃なのに、高秦の面倒をよく見てくれていた。その頃の高秦は言葉もままならず文字も書けなかったので、葉蘭が先生となって教えてくれたんだ。

 そのせいなのか、未だに子供みたいに扱ってくるのだ。




「もう子供じゃないんだ…。」

「何か言った?」

「何でもねーよ。」


 うつ向いたままフイッと顔を背けて、これじゃあ子供だなと高秦は自嘲する。


「私の言葉聞いてた?」

「わ、わりぃ…」


 いつもの調子に戻して、へらっと笑い頭をかくと、葉蘭は諦めたのかため息だけついて怒ることはなかった。


「全く…。あの二人、一応調べた方が良いかもよ?って言ったの。」

「雪と翠だったか。…そうだな。伝えておく。」

「頼んだわ。…じゃ、とりあえず、戻りましょ。」


 葉蘭はそう言って、高秦の手を引くと広場へと戻った。



□□□□□□◆□□□□□□◆□□□□□□



 その頃、雪と翠は食糧をもらった後、その足で蓮季の住む屋敷の前に来ていた。今は、外套を羽織り顔が見えにくいようにしてある。前に会っているから念のための対策だ。

 城下町の晴嵐は本来なら親任官の管轄なのだが、どうも蓮季が今は取り仕切っているようで、我が物顔で親任官の屋敷に住んでいるらしい。

 

 目の前の屋敷は木造で、木彫りなどが目立つ豪華な造りをしていた。広い面積を使って建てられた屋敷は、城ほどとは言わないがかなりの大きさがある。

 その門の前には門番が立っている。ムスッした表情は人を近付き難くさせていた。

 雪は躊躇いなく前へと進む。雪に気付いていた門番は、こちらに向かってくるのに表情は変えない。目の前まで行くと、その門番は重々しく口を開いた。


「何用だ?」

「蓮季様はいらっしゃいますか?」


 門番は反対側にいるもう一人と顔を見合わせる。


「蓮季様ならご不在だ。」

「え?そんなはずないですよね。」


 門番は眉をひそめる。


「いないものはいない。さあ、帰った帰った!」

「会わせてください!!お話ししたいことが!!」


 わざと大きな声で叫ぶと、門番は慌てる。

 やはり屋敷に蓮季がいるのだろう。

 しばらく騒いでいると、門が開かれた。扉の向こうには植えられている冬果がチラリと見えた。

 その景色を遮るように、中から出てきたのは蓮季だった。彼はとても不機嫌そうな顔をして、雪を睨み付ける。


「何事か!屋敷の中まで響き渡っているぞ!」

「も、申し訳ございません!この子供が蓮季様に会いたいと騒ぎ立てまして…」

「こんな子供も追い返せないのか!!私は今忙しいんだ!!」


 そう怒鳴り付けると、門番の持っていた鞭を奪い取る。パシン!と、威嚇するように雪の足元に打ち付けた。

 もちろん雪がそんなのに怯えるはずもなく、蓮季をしっかりと見て言葉を口にした。それはもう必死に食べ物を求める町娘のように。


「蓮季様!食べ物を分けてください!母が、病に伏してしまって…」

「ええい!うるさいうるさい!!黙れ!!」


 蓮季は鞭を振り上げてわめき散らすと、雪に向けて振り下ろした。雪に向けて放たれた鞭は勢いよく音を立てて向かってくる。


 バシッ!


 鞭の当たった音が響き、すぐに静けさを取り戻す。

 雪は視線を蓮季から外さなかった。

 痛みがないのは、翠が身代わりになってくれたから。


「これが、あなたのやり方なのですか?」


 雪は込み上げる怒りを抑えて、怯えた子供のような声を出す。


「忌々しいクソガキが。さっさと消え失せろ!」

「お、お止めください!!」


 慌てて駆け寄って来たのは細身の40代くらいの男性で、相当急いで来たのか、白髪混じりの短い黒髪を振り乱して、息を切らせていた。額には汗すら浮かんでいる。


「誰に口答えしている。」

「も、申し訳ございません。で、ですが今これ以上の騒ぎは…」

「うるさい!!誰のせいだと思っているんだ!!」


 耳鳴りが聞こえるほどの怒鳴り声に、男はビクリと身をすくませた。


「も、申し訳ございません!わ、私めの責任にございます。」

「分かっているならお前が何とかしろ!!」


「へ?」と男は間抜けな声を出して、蓮季を見上げた。

 蓮季は今にも血管が浮き出そうな程に、怒りを露にして眉間に皺を寄せていた。

そんな様子を見て、男は片手をもう片方の手で握り込んだりさすったりしている。


「お前が役に立たないから、こんな小汚い餓鬼が私の屋敷に来るのだ!」

「…」


 何も言い返せない男に、少しは気が晴れたのか、蓮季はやれやれとため息ともに屋敷の中へと戻ってしまった。

 蓮季の姿が見えなくなって男は翠に駆け寄って「手当てする」と言い、躊躇いなく自分の服を破いて翠の腕に巻いていく。血が滲むので男は少しキツく巻いた。


「ありがとうございます。」

「い、いえ、礼を言われるようなことは……」


 手当てを終えると、男は俯いてしまう。


「本当に申し訳ございません。」

「謝るくらいなら、反論すれば良いのに…」


 謝罪する男にボソリと冷たく言い放ったのは雪だった。

 声にしてしまった言葉に彼女自身も驚いて、慌てて口を塞いだが、それはもちろん彼の耳にも届いていた。

 気まずそうに雪が男を見れば視線が合う。その桔梗色の瞳は、少し動揺しているように動いていた。口も情けなく半開きでぱくぱくと開いたり閉じたりしていた。

 だからこそ、しばらくしてから答えた彼の言葉は、雪にとって意外なものだった。


「できることならそうしたい。」


 ボソッと呟いたつもりなのだろうが、翠の声に慣れている雪には、しっかりと聞き取ることができた。


「...えっ?」

「い、いえこちらの話です。」


 聞かれていないと思い込んだ男は首を左右に振って、それ以上はなにも答えなかった。


「それよりも、早くここから立ち去りなさい。彼が戻って来たら、もう私ではどうしようも出来ません。困り事があれば、石楠という女性を頼りなさい。」


 思わぬところで思わぬ人物の名が出てきて、雪は内心驚いていた。


「石楠さん?」

「ああ。旅民が食料を配っているのは知っているかい?」

「ええ。」

「その旅民と一緒にいることが多いはずだから、彼女が見つけられなければ、旅民に聞いてみなさい。」


 男の言葉に雪は素直に頷いた。


「ありがとうございます。えっと...貴方の名前を聞いても?」

「あ、ああ。名前は柑都」


 名前を聞いて雪はニッコリと笑顔を見せる。


「柑都さん、手当てしてくれてありがとうございます。」

「お礼なんていらないよ...ほら、早くここから立ち去りなさい。」


 柑都は手で雪と翠を追い払う。雪はそれに従うように、柑都に背を向けて歩き出す。

 まだまだ冷たい風が雪達の背から吹き付けた。なんとなくもう一度振り向いて、柑都を見ればもの悲しそうな憂いを帯びた瞳でこちらを見送る姿が目についた。ただ、雪が振り向いたからだろう。目を細めると小さく手を振った。風に揺れる金糸の入った衣が、夕焼け空にキラキラと輝いて見えた。



□□□□□□◆□□□□□□◆□□□□□□



 結局、雪が仏間へと戻ったのは次の日の夜だった。


 あの後、雪たちはすぐに城へと戻ったのだ。彼の腕は鞭で切り裂かれて、痛々しく腫れ上がっていた。

 たまたま見つけた薬草を磨り潰して、傷口に塗り適当な布で巻いただけの応急措置しかできていない。早くちゃんとした手当てをしてもらおうと、仏間の扉を開けようとしたところ、綾が鍵で開けて中に入ってきた。


 雪華を演じるのは明朝なので、綾がここに来る理由はない。なのにわざわざここに来たのは、街に出た雪がどれだけ髪や肌を荒らして帰ってくるかと心配してのことだろう。

 実際に聞けば、居ても立っても居られず仏間へと来ていたのだと綾は言う。


 “そんなに、私ってガサツなのかしら…?”と、思えば目の前にいた翠が頷くのを見て、雪は頬を膨らました。フンッと、そっぽを向いたら綾に座るように促される。


「こんなに荒らして…」

「あ、あの、翠の手当てをお願い!」

「手当て?怪我をしたのですか?なら、翠。先に手当てしますよ。」


 綾は翠を振り返り、怪我をした腕を見せるようにと催促する。それに対して、翠は珍しく怯えたように一歩下がった。ふるふると首を左右に振っている。


「いらない。」

「珍しいわね。どうし…」


 言いかけて綾は納得したように、ニヤリと笑った。綾が腕の手当てを見て笑ったように見えたが、雪にその笑みの意味は分からなかった。


「まっ、それは後でも良いでしょう。先に、雪のお手入れをしましょうか。」


 そう言うと、座っていた雪の前に来て髪を梳きはじめる。


「翠の手当てを…」

「大丈夫です。きちんと処置されていますから、雪の方が先です。」


 言い切る綾に、仕方なく雪は頷くしかなかった。


「…それで、欲しい情報は得られたのですか?」


 黙ったままでいると綾が問うので、雪は空南での出来事を伝えたのだった。


「蓮季…」

「綾さん知ってるの?」

「ええ。今は、あまり良い噂を聞きませんね。」

「今は?」

「ええ、空南の前王が任命したのですが、その頃は民のために良く働く官吏だったようです。

 羅芯にもその噂が届く程ですから、民にはかなり慕われていたのではないでしょうか?

 それが、現王の黎夕様に変わられてから、全く良い噂を聞かなくなりました。それどころか、何やら悪い噂まで聞こえる程で…嘘だと思っていたのですが、雪の話からして本当のようですね。」

「王がダメにしたということかしら…」

「まぁ、前王は名君と呼ばれる方でしたから、悪さも出来なかったのでしょうね。」


 綾の情報を聞いて、雪はうーん。と唸る。


「一応、もう少し調べてみようかな。」


 雪の言葉に翠が了解したと頷くのを見て、とりあえずは彼に任せることにした。


「あとは、燃料ね。」

「燃料ですか…」

「昨年の不作のせいで、燃料も足りてないみたい。」

「あぁ、それでクワイモを食べられないという訳ですか。でも、なぜ燃料も足りてないんでしょうか?」

「それがね…」


 雪は呆れた顔を綾に向けると、空南が不作にも関わらず税を下げなかったことを話す。

 物入りが少ないのに税はいつもと同じように払ったために、必要な燃料を買えなかったのだ。越冬もかなりキツイだろうと想像が容易い。


「空南にある燃料を、確認しようと思うの。」

「そうですね。ですがもし、燃料が尽きていたら…」


 雪の言葉に難しい顔をする綾も、分かっているのだ。どこの国も燃料が余るほどに蓄えていないことを。海羅島でも木々が生えている森林地帯はいくつかある。そこから必要な分の木々を倒して薪にしている。

 だが森には妖獣が出る。肉食で人間を襲う妖獣も少なくない。そう簡単に燃料集めはできないのだ。だから、燃料は高価で大量に入手することは難しい。


「あの旅民はどうやって、森で木材を取って来たんだろう…」

「雪たちが会ったという旅民ですか?」


 髪を鋤き終わると綾は油で作った香りの良い液体を、雪の髪に塗り込んでいく。


「うん。かなりの量の燃料を持っていたけど、あの人たちだけじゃ無理だと思う。

 多分誰かが後ろについていると思うんだよね。それに、帰りつけられてたみたいだから…」

「今、調べてる。」

「うん、ありがとう。」


 雪の視線に頷いて答える翠に礼を言うと、翠は少しだけ照れたように鼻を掻く。


「…その旅民のおかげで、民は飢え死にすることなく過ごしているんですよね。」

「そうね。」

「では、何か悪事を働くということは考えにくいですね。」

「うん。」

「なら、私たちがまず考えるべきは燃料の確保ですね。」


 綾の言葉に雪は頷く。旅民が所持する燃料だけでは、国全体に行き届く量を確保できない。森で採取するにも限界があるはずだ。


「家や家具などを壊して燃料にする方法は、ここの民であればもうすでにやっているでしょうからね。」

「燃料の調達をどうするか…」

「衣を燃やす。」


 翠が唐突に言うので雪は一瞬何のことだか分からず、きょとんとした。


「必要最低限の衣以外は、すでに燃料にしていると思いますよ。」

「…金糸の衣」


 綾と翠のやり取りで、雪は良い案を思いつく。すでに、蓮季の屋敷の偵察は終わらせている。それはそれは、見事な木造作りの家だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ