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第6章 晴嵐と芋

更新:2022.10.19

 雪は目の前に映る晴嵐の街を見た。

 普段なら大通りは露店で賑わい、様々な時季の食材や料理が並んでいて、目や鼻を楽しませてくれる。

 だけど雪の目の前に広がるのは、何も並んでない露店や店。開いている店もあったが、棚には食材や料理ではなく、家にあった日用品が並んでいた。それも売れるような代物ではない。

 雪がこんなに活気がない空南を見るのは初めてだった。


 そんな露店に立つ人々の目に光はなく、淀んでいるように見える。痩せこけた頬はまるで骸骨が皮を被ったようで、服から覗く腕も骨と皮しかないのではないかと思うくらいに細い。

 死体が転がっていないのが不思議なくらいで、本当に蓮季は民の支援をしているのだろうかと疑いたくなる。辛うじて生きながらえているという状況にしか見えないのだ。


「思っていたよりも深刻ね。」


 雪の言葉に、半歩後ろを歩いていた翠が頷く。

 翠は雪に危険がないように周りを警戒しつつも、視線は主から離さない。


「不作続きの飢饉と同じね。」


 どこを見てもそんな様子ばかりで、雪は半ば呆れ顔でこんな状態になるまで放っていた王や官吏にため息をついた。

 街を見てまわっても意味がなさそうだったので、雪と翠は街の探索を止めて食糧蔵へと向かった。

 食糧蔵とは、街の所々に設置されている共同の食糧を保管する場所。有事の際に民へと食料を配るのだ。だが国庫が尽きている今、こちらも無駄足かもしれなかったが、もしかしたらまだ何か残されているかもしれないと、一縷の望みをかけてみる。


「食糧蔵を見せてもらえませんか?」

「ダメだダメだ!子供の来る場所じゃないよ。さぁ、帰った帰った!」


 食糧蔵の番をしていた兵士に雪が声をかけるが、まぁ当然の反応をされる。雪が諦めて翠に探るように頼めば、中心街の広場まで向かい、翠にそこで待つように言われた。

 雪はひとり中心街の広場で、長椅子に腰を掛けて待つ。辺りを眺めていれば、力尽きて道端でしゃがみ込む者や、何か食べ物がないかと四つん這いになって床下を覗き込む者、家々を回って物乞いする者ばかりが目についた。本来であれば露店で買ったものを、食べたり飲んだりする人で賑わっているはずの場所だが、今はそんな人の姿はもちろんない。


 私利私欲だけを満たし、民のために使うはずの税金も湯水のように使い果たしてしまう。これが今の空南の現状なのかと雪は呆れるしかなかった。

 そしてこれを正すにはまず、膿を出さなければいけないのだと雪は心を決める。


 さてそのためにはどうするかと頭を悩ませれば、翠が大通りを歩いて来るのが見えた。

 もう終わったのかと、雪は考えるのを止めて彼の方に視線を移せば、何かを考えていた翠もまた雪の視線に気付きこちらを見た。


「食糧蔵はどうだった?」

「…まだあった。」


 翠の報告に雪は頭を捻る。

 つまり蓮季が支援しているのだろうか…でもそれなら、なぜこんな状態になっているのだろうか。と、考えれば考えるだけ答えは出てきそうにもない。


「…どのくらいの量が残ってたの?」

「半分。」

「食糧蔵の?」


 翠はこくんと頷く。

 そんなに残ってるならなぜ貧困になる?

 食糧蔵はかなりの大きい。そこに半分も埋まる程の食糧があれば、当分の間食糧に困ることはないはずなのだ。

 雪の疑問は深まるばかりで、糸口ですら掴めない。

 そんな雪の苦悩を読み取ってか翠が口を開く。


「ただ、あれはそのまま食べるのは危険だ。」


 まるで謎かけのような言葉に雪は首をかしげる。そのままじゃ食べられない。じゃなくて危険なもの?毒があるとかかしら?と思考する雪だったが、少しして諦めると答えを求める。


「何が残ってたの?」

「クワイモ。」


 聞けば簡単に答えてくれる翠。それで雪は納得した。

 翠の言うクワイモというのは火をしっかり通せば食べられるのだが、生の状態では猛毒を持っており食べることができない。


「だけど、なんでそんなものが?」


 普通ならそんな芋が食糧蔵にあるはずがなかった。それは翠も同感だったのだろう。首を左右に振って答えてくれる。

 普通に考えて、そんな毒のあるものを育てるはずがないのだ。おそらくはどこから入手したのだろう。

 でもどうやって?

 それに、ここの食糧蔵だけ?

 などと、再び考えていれば翠が覗き込んでくる。


「確認するか?」


 “本当に心が読めるのかな。とても助かるけど”

と、思えばクスリと笑みが零れた。張り詰めていた気持ちが和む。


「お願いできる?」


 雪が問えば翠は再び頷き、そのまま駆け足でどこかに行ってしまった。

 おそらく各地に配置している仲間に連絡を取るのだろう。こういったことは彼に頼むのが一番早いのだ。



 さてそのためにはどうするかと頭を悩ませていると、女の姿が目に入った。人なんてそこら辺に座り込んだり、徘徊したりしているのに、どうして目に止まったのかと言えば、その女が他とは明らかに違って、女性らしい体型をしていたからだ。

 中年くらいだろうか、目元などに皺が出てきてはいるが、その肌はまだまだ張りがあり、女性として出ているところは出て、絞まっているところは絞まっている。

 服こそ粗末なものだったが、ボロボロの袖から見える腕は筋肉がついた綺麗な形をしていた。飢えていたらそんなことはあり得ない。

 雪は長椅子から立ち上がると、その明らかに他とは違う女に近づいて「こんにちは。」と、声をかけた。

振り向いた女は視線を落としてにこりと微笑む。


「あらあら、可愛いお嬢さんだこと。」


 女の言葉にどう返して良いか、少しだけ判断に困ったが、雪は自己評価が低いせいで、その言葉をお世辞と受け取り、会釈するだけにとどめる。


「…えっと、お姉さんは何をしていたんですか?」

「まぁ、お姉さんだなんて…私は石楠(しゃくな)よ。お嬢ちゃんは?」

「雪と言います。」

「雪ちゃんね。えっと、それで私が何をしていたか?だったわね。」


 雪が聞いた言葉を確認するようにして、小さく唸りながら答えを探しているように見える。だがすぐに雪の視線に高さを合わせるように、膝を曲げる。


「現地調査…って、言っても分からないわよね。」

「うーん…」


 石楠の言葉の意味はもちろん理解できていたが、この空南の街娘を装っている雪が知っているのはあまり良くない。

 羅芯には学舎があるにはあるのだが、必ずしも教育が行き届いているわけではない。しかも晴嵐は数ヵ月前から飢饉が続いている。学舎も開いてないと考えて、あえて雪は無邪気な子供を装った。


「石楠さんは食べ物をくれる人ってこと?」

「ちょっと惜しいかな。」


 優しく言って石楠は微笑む。子供に馴れているのだろう。


「私はね。食べ物を配る人たちに、何処へどのくらいの量を運べば良いのか連絡してるのよ。」

「そうすると食べ物が届く?」

「そう、正解よ。」


 嘘をついている訳ではなさそうだが、先ほどの彼女の行動からして、おそらくは実態調査をしていたのだろうと雪は判断した。だからこんな状況下でも、死体が転がっていないのだ。

 多分、彼女から報告を受けた兵士たちが処理するとこで、死体が腐って疫病が蔓延するのを防いでいるのだろう。

 その指示を誰が行っているのかまでは分からないが、高等官くらいの地位のある者だと推測はできる。


「今日も届く?」


「ええ、もう少ししたら来るはず…」


石楠の声に被るように太鼓の音が響いた。


「ほら、来たわ。じゃあ私は仕事があるから、これで失礼するわね。」

「ありがとうございました。」


 軽く会釈して、石楠を雪は見送った。

 そして音の方を見れば、やって来るのは旅民の集団で荷車をいくつも牽いていた。


"そういえば、炊き出しは旅民に依頼していると、蓮季が言ってたわね。"


 大通りを歩く旅民は、商品を売ることを生業としている様であった。荷車にはこれでもかと、多くの商品を運んでいる。

 だが雪が驚いたのはその旅民の後に、わらわらと続く空南の民の姿だった。

 皆、痩せこけ、目には一点の光さえ宿していない状態で、旅民の後ろに続く姿は葬式のようにしか見えない。

 彼らは雪のいる広場まで来ると、その歩みを止めた。旅民は荷を解き始め、設置されていた机に何かを並べている。

 とても手慣れており、テキパキと動いていた。その間に空南の民は列を作り、何かを待っている様子だ。


「これは…」

「食料を配るんだよ。」


 その異様な光景に目を奪われていると、後ろから声をかけられた。油断していたと焦り後ろを振り返れば、いつの間にか戻った翠が雪を庇うようにして、声をかけてきた男と対峙していた。

 その翠の背中越しに見えるのは、二十代くらいの若い男。おそらくは旅民の一員なのだろう。飢えている様子はなく、肉付きもしっかりとしていた。

 彼は翠の鋭い視線に、おどけた様子を見せている。


「おいおい、おっかねーな。嬢ちゃんたち何者だい?」

「こ、郊外から来た者です。雪と申します。こっちは翠。」


 雪はそう言って、慌てて翠の腕を引いた。


「す、すみません。道中危険な目に合うことが多くて…」

「ふーん、郊外からって割には肉付きが良いな。」


 男は何やらぶつぶつと呟いているが、雪には聞こえなかった。


「まっ、いいや。悪い奴じゃなさそうだし。…俺は、高秦(こうしん)だ。よろしく。」

「よ、よろしくお願いします。」

「お前たちも並んで、食料をもらっておいた方が良いぞ。量は少ないが、何もないよりましだろ?」


 どうしよう。と、雪は思う。

 携帯食料があるので食べ物はいらないし、できれば飢えている空南の民に食べて欲しいところだが、ここで並ばないと怪しまれるか…と、雪は翠の腕を軽く引いた。


「翠。」


 雪の声に視線を少しだけこちらに向けてからこくんと翠は頷いて、高秦を警戒しながらも民が並ぶ列へと雪の手を引いたのだった。




「はい、どうぞ。」

「ありがとうございます。」


 雪が受け取ったのは、蒸した芋を砂糖と練り合わせて乾燥させた保存食だった。量は少なくてもこれを食べれば、すぐに飢えて死ぬことはないだろう量はある。

 こんなにたくさんどうやって仕入れているのだろうか?燃料は?などと色々な疑問が生まれた。


「おっ、ちゃんともらったみたいだな。」

「え、ええ。」


 広場の椅子に腰かけて一団の様子を見ていると、高秦が声をかけてきた。隣に座っていた翠は警戒し鋭い視線を向ける。

 雪は少しだけ翠に近づいて座り直す。そうでもしないと、翠が襲い掛かりそうだったのだ。


「ねぇ、聞いても良い?」

「俺に答えられることなら。」

「あなたたちは、蓮季に雇われているの?」

「まさか、それはありえねー。」


 目を見開き高秦は、驚きを露にして答える。その顔は怒っているようにも見えた。


「違うの?」

「ああ、あの野郎は、民が飢えようが気にも止めねーよ。こんなに民が飢えているのに、税金を下げようとしない。それどころか、税金を納めない民を罰してまわってるぜ。」

「それは、事実?」

「ああ。嘘だと思うならその辺の奴に聞いてみろよ。」


 言って高秦は食料をもらうために並ぶ空南の民を顎で示す。


「…じゃあ、あなたたちは、この食料をどうやって仕入れたの?」

「それは言えない。」


 キッパリと答えるのは、誰かに口止めされているためだろう。と、雪が思って見れば高秦は居心地悪そうに頬を掻いた。

 彼は嘘をつくことや隠し事が苦手なのだろう。


「なら、燃料は?」

「それは、国境を出た先の森だ。」

「あなたたちだけで?」

「それは言えない。」


 国外の森には妖獣が出る危険な区域だった。普通の旅民だけで行くような場所ではない。何かあるのだろうが、この様子では答えてもらえそうにない。そう考えて、雪は質問の方向を変える。


「高秦たちはよく空南に来るの?」

「ああ。色んなところを回っているが、空南は一番頻度が高いな。」

「どうして?」

「仕入れるものが多いからな。」

「つまり、高秦たちは食料関係の商品を取り扱うことが多いんだね。」

「そうだな。…って、質問攻めだな。」


 言われて雪は情報を仕入れることに、夢中になり過ぎたと手で口を塞いだ。


「ご、ごめん。つい。」

「俺ばっかり質問されるのは対等じゃねーな…」


 高秦にそう言われて、雪は何を聞かれるのか身構える。だけど彼の肩越しに走ってくる人の姿が見え、雪はそちらに視線を移した。

 雪の視線に気づいて高秦が振り向くと、ゲッと声を上げ、目にも止まらぬ早さでその場から逃げ出してしまった。


「ごめんね。あなたたち、あいつに何かされなかった?大丈夫?」


 走ってきた女性はそう言うと、高秦が逃げて行った方を睨み付ける。あれだけ走ってきたのに息一つ上がっていない。

 歳は高秦と同じくらいで、茶色の長い髪を頭の高い位置で結んでいる。格好はとても動きやすい旅装束で、今は暑いのか腕の部分を捲って肩の所で止めている。


「いえ、大丈夫です。」

「なら良かった。」


 警戒する翠を制止ながら立ち上がると、雪は女性にペコリと頭を下げた。


「私は雪。こっちは翠です。高秦さんには、ここの事を教えてもらっていました。」

「そうだったの…」


 女性は一瞬だけ険しい顔を見せたが、それはすぐに消えてしまう。


「お姉さんは?」

「あっ、ああ。私はあいつと同じ旅民の一員で、葉蘭(ようらん)よ。よろしく……って、きっと迷惑かけたわね。ごめんなさい。」

「いえそんなことはないですよ。こちらこそ、お忙しいのに引き留めてしまったようで、すみませんでした。」


 再び頭を下げれば、葉蘭は慌ててそれを止めると笑みを見せた。


「良いのよ。気にしないで。…じゃあ、私はこれで。あのぐうたらを追いかけないと…」

「はい、では」


 そう言って葉蘭は高秦の後を追った。


「面白い人たちだったね。」


 振り返ってそう言えば、翠は疲れたのかため息で返事をしたのだった。


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