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明智さんちの旦那さんたちR  作者: 明智 颯茄
神の旋律
945/962

光る春風/1

 城の天井は破壊され、床に瓦礫が散らばっていた。玉座には白いローブはもういない。


 床に倒れたままのレンとリョウカの頬を打ちつけていた雨は上がり、びしょ濡れのふたりから、真っ赤な血が一筋の線を引き、水面みなもにじんで消えてゆく。


 星空を覆っていた暗雲は幕が開けるようになくなり、赤ではなく紫の大きな月が動かない二人を照らし出す。


 優しい夜風が髪をなでてゆく。静寂がどこまでも広がりそうだったが、リョウカのまぶたがピクピクと動き、どこかずれているクルミ色の瞳は姿を現した。


「……ん? 何?」


 満天の星と月を見つけて、リョウカは落ち着きなく瞬きする。


「落雷で天井が落ちたってこと?」


 血だまりはいつの間にかなくなっていて、動こうとするが、


「重い……。何が乗って?」


 焦点が合った視界に映った、銀の髪を見つけて、リョウカは大声を上げた。


「レンっ!?」


 何がどうなって、自分の上に男が乗っていて、下敷きになっているのか、彼女にはさっぱりだった。というか、押し倒しである、完全に。キラキラと輝く星々を見上げる。


「悪魔とレンの位置が逆なんだから、レンは自分を撃とうとしたわよね?」


 真っ暗な視界の中で、聞こえてきた音だけを頼りに、リョウカは予測を立てる。


「それで、やっぱり思った通り躊躇してた。だってそうじゃない? ここは心の世界なんだから、本当の職業は殺し屋じゃない。クラシックと関係することなのよ。そうすると、レンは拳銃を撃ったことはない……」


 漬物にでもなった気分で、リョウカはウンウンと頭を縦に振る。


「だから、私が代わりに悪魔を攻撃した……。あ、もしかして、気絶したってこと? ずいぶん繊細なのね」


 銀の髪から水が滴り落ちて、リョウカの頬をかすめた。チャプンと水面を打つ音が響く。


「だから、悪魔に心を蝕まれて、死にそうだったってこと……なのかもしれないわね」


 さっきまでの嵐と緊張が嘘みたいに、平和な星空に月が浮かんでいた。男という重石おもしをされているリョウカは、首を右に左にして見渡す。


「倒したのよね? でも私はいつ現実に戻るのかしら? ルファーって神さまに言えば――」

「ん……」


 黒いロングコートに侵食されているようなリョウカは、気を取り戻したレンに、言葉のストレートパンチをさっそくお見舞いしてやった。


「順番間違ったら、あなたを銃でぶち抜いてやるところだったわ」

「?」


 寝耳に水の話で、レンは不思議そうな顔をするが、いつまでも上に乗ったままの男に、リョウカは文句を言い続ける。


「いい加減どいてくれないかしら?」


 女を押し倒していようが、そんなものは、レンにとってはどうてもいいことである。自分の服が濡れて汚れているほうが重要だった。リョウカの顔前で、手のひらを合わせて雨つゆを払う。


 リョウカが迷惑顔で首を振っている上で、何事もなかったように起き上がり、


「なぜ、お前、自分が助かるってわかっていた?」


 レンが彼女に手を差し伸べると、それをつかんで、チェックのミニスカートと白いシャツも水たまりから離れようとしながら、


「狙われてるのはあなた。ここは心の世界。生きようという気持ちがあれば、心は死なないでしょ? あなたは衰弱してたから、死んじゃうかもしれないじゃない? だから私が代わりになればお互い生き残る。それに、あなたの心がここで立ち止まったままだから、悪魔に殺されかけたわけでしょ? それはあなた自身が倒さないといけない。そうでしょ?」


 引っ張られていた手は急に力が抜かれて、ミニスカートは再び水たまりに浸され、


「ん?」


 銀の長い前髪を持つ超不機嫌な男は、舞踏会でダンスの申し込みでもするように、片膝で跪いて、


「…………」


 不思議なものでも見つけたように、鋭利なスミレ色の瞳は迫ってきた。だが、天使のような無邪気な笑みに変わって、まぶたはすっと閉じられ、リョウカの唇にキスをした。


「ん……」


 彼女には予測不能な展開で、どこかずれているクルミ色の瞳は大きく見開かれた。


 優しい風がふたりの髪を揺らすと、レンとリョウカを祝福するように光のリボンがくるくると踊り舞い、結びついた。

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