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明智さんちの旦那さんたちR  作者: 明智 颯茄
リレーするキスのパズルピース
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手紙と不意打ち/1

 さっきからひっきりなしに、人混みはメインアリーナの入り口に吸い込まれていっているのに、まったく衰えない長蛇の列。会場からは嵐の豪風が吹きすさぶように、どよめきが湧き上がっては、興奮という色をそこら中に撒き散らす。


 細いロープが横に張られた中で、前へ前へと動いてゆく人々。そこへ、あちこちに設置されたスピーカーから、ずっと同じことがアナウンスされ続けていた。


「二回戦Bグループに出場予定の、歯がベリーシャープなシャークさん、試合開始十分前ですので、今すぐ受付の方に武器を速やかに戻していただいた上で、近くにいる係員にお知らせください。今のままでは不戦敗となります」


 近くの植え込みには春の花々が笑顔を見せ、お互いの肩に腕を回して左右に揺れながら歌い上げるように風に踊っている。その奥には青空の上に浮かぶ、緑豊かな芝生。春風が吹き抜けるたびに、さーっと葉音を立てる木々。


 そんな穏やかで平和な場所に似つかわしくない、武器という言葉。だが、誰も気にかけることなく、ごった返す会場へやってきた人々の、待ちわびるざわめきの中で、同じアナウンスが紛れ込む。


「二回戦Bグループに出場予定の、歯がベリーシャープなシャークさん、試合開始十分前ですので、今すぐ受付の方に武器を速やかに戻していただいた上で、近くにいる係員にお知らせください。今のままでは不戦敗となります」


 人という川の流れができている両脇には、深緑のマントに黒いロングブーツ、シルバーのレイピアと制服を着た聖輝隊のメンバーたちが、緊迫した様子で仕事をこなしていた。


 今も聞こえているであろう、少し離れた場所にある多目的大ホールでのR&Bのリハーサルなど、ここでは様々な音でかき消されてしまう。人が歩く音、雷鳴のように響く歓声などによって。


 コンサートスタッフと国家の特殊部隊――聖獣隊が連携して仕事を行なっているのと同じように、聖輝隊も大会運営側と国の治安維持部隊の二枚板。


 とにかくさっきの独健がいた場所とは比べ物にならないほどの人の山。観戦客を誘導するだけで手一杯の状態。それなのに、隊員の白い手袋は上げられ、大きく横へ案内するように動く。


「はい、席はまだ十分ありますので、慌てず進んでください。歩行以外の方法で中へ入る方は、他の方とぶつからないようご注意ください」


 底なし沼みたいな大きさのメインアリーナ。隊員の前を、フワフワと空中を飛ぶイルカが、当たり前のように通り過ぎてゆく。まるで、海の中を泳いでいるように空気中を遊泳して、誰も驚いていない人々に紛れなから、会場の中へ消えていった。


 人々でごった返す列より少し離れたところで、貴増参は苦悩を重ねていた。白いロングブーツをクロスさせ、あごに手を当てている。


「困りましたね。約束を果たさなくてはいけません。僕の願いを叶えて下さったんですから、どうしま――」


 休憩時間終了間際で担当箇所へ戻ってきたが、優しさの満ちあふれたブラウンの瞳に同僚たちを映しながら、独健に言っていた『届け物』をまだ終えていない心配ごとをしていた。


 困っているわりにはその場から動く気配がなく、他の隊員の深緑のマントをぼうっと眺めたままだったが、不意に背後から声をかけられた。


「火炎不動明王さん?」

「はい?」


 あごに手を当てたまま、深緑のマントを翻して、すうっと振り向くと、そこには二本足で立つ人――いや正確にいうなら、それではなく別の生き物。制服は同じだが、そこからはみ出している手や顔は白地にあちこち黒や茶色のブチ模様がついている犬だった。


 貴増参をはじめとする他の人々は誰一人驚くことなく、普通にその犬の口元が動いて言葉を話してきた。


「聞きましたよ」

「何をですか?」


 優しさの満ちあふれたブラウンの瞳は、自分のものと形が違うそれを不思議そうに見つめ返した。春風がサラサラと犬の隊員の毛並みをなでてゆく。


「お昼に外出したいと願い出てるって、今」


 独健とどら焼き話に花が咲き、休憩時間がタイムオーバー寸前。届け物ができなくなってしまった貴増参は困った顔をした。


「ええ、そうなんです。ですが、代わりを頼める人がいなくて……」

「それなら、俺が引き受けますよ」


 犬の先が丸い手が自分の胸をどんと叩くと、オレンジ色のリボンが頼もしげに揺れた。勤務を交代してくれる。貴増参は礼儀正しく頭を頭を下げた。


「そうですか。助かります」


 犬の肉球がこっちに見え、それが左右に揺られた――謙遜けんそんという動きで。


「いや、いつもお世話になってますし、お互い様です」


 貴増参の優しさの満ちあふれたブラウンの瞳は、まるで王子さまのように微笑み、右手を犬の隊員へ差し伸べた。


「それでは、僕と一緒にお茶しませんか?」

「え……?」


 まるでナンパ。表情がないはずの犬の顔は、人と同じようにポカンとしたものに変わった。貴増参はさらに右手を、固まっている犬の隊員へ近づける。


「下心はまったくないですよ」


 ただの同僚。友人や家族でないと拾えないボケとマイペース。犬の隊員はかなり戸惑い気味に聞き返した。


「あの、それって……デートの申し込み……ですか?」

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