砕けた神さま/3
颯茄はにらみ返してみたが、レン ディストピュアとリョウカのように、どこまでも言い争いが続いていきそうで、軽く息を吐いて、気持ちを入れ替えた。
「……書いたセリフのほとんどを、自分はこんなこと言わないって言って、スタートかかっても、言わなかったんで、ことごとく削ってやりました」
だが、語尾でパンチをくわらしてやった。渦中のふたりを置いて、納得の声が上がる。
「だから、セリフ少なかったのか!」
演出ではなく、ただの変更だった。コーヒーを飲んでいた雅威が、ふと顔を上げて、
「ギャグはなかったね」
「入れようとしたんですけど、蓮、焉貴さん、知礼さんだとそれぞれ、違う方法でスルーされるだけなので、今回はなしでした」
どこで入れようかとタイミングを常に計っていた颯茄だったが、結局ないまま終了してしまった。抹茶ラテに、抹茶のカステラを食べている燿が話し出す。
「どうスルーされちゃうの〜?」
「蓮は怒るか、ボケ倒し。焉貴さんは、『そう。いいから、話元に戻して』って強引に進められる。知礼さんは大暴投になる……」
キャスティングに問題があった。夫たちは一斉に納得の声を上げる。
「確かにそうだ」
そして、もう恒例となってしまったもう一人の物語に、妻の話は飛んだ。
「で、もうこの先も続くと思うんですけど、旦那さんたちだけのキスシーン。今回はどうでした」
「最初普通だったけどねえ」
燿が颯茄の右隣で語尾を伸ばすと、張飛がお誕生日席で粋に付け加える。
「最後、いきなりファンタジーに飛んだっすね」
蓮が携帯を操作すると、番外編のシーンが静止画で空中スクリーンに映し出された。颯茄はどこかずれたクルミ色の瞳で見上げる。
「これ思うんですけど、焉貴さんが主役の蓮を食ったみたいな感じがする……」
「だって、蓮、どうしたいって聞いても何も言わないんだから、こうなるよね」
焉貴が捕捉すると、みんなが合点が入った。
「ああ、そういうことだったのか」
「能動的ではないってことか。蓮は……」
何度もうなずいている独健の斜め前で、妻はテーブルを両方のお節でどんと叩く。
「いや、いきなり攻めてくる時はあります」
「何の話だ?」
今度は左隣に座っていた夕霧命が重い口を開いた。
「夜の話です」
「颯ちゃんのエッチ!」
孔明からお菓子の空き袋が、妻に向かってふざけた感じで投げられた。しかし、彼女は毅然としていた。
「いやいや、ここ夫婦だけなんですから、いいですよね? こういう話しても」
「私は構いませんよ」
遊線を螺旋を描く優雅な声が、中性的な唇から出てくると、颯茄は瞳をうっとりとさせた。
「さすが、スパーエロの光さん、話がわかりますね。ふふふっ」
急に静寂がやってくると、食堂のドアがまた誰の姿も見えないのに、ゆっくりと開いた。
全員の視線がそっちへ向いたあと、焉貴の椅子が床にきちんと安定感を持って止まり、まだら模様の声が大理石の上に降り積もった。
「何? お前」
「…………」
姿もなく返事もなかったが、焉貴は瞬間移動で、普通に椅子に座り、
「いいよ」
すると、テーブルから小さな黒髪の頭が、焉貴の膝の上に現れた。背伸びをしているようで、右に左に傾きながら、くりっとした子どもらしい瞳がふたつ、テーブルより上に出てきた。
「お菓子!」
キラキラと輝かせた瞳を持つ小さな人の頭を、焉貴の大きな手が優しくなでる。しかし、口調は街角で声をかけるようなナンパなノリ。
「食べたいの?」
「うん。あれ」
颯茄が用意したお菓子の山の裾野に転がるスナック菓子を、焉貴は取り上げる。
「これ?」
「そう」
「はい」
駄菓子を受け取った小さな人は、宝石みたいに異様に輝く黄緑色の瞳を見上げて、この部屋に入ってきた本来のおねだりをする。
「パパして」
山吹色のボブ髪は大きく後ろへかき上げられ、
「今、大人やっちゃってるから、あとで」
「わかった〜」
幼い声が響くと、小さな人の姿はテーブルの下に隠れた。そうして、ドアはカチャッと開き、誰もいないはずなのに、パタンとしまった。
微笑ましい空気に包まれて、夫婦十三人はドアから視線をテーブルの上へと戻した。それぞれの飲み物を飲んで、至福の時を過ごす。




