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第5章 思い出と温もり

更新:2022.5.23

 雪華は蓮季と話した後、早々に帰国した。


 蓮季の話に今のところ矛盾はない。

 だが、嘘八百並べている可能性は高いと雪華は思っている。調べられないという自信があるのか、それとも調べられても逃げられる自信があるのか…


「早速で悪いが、明日は一日『清めの日』としたい。離れの堂に籠らせてもらう。」

「承知致しました。すぐに準備をさせます。」


 長い廊下を歩きながら綾に雪華が声をかけると、彼女は近くの使用人を呼び、堂の清掃をするよう指示を出した。



――――清めの日ってなあに?

 と、昔に雪は尋ねたことがあった。


「俺たち王にとっての自由時間だっ…いてッ!」


 王の書斎で書類の山に埋もれた隆盛が悩まずにさらりと言い、隣で書類の確認をしていた綾が隆盛の頭を叩いて、訂正するようにと彼を睨み付けた。やれやれと隆盛はため息をついてから雪の方を見る。


「しかたねぇーな…『清めの日』ってのはこの海羅島の習わしで、神に祈りを捧げる日のことを言うんだ。島の繁栄を願って行われることが多いな。」

「隆盛にも清めの日があるの?」

「昨日がそうだったぞ。」


 雪が首をかしげれば、隆盛は何でもない事のように答えた。だが昨日は東刃に雪と共に出掛けていたのだ。

 一日一緒にいたが、祈りを捧げているところなんて見ていないと、雪が顎に手を当てて悩めば隆盛は愉快そうに笑った。


「なぁ、雪。繁栄を願っただけで島が潤うと思うか?」

「えっ、そう言うものじゃないの?」

「そんなんで潤うなら王様なんていらねーだろ。そんなの時間の無駄だ。」

「隆盛!」


 綾が止めようと声をあげるが、隆盛はそれを無視して続ける。


「だったらこの国を実際に見て、民の声を聴いて対策を練った方が良いと俺は思う。

 だから俺にとっての清めの日は、お忍びで国を見てまわる時間なんだよ。」


 そう言って隆盛はニッと楽しそうに笑っていた。





「どうされましたか?」


 声をかけられて意識を戻せば、雪は正装に身を包んでいた。雪の部屋は書斎の隣にある小さな部屋で、最低限の調度品があるだけの質素な部屋。でもその部屋の窓はかなりの大きさがあり、今は朝日が射し込んでこれでもかと思う程に明るい。お陰で化粧をする綾の手も捗るようで、もうそろそろ終わりそうだった。


「昔、隆盛から清めの日について教えてもらったことを思い出してね。」

「ああ…」


 雪の答えに何かを思い出したようで、綾は苦い顔をした。


「懐かしいなって思ったの。」

「まぁ…そうですね。」


 綾は昔を思い出したのか、懐かしく思うような優しい顔に変わる。


「今、どうしているかな?」

「あの方なら元気にお過ごしなのでは?」


 興味なさそうな声で答える綾だが、雪は知っている。実は彼女が一番に彼を探しているのだと。

 彼女が隠密とのやり取りを一手に引き受けているのだが、仕事の序でに隆盛の居場所を探っているのだ。

 それは翠が教えてくれたことで、雪が知ってることを綾は知らない。だから気付かれないようにとクスッとこぼれそうになる笑みを手で隠した。


「ほら、化粧の仕上げをしますよ。その手を退けてください。」


 綾の声に雪は咳払いをしてから、その手を退けたのだった。




――――準備を終えた雪は綾と共に離れにある堂へ向かった。

 彼女が見送る中、雪は堂の中にひとりで入ると扉を閉めて内側から鍵をかける。

 堂は簡素な造りをしており家具などは一切ない。本来はここで断食をして一日籠るのが清めの日の仕来りだ。


 だが雪は辺りを見渡して誰もいないことを確認したら、徐に服を脱いだ。誰もいないが故の特権とばかりに、気分よく鼻歌も歌う。せっかく綾に着付けてもらったことなんて全く気にせずに、腕に抱えていた包みから服を取り出して着替え、町娘にしか見えない格好になる。

 そこではたと雪の動きが止まった。あとは化粧を落とすだけなのだが、その化粧落としの道具を忘れた事に雪は気づいたのだ。


 “脱いだ服で拭うかな?”などと考えていたら、布が頭上から降ってくる。いつのまにか目の前には化粧を落とす道具も用意されている。


「…ありがとう。」


 何もない天井に向かって雪はお礼を言うのだが、まさか着替えを見られたのでは?と、思えば恥ずかしくなって、それを忘れようと化粧を落とすことに専念したのだった。

 もらった道具で化粧も落とせば、どこからどう見ても完璧な町娘になる。


「準備できたよ。」


 再び天井に声をかけると翠が姿を現した。一瞬だけ視線が合う。雪はなんだか居心地悪くてそっぽを向けば、翠は気にした様子もなく仕掛けのある床をひっぺ返した。

 床から下へと続く階段が現れ、翠はそこへ躊躇することなく入り、闇の中へと消えてしまう。


 “この中に入るのはやっぱり躊躇っちゃうんだよね。翠は怖くないのかなぁ…。”などと思っていれば、暗闇から手が伸びてくる。それに驚いて小さな悲鳴をあげ動けずにいたら、「怖くない。掴まれ。」と感情のない声が聞こえた。


「う、うん。」


 雪はその声に安堵の息をついて彼の手を握った。

 握れば翠に手を引かれるがままに、真っ暗な床下に続く道を歩かされる。少し慣れてきた目が翠の輪郭をなんとか捉えるが、それ以外は何も見えない。

 闇に圧迫されたような感覚がして、雪の心をざわつかせた。一人だったら間違いなく道に迷っているだろう。


 ここに来ると決まって、雪は迷子になった時のことを思い出した。

 その時もこうやって、翠が手を引いてくれた。その手は昔と変わらずに温かい。それは雪の不安な心を解かしてくれる、大好きな手だった。


「出口だ。」


 朝日が差し込み雪は目を細めた。先程まで真っ暗な場所にいたせいで、光に目が慣れず眩しすぎてほとんど何も見えない。

 ただ感覚は研ぎ澄まされているのか、外の冷たい空気が肺を突き刺している。そんな感覚に身体が驚いて、ビクリと身を竦めるが頭は鮮明になったようだ。


「…疲れたか?」

「ううん、大丈夫。」


 目が慣れてくれば翠の姿が見えてくる。

 雪と違って翠はこういうことに慣れているからか、見えないということがないのだろう。姿勢正して遠くの方を見て、これからの道のりを確認していた。

 ここは高台になっていて、羅芯の街を一望できる場所で、朝日が登り始めた今は街を白く照らしている。


「行くぞ。」


 雪が美しい景色に目を奪われていると、翠は無感情に手を差し出してくる。それを素直に取れば、再び手を優しく引いてくれた。

 高台から下りてすぐの場所に馬車が用意されていて、翠は御者台に乗ると手綱を取る。雪も急いで乗り込むと馬車は静かに動き出した。




――――揺れる馬車の中で、昔の思い出が甦る。


「馬車は初めてか?」

「うん。」


 御者台で隆盛が手綱を握り、後ろの荷台に座っている雪に聞く。


「風が気持ちいいだろ?」

「うん…」

「どうした?」

「少し怖い。」


 馬の走る振動が馬車にも伝わり、かなり揺れるのだ。その衝撃で馬車が壊れてしまうのではないかと、雪は恐怖を感じて震えていた。

 それを説明すると、隆盛は大きな声で笑った。


「確かにな。粗末な造りの馬車なら壊れることもある。だが、これは俺の手製だ。振動で壊れることは、まずない。」

「あなたの手製だからこそ、欠陥があるのでは?」

「アッハハハ!そうかもな。」


 綾が隆盛を睨みながら言う言葉に、笑って答える隆盛。それは雪の恐怖心をさらに煽った。


「そう怯えるな。雪。」

「でも…」

「怯えようが怯えなかろうが、壊れるときは壊れる。その時はその時だ。それが俺たちの天命なんだと諦めろ。怯えるだけ、損だ。

 だったら、諦めてこの風や景色を、楽しんだ方が良いと思わないか?」


 そう言って隆盛は空を仰ぎ見る。楽しそうに笑っているように見えるその瞳の中に、雪は寂しいような感情を読み取っていた。

 だけどその憂いた瞳はすぐに消えてしまい、いつもの楽しそうな笑顔を雪に向ける。


「恐怖も後悔も無意味だ。そんな時間があるなら、今を楽しめ。自分がしたいことを、したいようにして生きれば良い。

 もちろん、どうにもならないこともあるだろうし、楽しくない時だってあるだろうけど、その中でも楽しんで生きていたら、その分得だろ?」


 そう笑った隆盛が雪の心に引っ掛かっていた。




「今を楽しめ…か。隆盛は今も楽しんでいるのかな?」


 その時見たのと同じ、晴れ晴れとした雲ひとつない空を見上げて、雪は翠に不安な心をぶつけてみる。


「ああ。」


 返事が返ってくることを期待していなかったので、雪は驚いて御者台の方を見上げる。それを知ってか知らずか、翠は雪を見ずにフッと口許を緩めて答える。


「あれはそういう男だ。」

「あれって…」


 前王をあれ呼ばわりするなんて彼と綾くらいだと、雪の口許も緩む。雪もそうなんじゃないかなと思えば気持ちが軽くなった。

 あの人はそういう人だったと、雪は自分に言い聞かせた。


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