砕けた神さま/1
空中スクリーンが消え去ると、食堂の明かりが戻ってきた。駄菓子やジュースの甘い匂いが再び臭覚を刺激する。
静かな夫婦十一人だったが、颯茄の少し憤慨した声が破壊した。彼女は携帯電話をテーブルに投げ置いて、
「本編の最後のセリフは完全にアドリブです!」
何の問題もなさそうなストーリーだったのに、作者の中では大問題発生だった。横に置いてあった台本を慌ててパラパラとめくり、
「ここは……『人間の幸せが神さまの幸せだからね』なのに、神さまで恋をして……」
神の慈愛で美しく終わるはずだったのに、ダブル恋愛ものになってしまっていた。
マスカットをサクッとかじった焉貴。いつの間にか椅子の背もたれに座って、テーブルを足で蹴り、斜め後ろに倒しては戻してを繰り返していた。
「気づいたら、あぁ言ってたの」
アンバランス極まりない、エキセントリックな座り方をしている夫を作っている材料を、他の旦那たちがため息まじりに告げた。
「無意識の直感……」
しかし、過ぎてしまったことを悔やんでも仕方がない。颯茄は気を取り直して、暗転する前の、山吹色のボブ髪をした夫と赤茶のふわふわウェーブ髪の妻が、見つめ合ったシーンを思い出した。
「知礼さんと焉貴さんのペアって、純真無垢でいいですね。大人の香りが全然しない」
色欲という言葉とは無縁なカップリング。本当の天使と神みたいな神聖な関係。
「知礼はね」
焉貴も納得の声を上げ、その隣で、孔明は漆黒の髪をつうっと指先ですいて伸ばした。
「彼女、ピュアでプラトニックだよね」
焉貴のまだら模様の声が、真逆だというように言葉を添える。
「お前と光だと、煩悩だらけなのにね」
颯茄は持っていたお菓子をテーブルに叩きつけた。
「煩悩言うな! 煩悩! 普通に話してる時もありますよ!」
斜め向かいの席で、光命はチョコレートの包み紙を握った手の甲を、中性的な唇に当てて、くすくす笑い出した。
「…………」
「寄ればセック◯してるよね?」
宝石のように異様に輝く黄緑色の瞳から、颯茄はテーブルクロスの白に視線を落とした。
「どうだったかなぁ〜?」
妻の脳裏にめくるめく情事が浮かんでは消えてを繰り返している姿を前にして、夫たちがため息をついた。
「とぼけて……」
颯茄はぷるぷるっと頭を振り、コーラを一口飲んで気持ちを入れ替えた。
「無意識の策略なのか、焉貴さん、セリフ勝手に変えちゃって……。ワンシーンカットになったんです」
ミラクル風雲児は他にもやらかしていた。
「どの部分だ?」
左隣に座っていた夕霧命の、無感情、無動のはしばみ色をした瞳を颯茄は見上げた。
「レンの部屋に行くように、ルファーからリョウカが言われるところです」
最初のほうで、部屋のドアを蹴破った前の場面。孔明が両腕をテーブルの上で大きく伸ばすと、細いシルバーのブレスレットがさらさらと音を立てた。
「その映像はあるの〜?」
「もちろんあります。再生しま〜す!」
颯茄は得意げに携帯電話を取り上げて、食堂の明かりを早々と落とした。再び現れた空中スクリーンに、全員の視線が集中する。




